083 お別れ
王竜の力を預かって数日。
私自身にどんな変化が起きたのか確認した。
まず視覚、聴覚といった人としての感覚は以前より格段に鋭敏になった。
かなり遠くまで見えるようになったし、匂いにも敏感になった。
味覚の好みに変化はなかったのは幸いだ。
「リーデル?」
そろそろ甘えに来るはずの頃合いになってもリーデルの姿が見えないので呼びかけてみる。
しかし返事もなければ、こちらに向かってくる姿もない。
変化によって範囲が広がった気配察知スキルでは王竜の近くにいるようだったので、様子を見に行くことにした。
「じいじ……」
薄暗い空間の中、リーデルは王竜の前にちょこんと座っていた。
王竜は伏せたまま浅い呼吸を繰り返している。
「リーゼリア、か……。最期に話せることを嬉しく思うよ」
薄っすらと開いた目は虚ろで、焦点が定まっていないように見える。
もう何も見えていないのだろう。
「最期だなんて言うんじゃないよ。リーデルの成長を一番楽しみにしていたのはフェルニオじゃないか。この子の成長を見届けてやりなよ」
「ははは……。無茶を言う。この老骨に鞭を打つか」
容赦ないな、と王竜は笑う。
それすらも掠れて力ない。
本当に最期なのだろう。
「一応、最期の希望を聞いておこうかい?」
「そうさなあ……。後でここの奥に埋めてくれればそれで良い」
「無茶言うんじゃないよ!」
うっかり叫んでしまった。
これだけの巨体を私がどうやれば埋められるというのだ。
そんな私の反応に、王竜だけではなくリーデルまでもが笑う。
リーデルにはしっかりと手伝ってもらうことにしよう。
「……瘴気の問題は良いのかい?」
竜が死ねば瘴気が発生する。
それは王竜から教えられたことだ。
瘴気は吸えば内臓がやられ、触れれば皮膚がただれる危険なものだ。
これだけの巨体から発せられる瘴気がどれほどの規模になるのかなど想像の埒外だ。
「それは心配に及ばん。儂は寿命で死ぬのだ……。瘴気は、発生せん……だろう」
そう話す王竜の目は今にも閉じてしまいそうだ。
次が最期かもしれない。
内容は慎重に選ばなくては。
「…………。わかったよ。今まで世話になったね」
考えに考えた末に出てきたのはそれだけだった。
罪の償いにやって来た私に対して、ずっと世話を焼いてくれたのだ。
聞けば何でも答えてくれた。
とてもではないが罪人に対する扱いではなかった。
「礼には及ばん……。お前もまた、我が創造主の——……」
「フェルニオっ!」
「じいじ!」
ついに王竜の頭が地面に落ちた。
そこから起き上がる気配もない。
近づいて確かめれば既に息はなかった。
鱗から伝わる熱もない。
本当にギリギリまで持ちこたえてくれていたのだろう。
少し離れてその威容を視界に収める。
そして最大限の敬意を示すように私は頭を下げた。
リーデルはその後、静かに王竜のそばから離れていった。
泣きもせず、騒ぎもせず、ただ静かに事実を受け止めているようだ。
「リーデル、フェルニオの希望を叶えてやろう?」
「うん……」
それから私たちは時間をかけて王竜の亡骸を動かし、希望通り、薄暗い空間の奥に埋めたのだった。
次回よりアルシウス視点です。
リーゼが谷底で過ごしている間、不穏な空気が漂う王都では何が起きていたのか。
少しだけ視点を変えて、そのあたりのお話に移ります。
引き続きお楽しみいただければ幸いです。




