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青の開封、あるいは十光年先の「自分」への宣戦布告

結局のところ、タイムカプセルなんてものは、過去の自分が仕掛けた質の悪い地雷に過ぎない。

「十年後の自分へ」なんていう、気恥ずかしいタイトルを冠したその地雷は、平穏を装った僕たちの現在を、容赦なく爆破しにやってくる。

僕、西野和彦は、潮風に錆びついたシャベルを手に、目の前の砂浜を、まるで自分の墓穴でも掘るかのような気分で眺めていた。


2032年、深夜。

和久井檸檬の号令で集まった五人は、暗闇の中で円陣を組んでいた。

二十八歳。僕たちは、それぞれ違う重さの「責任」を背負い、違う色の「嘘」を身につけて、ここに立っている。


「……出てきたぞ。ほら、和彦、佳樹! 十年前、私たちが埋めた『青』の残骸だ!」


檸檬が砂まみれのステンレス容器を掲げた。

その瞬間、僕たちの間に、あの頃と同じ、けれど決定的に違う緊張が走る。

二十八歳の一ノ瀬佳樹が、月光を反射する眼鏡を指先で押し上げた。


「……西野。これを開けた瞬間、私たちの『執行猶予』は終わるわよ。……あなたが十年前、海沿いの公園で私に言った『答えは保留にする』という言葉の有効期限。今、この場で、私が法的に、かつ感情的に、完全に満了させてあげるから」


佳樹の声は、冷たい夜の海に溶けることなく、僕の心臓を正確に射抜いた。

彼女は弁護士として、そして一人の女として、十年前の「続き」を確定させるために、わざわざ東京から戻ってきたのだ。



――遡ること十一年前。

2021年、卒業式が終わった直後の、あの夕暮れ。



「……和彦くん。これ、私の手紙。……もし、十年後も私が和彦くんの隣にいたら、その時は笑って燃やして。……でも、もし隣にいなかったら……その時は、読んで、後悔してね」


羽賀杏菜が、少しだけ震える手でタイムカプセルに封筒を投げ入れた。

彼女の「負けヒロイン」としての防衛本能は、あの頃から、呪いにも似た純粋さで僕を縛り付けていた。

僕は、自分の手紙をその上に重ねながら、心の中で「やれやれ、重すぎるんだよ」と毒づいていた。……けれど、その手は、僕自身が一番震えていたかもしれない。



――再び、2032年。



容器の蓋が、鈍い音を立てて開いた。

中から出てきたのは、色褪せた写真、使い古したキーホルダー、そして、五通の封筒。

柏木小鞠が、砂のついた指で自分の手紙を拾い上げる。


「……和彦、さん。……私の、物語は……まだ、完結して……いません。……十年前の、私が……書いた、結末は……今の、私を……裏切って……いませんでした……」


小鞠の、低体温な、けれど確信に満ちた呟き。

彼女は十年前から、この再会を「物語」として予見していたのだ。


「……ねえ、和彦くん」


杏菜が、僕のシャツの袖を、あの頃よりも強い力で握りしめた。

彼女の手には、少しだけ湿り気を帯びた、あの青い封筒がある。


「私、さっきの一ノ瀬さんの言葉、聞いてたよ。……保留は、もう終わりなんだよね。……ねえ、この手紙、今ここで読んでもいい? それとも、和彦くんの口から、十年前の『続き』を聞かせてくれる?」


杏菜の瞳には、かつての少女のような脆さと、大人の女性としての逃げ場のない覚悟が宿っていた。

檸檬が、僕の肩を、かつての部活終わりのように、でも少しだけ優しく叩いた。


「和彦。お前、いつまで『負け戦』の審判を待ってるつもりだ? ……最後の一秒まで走り抜けるって、私と約束しただろ」


やれやれ。

二十八歳の僕は、ネクタイを緩め、夜の海を真っ向から見つめた。

逃げ場はない。十年前、僕が海に沈めたはずの「答え」が、満潮の波に乗って、僕の足元を濡らしている。


僕は、杏菜の瞳を見つめ返し、そして佳樹の冷徹な、けれど熱い視線を受け止めた。


「……予報によれば、明日の天気は晴れだ。……だが、今この瞬間、僕の人生には、過去最大級の暴風雨が接近しているらしい」


僕はいつものように、照れ隠しの「やれやれ」を口にする。

けれど、その声はもう震えていなかった。

十年前の自分に、そして目の前の彼女たちに、僕は、人生で最も誠実な「敗北宣言」……あるいは「再戦の合図」を送ろうとしていた。


タイムカプセルの蓋が開いた。

僕たちの「第二章」は、今、砂まみれの約束の中から、鮮やかに、そして残酷なほど青く、産声を上げたのだ。

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