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015 人はそれを逢瀬《デート》と呼ぶ

 最初に向かったのは魔導具店。

 戦闘から生活まであらゆる場面で使えるものを扱っているこの店は、常に需要が高く混雑している。

 そのため今まで一度も立ち寄ったことがなかったのだが、市場が混雑している代わりに、今はこちらが空いていた。


「へえ……変わった形だねえ……」


 展示台を覗き込んで呟けば、ユーリスも一緒になって同じものを覗き込む。


「あ、これ、同僚で持っている人がいましたよ。使いやすくて便利だって言ってましたね」

「何に使うんだい?」

「たしか──」


 そんなことを話しているうちにあっという間に店内を回り終えていた。

 そんなに広い店ではないのもあるが、滅多に来ることができない上に、物珍しいものばかりだったのもあるかもしれない。


 そんな調子で他にもいくつか店を回った。


「あ、雨──」


 全然そんな気配はなかったのに、突然ぽつりぽつりと降り始めた雨はどんどん激しくなっていく。

 私たちは慌てて近くの軒先で雨宿りした。


「結構激しくなりましたね……」


 この国はまとまった雨があまり降らない地域が多い。

 王都もその一つで、雨が降ったら休み、なんて風習があったりする。

 なので今もちらほらと店仕舞いをしているところがある。


 そんな様子を見ながら、両腕をさする。濡れて少し冷えてきたようだ。


「良ければこれを……。少し濡れちゃってますが……」

「気にしなくていいよ。多分すぐ止むだろうし」


 ユーリスが気を使って上着を差し出してくれたが、私は首を振った。

 雨の中、青色の光がちかちかと瞬いていたのが見えたからだ。

 ここ一ヶ月ほど、精霊をよく見るようになった。

 王都で暮らし始めて結構経つが、ここまで頻繁に見かけたのは初めてだ。


「いいですから……」


 断った私に対してユーリスはそう言って肩に上着をかけた。

 そこからじんわりとした温かさと、自分のものではない匂いが広がった。


「……ありがとう……」


 なんとなくこそばゆい感じがして、少し俯きがちに言ってしまった。


 こんな扱いをされたのは初めてだ。

 両親はもちろんのこと、あの人も店主も私がずぶ濡れになったところで放置だ。

 だからこそ、こんな時どうすれば良いのかわからない。


「なかなか止みそうもないですね……」


 真っ黒な雲に覆われた空を見上げてユーリスが言う。雲の切れ間もないので確かに止みそうにない。


「近くに寄宿舎があるので傘をとってきますよ。その後家までお送りします」

「本当にいいって。寄宿舎に着くまでにユーリスが濡れるじゃないか」

「しかし……」


 自分が濡れてでもと譲ろうとしないユーリスに首を振る。

 すると彼はバツが悪そうに俯いた。


 雨はいまだに止みそうにない。

 雨足も変わらない。

 これ以上話すこともなく、二人の間に雨音だけが響く。


 どれほど雨の王都を眺めていたのか、ユーリスがこちらを見たので、私も彼を見た。

 迷っているような、困っているような、そんな印象を与えるように指先を動かしていた彼がついに口を開いた。


「──ここで言うにはあまりにも雰囲気がないので申し訳なのですが……その……お、俺……俺と──」

「?」

「──俺と、正式に交際していただけないでしょうかっ……!」


 一息で勢いをつけて言ったユーリスの顔は真っ赤に染まっていた。

 言った本人が動揺からか目が泳いでいる。

 そんな様子がおかしくて、私は声を漏らしながら肩を震わせていた。


「ふ……ふふっ……」


 私の反応に驚いたユーリスはあたふたと手を伸ばそうとしてはやめを繰り返す。


「──確かに雰囲気は違うね」

「すみません、本当はもっと違う場所で──」

「いいよ。ユーリスが気遣ってくれてることも、尊重してくれてることも伝わってるから。──こんな私で良ければ喜んで」


 ユーリスは私を見て数回瞬きすると一気に私を抱きしめた。

 彼の顔が肩に近づき、触れた場所から彼の体温が伝わってくる。

 上着の時に感じたのと同じ温かさだ。

 それがなぜか安らぎのように感じる。


「よ……よかったあ……」


 そんな安堵の声と共に回された腕に力が込められた。


「ゆ、ユーリス?」

「……ずっと、振られたらどうしようかと……。しかもこんな状況だから、そのせいだったらって──」

「あははっ……私、そんなこと気にする性格に見える?」

「そ、それは……」


 答えに困って紅潮するユーリスの後ろで明るくなっていく空が見えた。

 気づけばあれだけ激しく降っていた雨も上がっている。


「これからよろしく、ユーリス」

「こちらこそ」


 至近距離ではにかむ様な笑みを浮かべあって、すぐに抱きしめたままだったことに気づいたユーリスはぱっと体を離した。「す、すみません──」と言うその顔は先ほどとは違う赤みを帯びていた。


 その後私たちは借りた上着を返す約束をして、温かな気持ちに包まれながら帰路についた。




■■■




 夕食後そそくさと自室に戻ったリーゼの部屋の前で俺は何度目かのノックを試みようとしていた。

 しかし今のところ一度もそれができていない。


 リーゼは妙に上機嫌な様子で帰ってきた。

 きっとあのユーリスとかいう男のせいなのだろうと思うが、それがなんとも気になる。

 それ以上に、丘陵地帯で崖から落ちた時から自分の内側で燻る何かがなんなのか確かめたくてこうやって部屋前まで来ているのだ。


「──ってか、こんだけうろうろしてんだから気づくだろ。普通……」


 扉の前で毒づくが、扉は一向に開く気配がない。

 リーゼのことだから、部屋の前にずっと人の気配があったら顔を出すと思ったのだが、そうはならない。

 意を決してもう一度ノックをしようと拳を握った。


「そんなところで何をしている」


 間が悪いことに、このタイミングでファイドロがやって来た。

 普段のような無愛想な表情ではなく、怒っている時の両親のような険しさを浮かべていた。


「別に……」

「ならそんなところに長時間いないだろう」


 そう言ってファイドロはため息をついた。

 しかしその表情は変わらない。


「アルシウス、自分の立場を忘れるな。お前は最後の血筋だ。お前の個人的な感情で相手を選ぶことはできない」

「……何でそんな話になるんだよ」


 レスヴェラル家はその血を守らななくてはならない。

 だから婚姻相手は俺の意思に関係なく決められる。

 さらには俺と同じ世代が他にいないため、その役割は余計に重い。

 それは幼少期から両親に散々聞かされた。


「さっさと寝ろ。間違っても余計なことはするな」


 ファイドロは俺にとって兄のような存在であると同時に、俺の監視役でもある。

 普段のようにふざけている分には何も言わないが、一族に関わることにはこうやって釘を刺しにくる。

 俺はただ、この内側で燻っているものがなんなのか確かめたいだけなのに──。


「──くそっ」

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