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019 祭りの最終日

 あの日、結局エステラとファイドロは恋仲までは行かなかったが、距離がだいぶ近づいていた。

 そしてアルシウスはまるで別人のように幼さが鳴りを潜めた。

 どうやら彼の幼稚さは私がそうさせていたようだ。

 戦闘については元々リーダーらしいところがあったが、今では私生活でも自立してやるようになった。


 そんな変化があった中、私は三人にユーリスとのことを話した。

 アルシウスに対しては改めてとなってしまったが、花畑で話した時とは違って静かに聞いてくれた。

 エステラからはキラキラとした視線を向けられ、ファイドロからはいつものように「そうか」とだけ返ってきた。

 実に【アストラ】らしい反応だった。


 それから二月ほど経ち、王都はお祭り一色に染まっていた。

 この時期は収穫を祝う祭りで王都中が賑わう。

 この祭り中は普段からよく見る経済的な翳りも見る影もなくなり、貧富を問わず広場に並ぶ露店に人々が集まる。


 そんな雰囲気なので、若い男女が連れ添う姿はよく見かける。

 かくいう私もその一人だ。

 祭りの最終日である今日になってようやく都合がついたので、正式に交際するようになって何度目かのユーリスとの約束があるのだ。


「ごめん、待たせたよね?」


 いつもの待ち合わせ場所となってしまった、私たちが初めてまともに話した店。

 そこに駆け込んで、私は頭を下げた。


「いえ、そんなに待っていないですよ」


 ユーリスはいつも笑顔でそう言うが、小卓に置かれているグラスはほぼ空だ。

 間違いなく約束の時間よりも前からいたに違いない。


 そんなことを思いながらも、これも彼の思いやりだろうと言葉通りに受け取ったふりをして向かいの椅子に座った。

 いつものようにお茶を頼み、ユーリスを見れば、どうにも普段より落ち着きがないように見える。


「……何かあった?」


 私の問いにユーリスは慌てたように否定した。

 慌てたということは図星だが、否定も本当だろう。

 これまでの逢瀬で、彼の癖のようなものもだいたい理解した。

 何かあるのは間違いないといったところか。


「そんなことより、リーゼさんの服装は今日もよくお似合いですよ」


 まっすぐ見つめるユーリスの言葉にぼっと火がつくように火照った。


 今日の装いは仕事とは異なる動きやすさ重視の手軽な身なりだ。

 まさかそれを褒められるとは思わず赤らんだのだ。


「あ、ありがとう……」


 気恥ずかしさから、運ばれてきたカップを持ち上げて口をつけた。

 なぜか味がしない……。


「……えっと、今日ですが、せっかくですし露店を回った後、行ったことがないお店にも行って夕食もいかがですか? この前良さそうなところ見つけまして」

「──え、ああ、うん。それで良いよ」


 動揺が隠せず上擦ったうえ、言葉にも出てしまった。

 情けない、と思いながらも、この動揺すら不快なものではないのが不思議だ。


 その後私たちはユーリスの提案通り露店を巡り、店を回った。

 最初は隣り合って歩くだけだったが、自然とその距離は近づき、いつのまにか指先を絡ませるように手を繋いでいた。

 ほんのりと香る彼の匂いが胸を高鳴らせると同時に安心させてくれる。


 陽が沈んで祭りの明かりが灯される頃になって、私たちは少ししっかりした店構えの食堂に入った。

 先に席を取ってあったらしく、混雑している店内を待つことなく案内された。

 通された席に座ればすぐに料理が運ばれてきて、ユーリスがいかにこの日のために準備をしてきたのかが感じられた。

 このらしくなさは間違いなく助言者がいる。

 それでも、私との時間のためのことだと思えば自然と嬉しくなったのは自分でも驚きだ。


 普段なら絶対に選ばない豪華な料理の数々を食べながら他愛のない会話をする。

 しかしここで政治や経済といったつまらない話題は出ない。

 話すのは専ら身近で起こったことや見聞きしたことばかりだ。


「そういえばユーリスはなんで騎士に? 貴族の出じゃないだろう?」


 騎士になるにはそれなりの身分か、それなりの身分の後見人が必要だ。

 貴族でないのであれば、後見人を探すことになるのだが、伝手がなければまず見つけることができない。

 だからこそ騎士という道は庶民にとっては狭き門となっているのだ。


「あぁ、まあ、俺の場合は兄が家を継ぐから自由にやって良いかなと思いまして。親戚というにはかなり離れている家なんですが、士爵が親族にいたのでその方を頼って騎士に」

「なるほどねえ。士爵様には頭が上がらないだろう?」


 士爵は貴族階級の中でも一番低く、平民と貴族の間という中途半端な立場だ。

 貴族社会では男爵位以上を貴族とし、それ以外は平民という風潮がある。

 だから相当肩身が狭いはずだ。

 それでも後見人になってくれたというのだから、彼の性格的にきっと感謝してもしきれないだろう。


「それはもう。仕事で失敗すれば迷惑をかけてしまうので、気が抜けないですよ」


 後見人になるということは、その人物の不祥事の責任も負うということだ。

 彼の気持ちもわからなくはない。


 最後の甘味を食べ終え、空になったグラスを置いたユーリスが少し俯きがちに視線を彷徨わせた。

 それに疑問符を浮かべている間に彼は顔を上げて口を開いた。


「リーゼさん、この後まだお時間大丈夫ですか?」

「──? まだ大丈夫だけど、何かあるのかい?」

「少し星を見に行きませんか?」




■■■




 ユーリスの案内でやって来たのは、王都の外れにある小高い丘。

 公園のように整備はされているが、祭りの装飾はなく、王都の中と違って暗く、静かだ。


「こうやって見ると、王都は随分と明るいんだねえ。夜間に外に出ることがなかったから気づかなかったよ」


 丘から見下ろす街は祭りの装飾もあって煌々と眩しく輝いている。それが一つの芸術作品のように見えた。


「俺のお気に入りの場所なんです。一人で考え事をしたりする時とか、少し故郷に近い空気なんで落ち着くんです」


 崖際に設置されている柵にもたれるようにしてユーリスは言った。


「どんなところなんだい?」

「……なんてことない山の上にある小さな村ですよ。ここみたいに何もないんです」


 そう話す彼は少し懐かしそうに笑みを浮かべた。王都の明かりを背景に少し儚げに見えた。


「一度行ってみたいねえ」

「行っても面白いものなんてないですよ」


 二人揃ってクスクスと笑いながら、ぽつんと置かれた長椅子に座る。

 そして示し合わせたように空を見上げた。

 空には王都の煌びやかな明かりとは対照的にささやかな光が瞬いている。

 一緒に浮かぶ月は見事な丸を形作っていた。


 小さく一つ息を吐いたユーリスはすっくと立ち上がり、そんな彼に呆然としている私の前で跪いた。


「リーゼさん、……俺と、結婚してくれませんか」


 まっすぐ私を見つめながらも顔を赤らめ、差し出した手は小さく震えている。

 そんな彼だからこそ私は手を取りたかった。

 でも私には──その資格がない。

 彼に打ち明けて、それでもこうやって手を差し伸べてくれるだろうか。

 幻滅されて私の元から去ってしまわないか、そんな不安で押しつぶされそうだ。


「……リーゼさん……?」


 彼の手を取るには、私は全てを話さなければならない。


 私が迷い躊躇っているので、ユーリスはどんどん不安げに表情を曇らせていく。

 早くユーリスのせいではないと言わなければ。


「……嫌……でしたか?」

「──違う、違うんだ。すごく嬉しい。……でもその前に話さないといけないことが──」


 取り乱す私の手をユーリスはそっと両手で包み込んだ。

 そして告げる。


「話してください。たとえどんなことでも、……全て受け入れてみせますから」


 小さく震える彼の手から伝わるじんわりとした温かさに思わず涙がこぼれた。







2章完結です。

プロポーズを前に揺れるリーゼ。

彼女がひた隠しにしてきたものとは──。


3章では彼女の人生の大きな転換点が訪れます。

ご期待ください!

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