青の賞味期限(過去回想)。あるいは、大人になるための「保留」について
――ここで少し、時計の針を巻き戻そう。 あの騒がしい入学式の前、僕たちがまだ「高校生」という属性に守られていた、最後の冬のことだ。
冬の足音が聞こえ始めた放課後。 屋上へと続く階段の踊り場で、一ノ瀬佳樹が僕の進路希望調査票を、鋭い目で見つめていた。 「一ノ瀬、何度も言わせるな。僕は地元の国立大に進む。論理的に考えて、自宅から通えて学費も抑えられる、最善の選択だ」
「最善?……笑わせないで。あなたのその『最善』には、私という最大変数が計算に入っていないわ。私が東京に行くことは既定路線。……西野、これは私たちの『共同管理体制』に対する重大な規約違反じゃない?」 佳樹の瞳には、離れ離れになることへの不安が、攻撃性というオブラートに包まれて渦巻いている。
「和彦ー! 佳樹とまた喧嘩か? ほら、これ食って元気出せよ!」 ドタドタと騒がしい足音と共に現れたのは、和久井檸檬だ。 「和彦。お前さ、大学生になっても、私の試合見に来てくれるよな? 遠くても、私がお前を引きずりに行ってやるからさ!」 繋いだ手の力強さが、言葉とは裏腹な「行かないでほしい」という切実な響きを持って、僕の右手に伝わってくる。
「……和彦、さん。……私の物語の第2章は……大学編です。……逃げられると、困ります……」 小鞠の、逃げ場のない宣言。 そして、羽賀杏菜が、少し遠くで冬の空を見上げている。 「……ねえ、和彦くん。私たち、大人になっても、今のままなのかな」
杏菜がポツリと漏らした言葉。それが、僕たちの「17歳」の有効期限が、刻一刻と迫っていることを告げていた。 僕は、まだ答えを持っていない。 ただ、この騒がしい「負けヒロイン」たちが、卒業式の後も僕の人生に居座り続けるだろうという予感だけが、冬の夕暮れの中に色濃く漂っていた。




