青の不可逆。あるいは、僕たちが「十年間」の沈黙を愛と呼ぶ理由について
結局のところ、僕たちの人生を救っていたのは、あの日の「さよなら」が嘘ではなかったという事実だ。
2032年、深夜。潮風に錆びついたステンレスの容器を囲み、僕たちは十年前の自分たちが埋めた「青」を掘り起こした。けれど、そこにあったのは美しい思い出などではなく、剥き出しの「未練」の塊だった。
「……ねえ、和彦くん。これ、私が十年前、タイムカプセルに入れようとして……結局、ポケットに隠し持ったままだった『答え』だよ」
羽賀杏菜が差し出したのは、カプセルから出た手紙ではない。今、彼女のバッグから取り出された、十年間一度も開封されなかった、けれど角がボロボロに擦り切れた一通の封筒だった。
僕、西野和彦は、その封筒を見て悟った。僕たちは十年前、卒業と同時に「一度、完璧に他人になること」を選んだのだ。一ノ瀬佳樹は東京で正義の牙を研ぎ、和久井檸檬は世界の舞台で風を切り、柏木小鞠は妄想を現実の言葉に変換する力を蓄えた。そして僕は、地元の役所で「やれやれ」と言いながら、彼女たちのいない空虚な青空を守り続けてきた。
「西野。私が白紙の手紙を入れた理由、ようやく理解できたかしら?」
月光の下で、一ノ瀬佳樹が眼鏡の縁をなぞる。 「言葉にして封じ込めた瞬間に、それは『過去』になる。私はあなたとの関係を過去にしたくなかった。だから、この十年、一度も連絡を取らず、あなたが私を忘れる恐怖に耐えながら、私は私を『あなたに相応しい勝者』へと再定義してきたのよ」
彼女たちの独占欲は、十年間の沈黙という名の熟成を経て、もはや致死量の愛に変わっていた。檸檬が僕の肩を叩く。その掌は、あの頃よりも硬く、力強いアスリートのそれだ。
「和彦。私はさ、十年間ずっと走りながら考えてたんだ。お前を追い越して、背中が見えなくなったら、私の恋は終わるのかなって。……でもさ、地球は丸いんだな。一周して、またお前の目の前に帰ってきちゃったよ」
小鞠は無言で僕の影を強く踏みつける。 「……第1部完、から……長すぎる、休載……でしたね。……でも、ここから、地獄の……第2部、連載再開……です……」
やれやれ。 タイムカプセルの中身は、きっかけに過ぎない。 僕たちが向き合うべきは、古びた手紙の内容ではなく、この「空白の十年」を、お互いを想うことでしか埋められなかったという、あまりに無様な敗北の記録だ。
「……認めよう。十年前、僕が言った『答えは海に置いてきた』という言葉は、ただの卑怯な逃げ口上だった」
僕は杏菜から受け取った、十年前の「忘れ物」をゆっくりと開く。そこには、ただ一言、震える文字で『待ってるから』とだけ書かれていた。
「羽賀、一ノ瀬、和久井、柏木。……十年間待たせて、悪かったな」
僕は、砂まみれの手紙を胸に、四人の重すぎる視線を真っ向から受け止めた。 「保留は、今この瞬間をもって解除する。ただし、ここから先は『負けヒロイン』の救済措置なんて甘いものじゃない。僕の人生という名の、終わりのない延長戦だ。……付いてくる覚悟のある奴から、僕の溜息を奪いに来い」
深夜の海。十年前の「青」が、今、大人のエゴと覚悟で塗り替えられていく。 僕たちは、永遠に卒業を拒む。 この不必要に青い空の下で、二度目の、そして本当の「初恋」が、今さら産声を上げた。




