078 子育て
結局私は火竜を抱きしめたまま声が枯れるまで泣き続けた。
それに火竜が心配そうに腕の中から顔を覗かせたが何も言わなかった。
忘れていたわけではないのだが、遅れて王竜の真っ黒で巨大な体を見れば、呆れたようなため息が漏れ聞こえてきた。
「いつまで続くのかと思ったわ。……まあ良い。お前に竜の世話の仕方を教えてやろう」
くるりと体の向きを変えたかと思えば、その尾で近くの木を叩いた。
木からは大きな木の実が落ちてきて、地面に当たると同時に綺麗に真っ二つに割れた。
「あっ! いいにおい!」
火竜は落ちた木の実まで文字通り飛んでいき、断面から齧り付いた。
そして美味しそうに咀嚼する。
それを繰り返してあっという間に外の殻だけになってしまった。
しかしここまで近づいてもこれといって匂いはしない。
竜とはかなり鼻が良いのだろうか。
「随分と食いしん坊だねえ……」
地面で満足そうに転がる火竜をそのままにして、木の実の殻を片付ける。
持ち上げてみれば軽いのだが、かなり頑丈そうだった。
土に還るのも時間がかかりそうだ。
「生まれたばかりならこれぐらいが普通だろう。もう四、五日すれば今の倍は必要になろう」
王竜の言う成長の速さに眩暈がした。
あんな小さな体で、自分の体以上の大きさの食料が必要とは一体……。
その後、王竜は私に火竜の面倒を見るために必要なことを教えてくれた。
どこに何があるのか、どうすれば良いのかなど、罰という割には手取り足取り教えてくれている印象だ。
まあこの後の長い期間が大変なのだろうが……。
そして王竜は意外にも、この谷についてや竜という存在についても教えてくれた。
いずれ火竜が大きくなったら私から教えなければならないらしい。
守り神に教えを説くとは畏れ多いことだ。
初めこそ竜をこんな王竜の目の前で育てるなど恐ろしいと怯えながらこなしていたものの、必要な時は助けてくれる王竜と、何より人懐っこい火竜のおかげで月日は目まぐるしく過ぎ去っていった。
「リーデル! 火を起こしてくれるかい!」
気づけばリーデルの体は大きな犬ほどまでに大きくなっていた。
谷の中を自由に動き回り、時々迷い込んだ小動物を捕まえてきては「褒めて!」と言わんばかりに目をキラキラさせて私のところまで持ってくる。
そんな獲物もありがたく料理に使わせてもらう。
「はーい♪」
周りに燃え移らないように用意した炊事場の薪に向かって、リーデルが火の息を吐く。
ギュッと目を閉じて一生懸命息を吐き出す姿が可愛らしい。
程なくして薪に火が移りパチパチと小気味よい音がし始めた。
「リーデル、ありがとう。よくできたね」
「ママ、今日も丸焼き?」
焚き火を眺めながらリーデルが訊ねた。
木の実だけではリーデルの腹を満たせなくなって以来、こうやって料理を振る舞っているのだが、初めて作ってあげたものが口に合わなかったらしく吐き出されてしまった。
それからはなにかの丸焼きが続いている。
それ故の確認だろう。
「そうだよ。今日はいつもと違う味付けにしてみようか?」
「わーい♪ あのね、あのね! ボク、すっぱい木の実よりあまい木の実のほうが好きだよ!」
わかりやすいほどに尻尾をブンブンと振り回して言うリーデルはとても嬉しそうだ。
しかし焼こうとしているのはウサギ肉だ。
流石に甘い味付けは合わないだろう。
「そうかい。でも甘い肉は嫌じゃないかい? たまにはピリピリした味にしてみようか?」
「うーん……ピリピリきらい。くちのなか、いたいんだもん」
一度食べた物の味を覚えているのだろう。
確か数週間前に少し辛味のある素材を使った料理を出した気がする。
その時はよほど辛く感じたらしく文字通り火を吹いていた。
「それは困ったねえ……。そうなると香草を使おうか。それにしてもリーデルはまだまだ大人になれないねえ」
「えー! そんなことないもん! でも、ママがこどものままがいいなら、こどもでいいよ!」
「それは困るねえ……。私はリーデルにははやく一人前になって欲しいよ」
ふと過るのはユーリスの顔。
今頃彼はどうしているだろうか。
リーデルのちょっとした仕草から彼が思い出されて、時々そんな事を考えてしまう。
はやく会いたい。
だからリーデルには早く一人前になって欲しいというのは本音だ。
「うーん……。わかったぁ! はやく一人前になれるようにがんばるね!」
こうやって感情を素直に出せるところなどそっくりだ。
全く繋がりはないはずなのに、名前のことといい、どうしても私たちとの関連を感じてしまう。
まさか私が面倒を見ているからという訳ではないだろう。
リーデルの無邪気さに苦笑いしながら肉を焼く。
香草の独特の香りが鼻腔をくすぐるが、これは全てリーデルの分だ。
私の分はどうしようか、と考える。
ここは少しだけ辛いものを作って、リーデルに分けるのも良いかもしれない。
焼けた頃合いになれば、リーデルが言われずとも肉を火からおろして食べ始める。
本当に食いしん坊だ。
一口齧っては噛み締めるようにゆっくりと咀嚼して笑顔になる。
お気に召したようだ。




