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017 無謀か、最善か

 小高い丘の上に広がる森は、ある程度木が間引かれているのか中から空が見えるほど明るい。

 森の中で戦うことになると障害物を心配しなければならないが、これぐらい開けていれば問題ないだろう。


「……いた」


 先頭を進んでいたアルシウスが片手を上げて止めた。

 その視線の先には赤黒い体毛の狼型の魔物がいる。

 見たことがない種類だ。


「——シルバーウルフではなかったのは良いが、どうする。魔物の強さがわからない以上下手に動けんが」


 見つけた場所から少し離れた場所まで戻ってヒソヒソと話す。


「弱点は変わらないんじゃないか? 作戦は変える必要はないと思う」

「いや、こちらの攻撃がどれぐらい通るのかという問題があるね。とどめのエステラの攻撃が通らない可能性もある」


 一口に狼型といっても、弱点となる属性はそれぞれだ。

 エステラの魔法を主軸に考えている以上、弱点属性の問題はどうしてもついて回る。

 とどめのつもりで全力の攻撃魔法を使って、弱点ではなかったとなるとこちらが不利になってしまう。

 エステラが魔力切れで動けなくなるのが最大の問題だろう。


「その時は俺が——」

「だめだ。あれの動きが早い場合、こちらの行動が遅れて間に合わない可能性がある。そんな状況でお前が飛び出ると食い殺されるぞ」


 ファイドロの一言に全員が押し黙った。


 強力な魔法はその分周りを巻き込む。

 それは近くにいた人だけでなく、その周りにある地形も対象だ。

 強い風魔法を使えば砂埃も一緒に巻き上げられたり、火魔法であれば炎や煙が立ち込めたりとその次の行動の邪魔になる場合があるのだ。

 その問題は加減すれば解決できるが、相手が強ければその加減をする余裕がない、もしくはそれぐらいでないと倒せないという可能性もある。

 特に今回は新種だ。

 前情報がないともなると加減なんて話はしていられない。


 そうともなると、仮にとどめの一撃で仕留められなかった場合、私たちはその魔法によって発生した障害がなくなるのを待ってからでないと行動できない。

 しかし相手はそんなことは関係ない。

 効いていないのだから、避ける必要もない。

 結果生まれるのは魔物による一方的な攻撃だ。


「……仕方ない。一旦私が一通り試すよ。そのうえで魔法が効かないのであれば、エステラは補助に回って、アルがなんとかするってことでどうだい?」


 このメンバーで全属性を扱えるのは本職であるエステラと私だけだ。

 私が動く利点は弱いながらも魔法の発動速度が早いこと。

 詠唱が必要なエステラではどうしても隙が大きい。

 しかし私は触媒のお陰で短時間で様々な属性を試すことができる。


「それならやっぱり俺が——」

「それしかないだろう。その間、我々は万が一に備えて援護の準備をしておく」


 静かに頷きあう。

 先に触媒には魔力を流しておけばすぐに使える。


 ゆっくりと近づき背後を取る。

 鼻が利く魔物にはあまり意味はないが、振り向く一瞬がすべてを決める時もある。

 できる限りのことはしておきたい。


 魔物から最も近い樹の後ろに隠れ、息を整える。

 普段よりも早くなっている鼓動が聞こえてくる。

 こうしたいつもとの違いは大きなミスにつながりかねない。落ち着かなければ。


 何度か深呼吸をして槍を持つ手に力を入れる。

 よし、と気合を入れて一気に踏み込んだ。


 飛びかかる勢いで魔物に接近し、槍を突き出す。

 まず試すのは物理攻撃だ。

 槍が刺さればアルシウスの攻撃が通るということ。

 通らなければ撤退も視野に入ってくる。


 ぐさりと柔らかな感触が槍から伝わる。

 どうやら物理は問題なさそうだ。


 槍を差し込んだまま、魔法を放つ。

 まずは火属性だ。

 至近距離で放った魔法は魔物の毛皮を焼くが、大したダメージはなさそうだ。

 続いて水属性、風属性、土属性と畳み掛ける。

 反応からして風属性が通りやすそうだ。


 槍を引き抜き後ろに飛び退くと同時にアルシウスが魔物に斬りかかる。

 アルシウスの剣が魔物の表皮を切り裂く。

 それでもまだ浅い。

 アルシウスに向かって尻尾を叩きつけるように回転した魔物はそのまま彼に向かって飛びかかる。

 攻撃を避け後ろに下がったアルシウスの前にファイドロが入り込んで盾で防いだ。


「悪い!」

「魔物から目を離すな!」


 そんなやり取りをしている二人の脇を通り抜け、再び魔物に向かって槍を突き刺す。

 私の場合は多分魔法より物理の方が良い。


「——くっ!」


 槍は再び刺さった。

 刺さったのは良いが、今度は魔物がそのまま大きく体を動かし、私はそれに振り回されるようにして吹き飛んだ。

 空中で体勢を直せたのでけがをすることはなかったが、なかなかに厄介な状況だ。


「——シルバーウルフより厄介じゃないかい?」

「ああ」


 応えたのはファイドロだ。

 盾で直接防いだ分、魔物の攻撃の威力を肌で感じているのだろう。


 魔物は私たちを睨めつけるように鋭い眼光を向けた。

 どうやら本気にさせてしまったようだ。


「なんとかある程度削らないとエステラも動けない。どうするリーダー?」


 いくら魔法で大ダメージを与えられるとはいえ、そのダメージで仕留められるほど先に魔物にダメージを与えておかなければならない。

 それが私たちでできるかどうかといえば、かなり際どいだろう。

 それに本気になった目の前の魔物がどんな動きをするかわかったものではない。


「どうするって、倒す以外無いだろ!」


 そう言ってアルシウスは魔物に斬りかかるが、攻撃が当たる直前に魔物の姿が消え、直後にアルシウスは吹き飛ばされていた。


「——っがは!」


 そのまま背中から樹にぶつかったアルシウスは樹に凭れる形で座った。

 衝撃で気絶したようだ。

 やがてその上体も地面に伏せた。


「ファイドロ!」


 その一言だけで伝わったらしく、ファイドロは吹き飛ばされたアルシウスの元へ後退した。

 そして私が前に出て魔物と対峙する。

 ——さてどうしたものか。


 目で追うことができないほど速い魔物など今まで相手にしたことがない。

 そもそもそんな魔物は聞いたことがない。


 目で追えないのであれば気配察知を使えば良いのだが、察知できたところで反応できなければ意味がない。

 そして目の前の魔物の速さは反応できない域にあると見て良い。

 決してアルシウスが油断したわけではない——はずだ。


 ジリジリと距離を詰めながら、魔物を観察する。

 魔物もこちらを観察するように動かない。

 隙ができるのを待っているのだろうか。


「リーゼさん! 私に任せてもらえませんか⁉」


 珍しく声を張り上げたエステラは新しい杖を掲げていた。

 使えるようになったかもわからないものでどうするつもりなのだろうか。

 しかし、エステラは真面目な分、言い始めたら聞かないところがある。

 だからこそ彼女を信じて任せよう。

 何より今の私ではこの状況を打破できない。


 エステラに小さく頷いて後退する。

 そして間髪入れずに魔物の周辺が風の壁に覆われた。

 エステラの魔法だ。

 しかし、いつもより規模が大きく激しい気がするのは気のせいだろうか。


 それから数秒後、風の壁を魔物は突破して出てきた。

 その身は風の刃で傷だらけだ。

 アルシウスの攻撃で受けた傷以上に深く多く傷ついている。

 一歩ずつ前に出るその動きも力なく今にも倒れそうだ。

 しかしそれでも踏みとどまろうとしている様子から敬意すら覚える。

 だが、こちらも仕事だ。


 私は槍を落として両手を上げた。

 そして魔物は待っていたとばかりに私に飛びかかった——が、私に辿り着く前にその首はあっけなく落とされた。

 気絶から回復したアルシウスによって。


「——何を考えてるんだよ⁉」


 アルシウスは私の胸ぐらを掴んで叫んだ。


「アルが復帰したことには気付いてた。満身創痍で頭に血がのぼってる今なら間違いなく私に飛びかかるだろうことも分かってた」

「なら‼」

「わかりやすい動きをさせるにはこの上ない状態だろう。結果、アルは魔物に気取られることなく攻撃できた。違うかい?」

「——っ……」


 私が突きつけた事実にアルシウスは言葉を詰まらせ、顔を逸しながら私を離した。


「……アル、私たちは確実に勝つためにあらゆる可能性を天秤にかけなければいけない。今回はあれが最善だと判断したんだ。アルが斬ってくれるだろうと信じてたよ」

「それでも……——頼むから危ないことはしないでくれ……」


 そう言うアルシウスは嗚咽を漏らしなら涙をこぼしていた。

 私にしがみつくようにしながらその顔を隠したが、様子から丸わかりだ。

 そんな彼の肩をポンポンと叩いて宥め、ファイドロたちとの合流を促した。




■■■




 依頼の達成をギルドに報告して宿に戻ってきた俺たちは、さっさと部屋で休むことにした。

 軽い仕事だったはずがとんだ大仕事だったのだ。

 想定外の疲労は速やかにとるに限る。


「——アルシウス」


 一日の汚れを落として休もうとしたところで不意にファイドロが声をかけた。

 この言い方は間違いなく一族絡みだ。


「なんだよ」

「前も言ったが立場は弁えろ。もう瑠璃の一族はお前だけなんだぞ」

「わかってるって。良いよな碧玉はさ。制限が少ない」


 俺たちの一族はその見た目から石の名前を使うことがある。

 俺なら紺色の髪と目から瑠璃の一族、ファイドロなら茶髪に茶目で碧玉の一族。

 大昔からある一族はそんな呼び方があるのだ。

 そんな一族も今となってはどれほど残っているのかはわからない。

 あるのは無駄に多い掟と、どこかの誰かと交わした約束だけだ。


「本気でそう思っているのか——?」

「何か間違ってるか?」


 お互いに睨むような視線をぶつけ合う。

 こんなことは今までに何回も何十回も繰り返してきた。

 もう慣れたものだ。


 ふと隣から楽しそうな声が聞こえてきた。

 リーゼたちは隣の部屋で楽しく喋っているようだ。


「……………………。もう良い。距離をとれ。俺から言えるのはそれだけだ」


 大きなため息とともにファイドロはベッドに横になった。

 機嫌が悪い時はこちらに背を向けるところは昔から変わらない。


 俺も同じように背を向けてベッドに入った。


「……いつからだ?」


 明かりも消して寝息も聞こえてくるはずの頃になって、ファイドロはポツリとそんな言葉を零した。


「何の話だよ」


 本当はファイドロが何を訊ねているのかは分かっている。

 でも答えたくなくてそう言い返していた。

 ここで答えてしまえば、きっとこの内側にある醜いものが何なのか分かってしまいそうだったから。


 内側で燻る熱を逃すように大きく息を吐き出す。


 ──しばらく寝付けそうにない。

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