018 花畑の嵐
魔物討伐後、私たちはエステラの故郷に向かった。
状況がわからないだけに急ぎ足になるが、徒歩では限界がある。
目的地への馬車はあるにはあるが、本数は少なく、やはり費用が嵩む。
さすがにそこまでは用意できなかったのでやむなく徒歩となった。
道中はなんとも微妙な空気だったが、無事到着した頃には元通りになっていた。
「ただいま帰りました……」
少しだけ恐る恐るといった様子でエステラが家の戸を開けた。
周りの森に馴染むような質素な家は明かりがついていない。
「え! お姉ちゃん⁉︎」
家の中からではなく、それは外からだった。
短く切り揃えた金髪の女の子だ。
買い物に出ていたのかこんもりとなったカゴを持っている。
「エルナ! お母さんの様子は⁉︎」
そんな少女に駆け寄ったエステラは、珍しく焦っているように見えた。
道中そんな様子を見せなかったが、やはりかなり気掛かりだったのだろう。
「全然平気だよ?」
何言ってるの? という表情の少女の様子に、エステラはその場にへたり込んでしまった。
ついには顔を両手で覆って嗚咽を漏らし始めてしまった。
■■■
「やだなー。お姉ちゃん大げさ! お母さんはお姉ちゃんがなかなか帰ってきてくれないから、寂しさのあまりご飯を食べる量が減っただけだから!」
エステラとは似ても似つかないほど快活に笑う少女はエステラの妹らしい。
肝心のエステラの母は、どこかの店先でおしゃべりしてるんだろうとのことだった。
本格的に泣き始めてしまったエステラをなんとか家の中に連れて行き、私たちは居間にお邪魔させてもらっている。
森の中の家らしく、家具は全て木製だ。
部屋に満ちる木の香りは優しく、まるで癒されるようだ。
「ねえ、お姉ちゃん。そんなことより、そこのお兄さんたちを紹介してよ!」
卓の向かいに座るエステラに向かって身を乗り出すように言った少女の視線はうちの男たちに釘付けだ。
そんなに珍しいのだろうか。
エステラが苦笑いしながら紹介すれば、少女はアルシウスに熱のこもった視線を送っていた。
まあ、見た目は良いから気持ちはわかるが、こいつを選ぶと苦労するぞ……。
少女による熱気で盛り上がりを見せたところで、外出中だったエステラの母が戻ってきた。
なかなかの賑やかさに入り口で固まるように驚いていた。
「……一体何が起きてるの? 家を間違えたかしら……?」
「お母さん、合ってるから! お姉ちゃんが帰ってきたの!」
呆然とした様子で戸を閉めようとした母親を少女が慌てて引き止めた。
そんな必死な少女を見て母親は目を丸くしながら「あら、エルナ。ダメじゃない。お客様ならちゃんとお茶を用意しないと」と窘める。
これがきっと普通の家庭の様子なのだろう、と思うと目の前の光景がとても眩しいものに見えた。
その後しばらくにぎやかに過ごし、そのままお世話になることになった。
しかし、せっかくの帰郷なのだから家族水入らずの時間も必要だろう。
私は適当な理由をつけてアルシウスとファイドロを連れ出した。
「なんでこんな時間に散歩なんて……」
森の夜は冷える。普段と同じ格好で出てしまったため、アルシウスは少し寒そうに体を震わせた。
「馬鹿だねえ。せっかく久しぶりに家族に会ったんだから積もる話もあるだろう」
私の言葉にアルシウスは心底理解できないという顔をした。
彼もまた家族とはうまくいっていなかったのかもしれない。
ちらっとファイドロを見れば首を振られた。
「……しっかし、この町は月が良く見えるねえ……」
思い返せば王都でこうやって月を見る機会はなかった気がする。
仕事をして帰れば、疲れてそのまま寝てしまうことも多い。
落ち着いて空を見ることすらなかったかもしれない。
「——らしくないな」
「そうかい?」
ファイドロに問い返せば肩を竦められた。
そんなに意外なことだろうか。
「ああ、そうだ。ファイドロ、エステラとはちゃんとうまくやってるのかい?」
仕返しという訳ではないが不意に訊ねてみれば、ファイドロはあからさまに動揺した。
隠しているつもりだったのか、無意識だったのか分からないが、彼の気持ちは手に取るようにわかる。
しかし、どうにも男たちの反応が微妙だ。
アルシウスに至っては気付いていなかったようで、不思議そうに首を傾げている。
この様子だと間違いなくエステラも気付いていない。
彼女のような真面目な性格だと面と向かって言わなければ気付いてもらうことはできないだろう。
ここは一肌脱ぐしかなさそうだ。
気づけば結構時間が経っていた。そろそろ一度戻ったほうが良いだろう。
■■■
家に戻ってきて扉をそっと開いて中の様子を覗う。
家族の団らんは終わっていたようで、各々が何かしら手を動かしていた。
「エステラ、ちょっといいかい?」
目があったので声をかけて手招きすれば、エステラはパタパタと外まで出てきてくれた。
「なんですか?」
「ファイドロがエステラに話があるんだってさ」
「?」
「ま、待て、リーゼ! 俺はそんなことは一言も——!」
「まあまあ。じゃあ、ごゆっくり」
キョトンと首を傾げるエステラと珍しく顔を赤くして慌てふためくファイドロを傍目に、私はアルシウスを引き摺るように連れて再び森の中に入った。
ある程度森の中に入り込んだところで、息をひそめるように茂みに隠れる。
そして二人の様子を見守る。
ファイドロとエステラは家の前にささやかに設えられた長椅子に座っていた。
気まずそうにしていたファイドロにエステラが何か話しかけ、それにファイドロが赤面している。
なかなか面白い光景だ。
このまま眺めていても良いが、せっかくの雰囲気を邪魔したくもないのでそっとその場を離れることにした。
「おい、一体どういうことだよ? さっきそんな話してなかったじゃないか」
私と同じように二人の様子を見ていたアルシウスが声を潜めながら訊ねた。
本当に何も分かっていないようだ。
「ファイドロはエステラに気があるんだよ。ずっと一緒にいたら気づくだろう?」
「…………全然」
その回答に私は思わず顔を覆った。
それはないだろう……。
私よりもファイドロといる時間が長いじゃないか。
そんなアルシウスの鈍さに驚きながら森の中を歩けば、広めの花畑に出た。
開けたそこは見上げれば木々に囲まれるように月が浮かんでいた。
そこまでの森の匂いとは違って、少し甘い花の香りが漂っている。
「なあ、リーゼ。気があるってどういうことだ?」
「——? どうって……好きってことなんじゃないかい?」
なんとなくいつもと違う雰囲気に違和感を覚えながら振り返って答えると同時に、目の前に星空が広がった。
少し遅れて花びらがふわりと舞い上がる。
かすかに香っていた花の匂いが強くなった。
「じゃあ、この感情は何なんだ? 崖から落ちたときからずっと苦しいんだ! 教えてくれよ……」
気づけば、アルシウスが覆いかぶさるように私を見下ろしていた。
その目からはぼろぼろと涙がこぼれている。
「アル……。——それは私には答えることができない。それは自分で答えを見つけなければならないものだ」
突然のことに混乱しながら精一杯答える。
そんなことを聞かれたって私には到底推し量ることはできないのだから。
「どうすれば見つけられるんだよ⁉」
涙をこぼしながら、苦しげな顔が近づく。
普段よりも速い吐息がかすめる。
流石にこれ以上近づかれるのは良くないと、私はその肩に手を添えて押し戻した。
「……アル、君は何もかも教えてもらわなければいけないのかい?」
「それは……」
表情が更に苦しげに歪められた。
まるで迷子の子供のようだ。
今にも泣き縋りそうなアルシウスを見据えながら、冷静さを取り戻そうと深呼吸をする。
どうしてこんなことになったのかはわからない。
だが混乱したままでは、この状況を動かすことはできないだろう。
「──とりあえず退いてくれるかい?」
大人しく離れてくれたので上体を起こし、向かいに座った彼と向き合う。
崖から落ちた時からということは、随分と長い間苦しんだのだろう。
もしも、今彼を苦しめている気持ちの正体が私の知る〝恋〟だというのなら、私はアルシウスに残酷なことを伝えなければならない。
パーティには関わりのないことだと、すぐに伝えなかった私に非がある。
アルシウスを傷つけることになるだろう。
それでも今言わなければいけない──そんな気がした。
「アル、ちゃんと伝えてなかったけど、私──付き合ってる人がいるんだよ」
少し前まで熱い体温に触れていた指先が冷え切っている。
震えるそれを握りしめて隠した。
「──この前の市場のやつか?」
俯きがちに呟いたアルシウスから涙は消えている。
きっと少しは落ち着いたのだろう。
そんな彼に頷く。
「市場のやつって──ユーリスだよ。この前ちゃんと紹介したじゃないか」
「俺じゃダメなのか……?」
苦しそうに訊ねる彼に首を振る。
変に期待させてはいけない。
「アルが誰を想うのかはアルの自由だよ。──でも私はそれに応えることができない」
より一層苦しげに顔を歪め、再び泣き出しそうに潤ませる。
それを隠したかったのか、再び俯いた。
「…………わかった」
私にはそれに「ごめん……」と返すのが精一杯だった。
その後一人になりたいと言ったアルシウスを置いて、私は一人森から出た。
後ろからは鋭い音が迫ってくる。
どうやら風が強くなってきたようだ。
唸るような悲鳴にも似た音に耳を塞ぐ。
それから逃げるように私は家へと向かった。




