表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

80/100

入学式前夜、あるいは「老後」の光景へのカウントダウンについて

四月一日。明日はいよいよ大学の入学式だ。 新居のカーテンを抜けて差し込む月光は、僕の新しい人生を祝福しているというよりは、これから始まる「永遠の延長戦」を冷ややかに見守っているように見えた。


僕は、部屋に置かれたあの古い扇風機を、意味もなく回してみた。 カタカタと鳴る首振りの音。 そのリズムに合わせて、僕の脳裏に、再び「あの映像」が割り込んできた。 EP69から繰り返されてきた、あの「真の時系列」の終着点。 海辺のベンチに座る、初老の僕と杏菜。


「……和彦くん。結局、私たち、ずっとこうだったね」 「……やれやれ。君の騒音には、一生かかっても慣れそうにないよ」


その声は、もはや幻覚ではなかった。それは、これから僕が辿る数十年間の「記憶の先行上映」であり、逃れられない確信だった。 僕は立ち上がり、佳樹から渡されたGPSタグ付きのお守りを手に取った。


「……西野、聞こえてる? 監視テストよ。あなたの心拍数が、微かに上昇しているわ。……不純なことを考えているなら、即座に東京から急行して断罪するわよ」 スマホから漏れる佳樹の冷徹な声。彼女は、東京の学生寮にいながら、すでに僕の鼓動さえも管理下に置いていた。


窓の外に目を向ければ、街灯の下を、深夜にも関わらず走り抜ける人影が見えた。 「わはは! 和彦! 見てるか! 私は入学式の朝まで走り続けるぞ!」 檸檬の、夜を切り裂くような叫び。彼女は、卒業してもなお、僕という存在を追い越し続けるためのエネルギーを枯渇させることはない。


机の引き出しを開ければ、小鞠の残した「予言書」が、月光を吸って怪しく光っていた。 「……和彦、さん。……第一章、完了。……明日から、第二章……『略奪の大学生活』……執筆、開始します……」


そして、僕はスマホを手に取り、杏菜にメッセージを送った。 『明日、入学式だな。……あの扇風機、ちゃんと回ってるぞ』 数秒後。 『うん。知ってるよ。私のボタンも、ちゃんと和彦くんの心臓、守ってるでしょ?』


返信の速さに、僕は苦笑した。 彼女たちは、場所を変え、形を変え、けれど本質的には一ミリも変わらないまま、僕の人生という舞台に居座り続けるつもりなのだ。


「……さて。……そろそろ、寝るか」 僕は電気を消した。 暗闇の中、扇風機の首振りの音だけが響く。 明日から始まる、新しい「青」。 それは、17歳の夏に始まったあの熱量を、一生をかけて冷まさないための、贅沢な時間の始まり。 僕は、未来の自分が海辺で溜息をついている姿を想像し、最高の幸福を込めて、深く、深く、溜息をついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ