080 今までありがとう
王竜が寄越してくれた飛竜の背に乗って谷を登る。
一度真っ暗闇に染まった視界も、次第に明かりを取り戻していく。
そしてようやく空をこの目で捉えた。
久しぶりに見た澄み渡る青に、私は目を細めた。
飛竜から飛び降りて地上に降り立つ。
足先からジーンとした痛みが響いて思わずうずくまった。
以前ならこれぐらいの高さは平気だったのに。
少しだけ涙目になりながら立ち上がりつつ、飛竜の足にぶら下げている木の実の殻でできた器を取り外す。
中身は無事なようだ。
「みんな、いるかい?」
誰もいない荒れ地に呼びかければ、少しずつ小さな明かりが現れた。
ふわふわと浮かぶ光球はどんどん増えていき、いつの間にか彼らにしっかりと取り囲まれていた。
「——今日はみんなにお別れをしに来たんだ。今まで何度も助けてくれてありがとう。私からみんなにしてあげられることはないけど、せめてなにかをと思って用意したんだ」
両手で持った温かい器を差し出す。
中に入っているのはあの日作っていた料理に近いものだ。
本当は同じものを作りたかったのだが、谷の中では手に入らない材料も多いのでできなかったのだ。
器から立ち上る湯気に精霊たちが少しずつ集まってくる。
恐る恐るという様子に見えた。
精霊たちがそんな動きをするのは初めて見た。
「大丈夫。変なものは入っていないよ」
微笑んでそう言えば、精霊たちはすっと器の中身に触れた。
水面にわずかばかりの波紋が生まれ、びっくりしたように一つの光が器から離れる。
しばらくして離れた精霊が小さく震えてから器に戻った。
それに習うように他の精霊たちも器の中身に水紋を作った。
私を囲んでいた精霊たちが器に集まって、もはや器が光っているようだ。
そして気づけば器の中身が空になっていた。
「……みんな、今まで本当にありがとう」
器から離れていった精霊に言う。
それに返事をするようにふわふわと浮かんだ精霊たちが一つ、また一つと消えていく。
やがて、光球は全て消えてしまった。本当にこれでお別れだ。
「…………。さあ戻ろう。また乗せてくれるかい?」
振り返ってずっと待っていてくれた飛竜に訊ねる。
飛竜はグルゥッと短く鳴いて私を背に乗せてくれた。
そしてふわりと飛び上がってゆっくりと谷の中を下りていった。
■■■
谷底に戻ってきた私はまっすぐ王竜の元へ向かった。
相変わらず薄暗い空間にいる彼は私を見つけるなり、伏せるような姿勢になった。
「用は済んだか?」
訊ねた王竜に頷く。
それに王竜は長い瞑目の後ゆっくりと口を開いた。
「これよりお前に力を預けよう。その前に話しておくことがある。心して聞くが良い」
曰く、次の王種会議までが私の任期。
そしてその会議自体は、幼い火竜が成体となった後の今よりおよそ二〇〇年後。
細かな時期は状況に応じて私が決められるらしいが、それまでに他のすべての王種に私自身が代行者であることを認められなければならない。
どうやって認められるかはそれぞれの竜次第だ。
まずはとにかく直接会うことから、だそうだ。
居場所を突き止めるのもまたその一部ということで教えてもらえなかった。
「……大体はわかったよ。ただ、二〇〇年後まで私は生きていられないのは間違いないんだけど、どうするんだい?」
「王竜の力を持っている間は心配には及ばん。人の理から外れるでな。お前の仲間と同じ時間を歩むことになろう」
そんな返事に私は片眉を吊り上げた。
仲間と同じ時間を歩む、とは一体どういう意味なのだろう。
「仲間と同じ時間ってどういう意味だい?」
「……お前は仲間に〝大地の聖草〟を使ったであろう。あれによって、お前の仲間は今や不老不死の身になっているはずだ」
大きなため息とともに放たれた言葉に絶句した。
アルシウスが不老不死? そして私も二〇〇年後まで同じ……。
今となって遺跡での私の行動が如何に罪深いのかを思い知った。
これではアルシウスまでも人の道を踏み外させてしまったようなものだ。
本人が望んだのならいざ知らず、そんな意思すら無視するようにそうさせてしまったのだから。
例え助けることが目的であったとしても許されるものではないだろう。
「……まさか、そんな……」
ことの重大さに声が震える。私がどうこう以前に、アルシウスに対しての申し訳なさに胸が痛む。
一体どうすれば……。
そう考えて対処法を聞こうと口を開いて、やめた。これは私自身が考えて見つけなければならないものだ。
王竜なら答えを知っているかもしれない。
しかし何でも聞いて答えを得ていてばかりでは、私は自ら負うべき責任を負ったことにならない。
聞くのはこれが最後の機会かもしれない。
自力では答えを見つけられないかもしれない。
それでも頼るのは私自身ができることをすべてやった後でなければならない。そう思った。




