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085 俺の都合は無視か

「ふーっ……食った食った。まともな飯は久しぶりだ。ユーリス、ありがとう」


 食べ終わってそう言えば、ユーリスは「いえいえ」と食器を片付け始めた。

 遅れて食べ始めたイーヴォの器も既に空だ。

 彼はそのまま卓に頬杖をついて俺を見ている。

 こいつは本当に何をしに来たんだ……。


「……一応、兄弟にも騎士団の状況を伝えておく。ぶっちゃけ今の騎士団はあてにしない方が良い」


 突如、先程までとは全く違う声音でイーヴォが話し始めた。

 少し声を潜めた様子からあまり聞かせられない話であることは窺えた。


「どういうことだ? 騎士団は王家付きだろ? 今の貴族たちのいざこざに巻き込まれてるなら王子殿下についているんじゃないのか?」

「いや。王子殿下についているのはごく一部だ。今はどの貴族に付くかで混乱している。指揮系統もめちゃくちゃだ。中立を宣言しているのはうちの隊長ぐらいなんだ」


 騎士団は基本的に王家の指示で動く。

 国王亡き今、騎士団の指揮権を持っているのは王子殿下のはずだ。

 しかしそれが機能していないともなると、騎士団内部も派閥争いや貴族たちのいざこざに巻き込まれていると見たほうが良いか。


「俺たちがここに来たのは、そのことを伝えるためというのと、下手に誰かと接触して闘争に巻き込まれないためなんです」


 片付けを終えたユーリスが戻ってきて付け加えた。


「つまり、下手に飯屋に行ってどこかのお貴族様とかその関係者に鉢合わせて、そいつらの派閥だと思われないためってことだな? 俺の都合は無視かよ」

「……すみません。この状況下で士爵を頼るのは危険だと思ったんです。ただでさえ士爵は他の貴族と折り合いが悪いですから……」


 良くも悪くも庶民的なキーメル士爵なら、自分の損得を最優先にする貴族と仲が悪いのは理解できる。

 だが、あの士爵なら今のいざこざには関わっていないだろう。

 関係者は総じて上位の貴族のはずだ。

 ならばあまり気にする必要はないと思うのだが……。


「……まあ、いいや。つまり、ここはお前たちの避難所兼タダ飯屋ってことで理解した」


 自分で言っておきながら拠点の酷い扱いにめまいがした。

 エステラが生きてたら泣いてたぞ。たぶん。

 次は代金を取ろうか。

 まあ自分で作るユーリスは少しまけてやっても良い。イーヴォは許さん。


「それから、これはうちの隊長からの伝言だ。『近いうちに大規模な戦闘が起こりそうだから、関係のない一般人が巻き込まれないように協力して欲しい』だそうだ」


 イーヴォから聞いた言伝に眉を吊り上げる。

 大規模な戦闘を王都でやるつもりなのか?


「おいおい、貴族どもの頭はどうなってるんだよ。王都で大規模な戦闘なんて、収拾がつかなくなるだけじゃないか」

「貴族が下々のことを考えていないことなんて、今までも火を見るよりも明らかだったじゃないか」

「……………………」


 考えれば今まで貴族とはあまり良い思い出がない。

 ギルマスのあの恩着せがましい態度も、国王の自分本意な態度も思い出すだけで腹が立つ。

 ここしばらくは士爵との付き合いばかりだったのですっかり忘れていた。


「……わかった。協力とは具体的にどうすれば良い?」

「一般人が戦闘に巻き込まれないように避難を誘導してくれれば良い。それから場合によっては掃討と——」


 掃討とは、戦闘の火の粉が降りかかりそうになったらかばえということだろう。

 場合によっては直接戦うことも視野に入っているかもしれない。


「——一般の方は今の状況にかなり不安と怒りを抱えています。万が一、戦闘に関わろうとしたら全力で止めてください」


 言いづらそうに言葉を詰まらせたイーヴォの代わりにユーリスが続けた。


 こと戦いにおいて一般人ができることなどたかが知れている。

 しかし、予想される戦火がなりふり構わないものであるならば、下手に手を出せば何倍にもなって返ってくることになりかねない。

 ユーリスたちはそれを恐れているのだろう。


「わかった。他の冒険者にも伝えておく。避難はどこに向かわせれば良い?」

「あまりやりたくはありませんが、王都の外が良いかと。いま隊長が密かに簡単な避難所を用意しています。そこを目指してください」


 ユーリスの指示に頷く。

 設営している場所を大雑把に確認して記憶しておく。

 紙に記さないのは、何かの拍子にそれを知られないようにするためだ。

 この拠点だって誰かに侵入される可能性があるのだから。


 二人はヒソヒソと話すだけ話して帰っていった。


 静まり返った拠点の中にいるのは俺だけだ。

 いつも小言を言いに来るファイドロも、何かと世話を焼いてくれるエステラもいない。

 リーゼは遠く離れた〝古代竜の爪痕〟だ。

 予想だにしない重責が俺の肩に乗っていることを自覚して思わずため息をついた。

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