青の臨界点。あるいは、僕たちが「永遠」の賞味期限を書き換える時について
結局のところ、人生なんてものは、不器用な脚本家が書いた三流の連ドラみたいなものだ。 伏線を回収したと思えば、また新しい謎が降り注ぎ、視聴者――つまりは僕自身――を辟易させる。 僕、西野和彦は、深夜の市役所のデスクで、古びたUSBメモリと、その横に置かれた一通の手紙を見つめていた。
2032年、盛夏。 タイムカプセルを開封したあの夜、僕は「白紙の封筒」を引き裂くことで、過去の保留を終わらせたつもりだった。だが、現実はそれほど単純ではない。あの日、僕が「読まなかった」はずの、杏菜が十年前の自分に宛てたはずの手紙。それが今、僕の手元にあることが、僕の心に新たなさざ波を立てていた。
「……西野。あなたのその、隠しきれていない『動揺の波長』。私の論理体系では、それは明白な『有罪』の兆候よ」
背後から、いつの間にか入室していた一ノ瀬佳樹が、冷徹な、けれどどこか熱を帯びた声で囁く。 彼女は週末の約束通り、僕の「管理」のために現れた。二十八歳の佳樹は、仕事終わりのタイトなスカートを少しだけ乱しながら、僕のデスクに身を乗り出す。
「一ノ瀬……。お前、ここは市役所だぞ。不法侵入とまでは言わないが……」
「そんな瑣末なことは、私の愛という名の法の前では無効よ。それより、西野。あなたが持っているその手紙。……羽賀杏菜が、十年前、タイムカプセルに忍ばせた『真実の遺言』。それを読まずに逃げ続けることは、もはや人道に対する罪だとは思わない?」
佳樹の瞳の奥に、かつての生徒会室で見せたような、僕を逃さないための「執念」が宿る。彼女は僕を独占したいと願いながら、同時に、僕が杏菜の情念という名の毒を喰らい、この十年間の呪縛から真に解き放たれることを求めている。それが、彼女なりの、歪んで、けれど純粋すぎる「愛」の形だった。
僕は、震える指先で封を切った。 そこには、十年前の彼女の筆跡で、たった一行。
『和彦くん、私の負けだよ。ずっと、ずっと、大好きでした。』
その瞬間、僕の中で、十年間凍りついていた「青」が、音を立てて崩れ去った。 脳裏を過るのは、十一年前の夏の終わりの放課後。夕暮れの教室で、僕のシャツの裾を握りしめ、「十年経っても好きじゃなくなる未来なんて想像できない」と言った彼女の、残酷なほど真っ直ぐな光。 あの時、僕は「やれやれ」という言葉で自分をコーティングし、的外れな雨の予報を口にすることしかできなかった。
「……一ノ瀬。僕は、最低だな」
「ええ、最低よ。そして、その最低な男を十一年間も愛し続けている私たちは、もっと救いようがないわ」
窓の外から、和久井檸檬の豪快な叫び声が聞こえる。 「和彦! 佳樹! 何しんみりしてんだよ! 続き、やろうぜ!」 最強の伴走者と、僕の人生を物語に変えようとする柏木小鞠。
二十八歳になった僕は、もう「子供だから」という理由で、自分の感情を保留にすることはできない。杏菜の手紙に記された『大好きでした』という過去形は、今この瞬間、僕の胸の中で『大好きです』という現在進行形の情念へと変換された。
「……一ノ瀬。判決を、受け入れよう」
僕はネクタイを外し、デスクに置いたままだった車の鍵を掴んだ。 「僕の負けだ。だから、これから一生をかけて、君たちの情念という名の刑期を、喜んで務め上げようじゃないか」
佳樹が、ふっと柔らかく、少女のような笑みを浮かべた。 「ようやく、その気になったのね。遅延損害金は、高くつくわよ、西野」
深夜の市役所を飛び出し、夏の夜の匂いの中へ。 僕たちの「二周目の夏」は、今、一通の手紙という特異点を超えて、光の速さで動き出した。




