084 出てけッ!
王侯貴族たちの小競り合いは日に日に激化している。
少し前までは遠く離れた貴族たちの地区でのことも、今となっては誰もいなくなった拠点の窓からでも見えるほどだ。
そんな景色を憂鬱な気持ちで頬杖をつきながら眺める。
「——で、一体何の用なんだよ?」
俺の意向など気にすることなく拠点で騒ぎ続ける男二人——訂正、騒ぐ男一人と笑ってそれを流す男一人に視線を移して訊ねた。
「え? 用なんてあるわけないじゃないか」
騒ぐ男——イーヴォの回答に頭を抱えた。
ここはお前の自宅ではないだろう……。
「なら、なんでここにいるんだ……」
「すみません、すぐに連れ出しますから……」
つぶやく俺にユーリスが謝るが、やつの手にあるのは鍋だ。
思いっきりここで飯を食べていくつもりだ。
ここは飯屋ではない。
「ユーリス、お前はなんで鍋を持っているんだ……。お前は俺の使用人か何かか?」
「いえ、俺は一応まだ騎士ですので、使用人ではないですね。リーゼさんのためなら使用人になることもやぶさかではありませんが」
「真顔でそれを言うのやめてくれない⁉」
はあー……と大きく息を吐きだす。
この二人を相手にするだけでどっと疲れが押し寄せる。
リーゼは一体どうやってこの二人を相手にしていたんだ……。
「そう言うなよ、兄弟。別に俺たちはお前を弄り倒すために来たわけじゃないんだ」
俺の目の前に座ったイーヴォが内密の話をするように身を乗り出した。
何事かと眉を顰めつつ耳を貸した。
「——わっ‼」
突然耳元で大声を出されて、驚きのあまり椅子から転げ落ちた。
ショックから立ち直って立ち上がる。
静かに椅子を直してイーヴォを見据えた。
「————出てけッ‼」
卓の上に置かれた鍋からは湯気と美味そうな匂いが漂っている。
ユーリスが作ったものだ。
仕事中にリーゼから何度か聞いてはいたが、料理が上手いというのは本当のようだ。
「……それで、こいつっていつもこんな調子なのか?」
鍋を挟んで反対側に座るユーリスに訊ねる。
その隣ではイーヴォが椅子に縛り付けられた上に布を噛まされている。
一人だけ鍋の中身に触れることすらできないので、ガタガタと椅子を鳴らしているが自業自得だ。
「……まあ、寄宿舎ではこんな時もありますが、仲の良い相手だけですよ。基本は」
「俺、こいつと仲良くなった覚えはないんだが……」
「ん、んー! んーっ!」
黙々とユーリスが鍋の中身を器に移して配膳する。
それをありがたく受け取って、傾ければ深みのある味わいのスープが口内を満たした。
「……美味いな……」
「ありがとうございます」
「んっ! ん! んー!」
「リーゼは毎日こんなの食ってたのかよ。羨ましい限りだな……」
「んー! んーっ!」
「いえ、リーゼさんの料理には及ばないですよ。俺の場合は時間をかけたからってだけですから」
「そうなのか? ここにいた時はそんなことなかったのに」
「んーっ! んんーっ!」
「うるさいッ!」
思いっきり正面の椅子を蹴る。
蹴られた椅子はそのまま後ろに倒れて、そこに縛り付けられているイーヴォも後頭部から見事に床にぶつかった。
覗き込めば涙を流していた。
騒ぐイーヴォが悪いのだが、少し可哀想な気もしてきたので解放してやった。
ユーリスも真面目にイーヴォの分を取り分けて、自身も食べ始めた。




