紺碧の終着駅。あるいは、世界で一番幸せな「負けヒロイン」たちの叙事詩について
四月。桜の花びらが、まるで行き先を失った僕たちの未練を代弁するように舞い踊っていた。 大学の入学式。真新しいスーツに身を包み、正門を潜った瞬間、僕は奇妙な感覚に包まれた。 今、目の前にある瑞々しい春の景色と、いつか辿り着くはずのあの枯れた海辺の終着点。その二つが、この正門の敷居を越えた瞬間に、一本の揺るぎない「運命」として繋がったのだ。
「西野。3.5秒遅いわ。大学生活という名の新契約において、遅刻は即座に管理体制への重大な反逆と見なすわよ」 正門の桜の木の下、完璧な着こなしで僕を待ち構えていたのは、一ノ瀬佳樹だった。 「一ノ瀬、お前……。東京の大学はどうしたんだよ。始発の新幹線で戻ってきたのか?」 「当然よ。あなたの『大学生活初日』という、人生における重大な登記イベントに、私が立ち会わないという選択肢は存在しないわ」
「和彦ーっ! 一ノ瀬に先を越されたー!」 人混みを掻き分けて、猛烈な勢いで僕の背中に飛びついてきたのは、和久井檸檬だ。彼女はスーツの下にランニングシューズを履いたまま笑った。 「和彦、見てろよ。講義でも、合コンでも、全部私がお前の隣をトップで走り抜けてやる!」
「……和彦、さん。……キャンパスの、桜……すべて、私の原稿用紙。……今日、あなたが踏んだ花びらの数だけ、私の恋文を綴っておきました……」 桜の影から、柏木小鞠が現れ、僕のスーツの裾をそっと掴んだ。
そして。 「和彦くん。……待ってたよ」 人混みの中心で、羽賀杏菜が、僕の胸元にある「あのボタン」をそっと指先でなぞって微笑んだ。 高校の卒業式の日、彼女が不器用に縫い付けた、彼女自身の身代わり。 「私たち、ずっと『負けヒロイン』だって言ってきたけど……。ねえ、和彦くん。こんなに執念深くて、誰も欠けずにここにいる。これって、もう私たちの勝ちでいいよね?」
完璧な、そして地獄のような四重の包囲網。 けれど、僕は知っている。この狂おしいほどの重圧こそが、僕が長い人生の果てに海辺で「最高の満足」として思い出すことになる、愛の正体なのだ。
「……やれやれ。僕の人生は、どうやら入学式の時点で完全に詰んでいたらしい」 僕は、空を見上げた。 そこには、十代の夏も、白髪の秋も、変わらずに僕たちを祝福し、呪い続ける、不必要に高い紺碧の空が広がっていた。




