十年をかけて熟成された「敗北」の返礼
結局のところ、人生なんてものは「保留」と「執行猶予」をどうやって綺麗にラッピングするかの連続でしかない。 あの卒業式の日、僕たちは一度バラバラになった。 それから、長い長い、あるいは一瞬のような月日が流れ――。
2031年、夏。 アスファルトが溶けるような陽炎の向こう側で、僕はかつて「負けヒロイン」の筆頭だった、27歳の一ノ瀬佳樹と向き合っていた。 「西野。あなたのその『とりあえずコーヒーで』という選択の放棄は、法曹界に身を置く私の神経を逆撫でするわ。……いい? あなたは10年前、ある決定的な『判決』を先延ばしにした。その遅延損害金が、今、私という形で目の前に立っているのよ」
佳樹の声は、高校生の頃よりも低く、逃げ場のない重力を持って僕の耳に響く。 彼女は都内の法律事務所で「正義」をパズルにする日々を送っていた。髪は短くなり、スーツに身を包んだその姿は、僕の知っている少女の正当な、けれどあまりに苛烈な進化形だった。
「一ノ瀬、お前のその『論理の暴力』も、10年経てば少しは丸くなると思っていたんだが……」 「期待外れなのはこちらよ。……西野、あなたはあの卒業式の日、『答えは保留にする』なんて言って逃げ出した。私の記憶データベースは、その不誠実なデータを一時も消去していないわ」
佳樹の瞳の奥に、2021年の冬、屋上で震えていた少女の面影が一瞬だけ過った。 彼女たちは、変わらないことを願いながら、変わっていく自分たちを必死に否定しようとしてきたのだ。
不意に、スマホに羽賀杏菜からの通知が届く。 『10年前の答え、まだ海に落ちてるかな? 今日の夜、みんなであの場所、行かない?』
僕は、目の前で鋭い視線を送る佳樹と、スマホの画面を交互に見た。 2031年の続き。 10年前、海に沈めたはずの僕たちの「青」が、今、再び満潮の時刻を迎えようとしていた。




