016 初めての遠出
「里帰り?」
談話室でゆっくりしていたところ、エステラがおずおずと里帰りがしたいと言った。
そんなことは今まで一度もなかったので、思わず聞き返してしまった。
「はい。先日妹から連絡がありまして、母の調子が良くないと──」
その理由なら別にそこまで言い出しづらそうにする必要もないだろうに、と彼女の素ぶりの理由を考える。
真面目すぎる彼女のことだからきっと──。
「アル、確か全員しばらく予定なかっただろう? 今からギルドに行かないかい?」
声をかければ、アルシウスはびくりと肩を揺らして驚いた声を上げた。
「なんで⁉︎」
「うちの魔術師様が長期でいないなんて困るだろう? なら一緒に行きつつ、依頼も受けておこうってことなんだけど」
アルシウスは部屋をぐるりと見渡してエステラを見た。
ファイドロとも目線で何かを語り合って立ち上がる。
「よし、久しぶりの遠出だ」
こうして四人での初めての遠出が決まった。
■■■
ギルドで依頼を受けた後、私たちは馬車に乗って東に向かった。
目的地はエステラの故郷がある伯爵領。
一度伯爵領で依頼をこなして、その後エステラの故郷に行く予定だ。
馬車に乗っている間は特にやることはないが、魔物に遭遇しないとも限らないので、警戒は怠らない。
男たちは楽しそうに何かを話しているが、私とエステラは真面目な表情で意見を交わしている。
「やっぱり本職の方に聞くしかないですよね……」
「今のところ手掛かりもないからねえ……」
話しているのは当然使い物にならない杖について。
購入してから今まで何度も試行錯誤しているものの一向に使えていない。
「でもあと少しで何か掴めそうなんです!」
「そうは言ってももう一月以上そうしてるじゃないか。そろそろ潮時じゃないのかい?」
「それは……」
杖だって持ち物だ。
戦闘時に使う古い杖と使いこなせない新しい杖の両方を持ち歩くのも負担だろう。
それに戦闘時に誤って新しい方を使ってしまっては目も当てられない事態になりかねない。
エステラは目を伏せながら、新しい杖を撫でる。
まるで慈しむような触れ方に彼女がその杖にどれだけ愛着を持っているのかが感じられた。
「……?」
優しく杖を撫でていたエステラが首を傾げた後、口を開いた。
「……魔力が通ったかもしれません……」
「どういうことだい? 今まで流れていかないって言っていたじゃないか」
訊ねれば、言った本人もよくわからないといった様子で杖をまじまじと見ていた。
「——わかりません。でもいま間違いなく魔力が流れていったんです」
エステラの努力に杖が応えたのだろうか。
確かに、それまでただの棒切れでしかなかった杖からは魔力が感じられる。
もともとエステラが使っていたものよりも明らかに強いものだ。
「次に降りた街で、少し試してみようか」
「はい!」
杖に魔力が通ったのがよほど嬉しかったのだろう。
今までにないほどの満面の笑みでエステラは頷いた。
■■■
馬車の終着点である街に降り立てば、王都とは異なる香りと風が迎えてくれた。
「やっぱり遠いなあ……」
アルシウスは馬車から降りてそんなことを言いながら大きく伸びをした。
「ラィス、自分の荷物ぐらい自分で持て」
馬車に置き去りにしてしまったらしいバッグを持ってファイドロが降りてきた。
そのバッグをアルシウスに押し付けるように渡せば、アルシウスは不服そうに口をとがらせた。
「分かってるよ……」
馬車に忘れ物がないか確認した上で、全員が集まったところでアルシウスが口を開いた。
「じゃあ、今日はここで軽く仕事をして一泊でいいよな?」
王都で受けた依頼は、この街近辺で出没するようになった魔物の討伐。
このあたりでは対応できるランクの冒険者がいないらしく王都まで回ってきていたそうだ。
当然報酬は高く、今回の馬車代を賄える。
だから多額の費用を投じて馬車に乗ってきたのだ。
「宿は先に確保しておけばいいかい? 荷物ぐらいは置いて行った方が良いだろう?」
「ああ。二部屋で頼む」
「じゃあ、私たちは先に情報収集をしていますね」
「任せたよ」
私は宿探し、アルシウスたちは討伐対象の情報収集にと別れた。
この街に宿は三軒あった。
それぞれに立ち寄って空き部屋を確認したが、二部屋空いているのは一番高い宿のみだった。
高いとは言っても、王都に比べれば大したことはない。
一泊するだけなら大きな痛手にはならないだろう。
それにこの後はずっと徒歩になるのだからある程度ちゃんと休めた方がいい。
先に借りた部屋に自分の荷物を置くが、貴重品などの金目のものは持ち歩く。
街中にいくら騎士が配置されているとはいえ、犯罪がないわけではない。
宿の中も同じで、宿の人が出入りを見ていていても荷物を取られることはまったくない話ではない。
なので仕事に支障のない範囲で、置いていくのは無くなっても困らないものだけだ。
宿を出てアルシウスたちと合流すれば、目的の情報は手に入っていたようでそのまま一度宿に寄って討伐に向かうことになった。
「——というのが、分かっていること全部ですね」
移動しながら、エステラが得た情報を説明してくれた。
どうやら、このあたりでは今までに出たことがない魔物らしく、具体的な名前までは分からなかったらしい。
ただ、見た目の特徴から狼型であることは推測できている。
狼型で最強格とされているシルバーウルフではないことを祈るばかりだ。
「ウルフってことは苦戦しそうだね。速さについていければ良いんだけれど」
狼型の魔物は総じて動きが速い。
そのためこちらの攻撃を当て辛く、長期戦になりやすい。
さらには勘も良いので罠などもあまり役に立たない。
「見つけ次第鼻を潰すしかないだろう。それでのたうち回っているうちに倒せるはずだ」
いかに魔物といえど、その特性はその姿形に近い動物に似ている。
犬や狼に似ている狼型は鼻が良い代わりに強烈な臭いに弱い。
この手法は冒険者の間では比較的有名だ。
「とは言っても、肝心のものがない」
それを口にしたアルシウスにファイドロが振り返って何やら目で語り合っていた。
——何をしているのだろうか。
「何かを燃やしたところで大した効果はないだろうし……」
「なんか強烈な臭いを出す魔法とかないのかよ?」
「あるわけないだろう!」
そんな会話をしているうちに、目撃情報があった森にたどり着いた。




