一月のデジャヴ。あるいは、共通テストという名の審判について
一月。
世界は無機質な白と、刺すような冷気に支配されていた。
教室の窓は結露で真っ白に曇り、その向こう側の景色を拒絶している。暖房の効ききらない空気の中で、シャーペンの芯が紙を削る音だけが、やけに大きく響いていた。
僕、西野和彦は、共通テストを数日後に控え、もはや摩耗しきった鉛筆を動かし続けていた。
数式を追いかけているはずなのに、ふと、視界の端に別の光景が割り込む。
白髪混じりの女性が、海辺で笑っている。
見覚えはある。けれど、記憶のどこにも紐づかない笑顔だ。
一瞬のことだった。
次の瞬間には、解答用紙のマス目が、何事もなかったかのように僕を待っている。
僕はシャーペンを持ち直し、続きを書いた。
次のページをめくったとき、今度は別の背中が見えた。
スーツ姿の男。広い室内。高い天井。
どこかで名前を呼ばれ、彼は振り返らずに、前を向いたまま立っている。
誰だ、と思うより先に、教室のざわめきが耳に戻ってきた。
「……西野、そこ。計算ミスしてる」
隣の席から、机を軽く叩く音。
一ノ瀬佳樹だった。
彼女の手には、几帳面な文字で埋め尽くされた紙束が握られている。
表紙には、赤ペンで大きくこう書かれていた。
――共通テスト最終攻略・行動規律書。
「……ありがとう」
そう返しながら、僕は自分のノートに視線を落とした。
さっきまで確かに見えていたはずの光景は、跡形もなく消えている。
ただ、胸の奥に、妙な重さだけが残っていた。
佳樹は僕の顔を一瞬だけ覗き込み、すぐに視線を前へ戻した。
「無理はしないこと。今日はここまでにしておきなさい」
その声は、いつもより少しだけ低かった。
チャイムが鳴る。
椅子を引く音が重なり、教室に現実が戻ってくる。
立ち上がった拍子に、窓の外が目に入った。
白い空。降り続ける雪。
その下で、遠いはずの海の色が、一瞬だけ脳裏をよぎる。
――気のせいだ。
僕はコートを羽織り、何事もなかったように教室を出た。
廊下は冷たく、現実はあまりに確かだった。
それでも、胸の奥に残った違和感だけは、消えてくれなかった。
一月。
審判の日は、もうすぐそこまで来ている。




