086 黒煙
ユーリスたちがやって来てから数日が経った。
王都の様子は日に日に悪化している。
戦闘の足音もすぐそこまで迫っている、そんな気がする。
「よう。ちょっといいか?」
冒険者ギルド前で出てきたばかりの冒険者たちに声をかけた。
彼らはまだ若く、低ランクであることはひと目で分かるような出で立ちだ。
「ん? ああ、なんだ?」
怪しむ素振りもなく俺に返事をしたのはおそらくリーダーだろう。
少しだけ肩肘を張っているように見える。
「ここしばらくの貴族たちのいざこざのことは知ってるよな? もしも、それがこの辺りまで広がるようなことがあれば、一般人の避難の協力をしてくれないか?」
「——え? なんで俺たちが……。貴族共がやってることは許せないけどさ、俺たちがそれをする利点がないじゃないか。報酬はないんだろ?」
実に冒険者らしい返答に少し安堵しながらも、嫌なところを突かれたとも思った。
俺の頼みはいわば慈善活動だ。労働に対する対価などもちろんない。
しかし冒険者のほとんどは報酬があって初めて仕事として見る。
もちろん、ただ報酬があれば良いわけではない。
労働に対して見合う対価かは当然判断の材料になる。見合わないと判断されれば以降は見向きもされない。
そういう世界なのだ。
食うのも苦労するような底辺階級の人がなるような仕事なのだから当然といえば当然の考えだ。
「ああ。報酬はない。だが、貴族たちの戦いに関係のない奴らが巻き込まれるのも道理じゃないだろ?」
ゆえに彼らもわかっているはずだ。
身分が低ければ低いほど、今いる場所から動けないことを。
そこから逃げてしまえば、今後その居場所を失うかもしれないという恐怖心を。
「それはそうだけど……。なら今からでも逃げれば良いじゃないか」
「リーダー、それは無理だろ。あいつらだってようやく雨風をしのげる場所を手に入れたんだ。それを失いたくない気持ちはわかるだろ……」
腹の足しにもならない仕事はしたくないと断るリーダーにメンバーの一人が異議を唱えた。
どうやら彼の知り合いはまさに底辺の暮らしをしているようだ。
それに彼自身もその経験があると見た。
「…………。……わかった。でも誘導をするだけだ。それ以上のことはしない」
「それで構わない。とりあえず王都の外へ向かわせてくれれば良い。その後は騎士がなんとかするはずだ」
俺に頷いた冒険者たちにギルドには内密にと念押しした。
理由は単純だ。ギルマスを始め、ギルドの職員のほとんどは貴族と何らかの関わりがあるからにほかならない。
中には貴族の子息、令嬢だっている。
そんな奴らの耳に入れば、ユーリスたちの努力が水の泡になる。
それを避けるための口止めだ。
彼らがそれを理解したのを確認して、俺はギルドの中に入った。
ギルドの中は以前と変わらず酒臭い。
そして受付などの職員と冒険者が揉める怒鳴り声が轟いている。
そのうるささに耳を塞ぎたくなったが、顔をしかめるだけにとどめた。
ギルドで変わったところと言えば、高位の冒険者を一切見なくなったことだろう。
王都がきな臭くなった頃から遠方の依頼を受けてそのまま帰ってきていないようだ。
高ランクともなれば、高額報酬故に先程の冒険者のように場所を選ぶ必要がなくなる。
なので根無し草のように環境が良いところへ拠点を移してしまうのだろう。
だから、王都にいる高位の冒険者ともなるともう俺ぐらいなのだ。
「ラィス! こっちに来い!」
受付の男から声がかかった。その手には紙の束。
これは押し付けられるやつだな、と嫌な気持ちになりながら受付に近寄った。
「なんだよ」
「この依頼を受けろ。高ランクの依頼が残ったままでたまったもんじゃない」
さっさと署名して仕事に行け、と言わんばかりの態度で男は俺に束を押し付けた。
依頼書の中身を確認すればどれもAランク相当のものばかりだった。
残るのは仕方がないが、今の俺はAランクパーティを壊滅させた男だ。
個人でもBランクではあるが、一人でやるにも限度がある。
残っている分全部を押し付けるには不適格なように思う。
「これ全部やれっていうのか? 今の俺は仲間全員を失って傷心なんだが」
「傷心中のやつはギルドに来ない」
男の言い分にぐうの音も出ない。
確かに傷心中なら家から出ないだろう。
ましてや戦闘が主軸の冒険者ギルドなど来るはずがない。
「……わかったよ。でも全部は無理だ。せめてどれか選ばせてくれ」
観念したように両手を上げれば、男は眉間に皺を作った。
その表情は「冒険者風情が生意気な」と言っているようだ。
こういうわかりやすいところは庶民のようだ。
貴族はこうも表情に出さない。
いや、俺を格下と見ているから顔に出すのか。
「お前に選ぶ権利は——」
男が何かを言いかけたところで外から鋭い悲鳴のような声が聞こえてきた。
それも一つや二つではない。
「——なんだ?」
男と一緒に振り返る。
採光用の窓から見えるのは窓の外が見えなくなるほどの黒煙だ。
「あ、おい! 話はまだ終わってないぞ!」
引き留めようとする男の声を無視して、俺はギルドを飛び出した。




