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014 約束

 結局借り物の槍を使いこなせずに武器の修理を依頼して一月経ってしまった。

 終わったという連絡はないが、約束通り受け取りに店へ向う。

 そのあとはユーリスとの約束があるのだ。


「来たか……ちゃんと直しておいたぞ」


 私を見るなり店主はそう言って、カウンターに槍を乗せた。

 私はそれを受け取って、歪みやぐらつきがないか確認する。


「柄はなんとか同じ素材を用意できたが、次はもうないぞ。問題なさそうなら、先に言った通り金貨五十枚だ」

「わかってるよ」


 問題ないことを確認して、私は店主に革袋を渡した。

 中身は当然代金だ。


「この前の嬢ちゃんはどうした? もういい加減あのクズは諦めたか?」


 革袋をしまった店主がカウンターから乗り出すようにして訊ねた。

 エステラのことを気にしていたとは意外だ。


「相変わらずなんとかしようと頑張ってるよ。もう少しで何かわかりそうって言ってたけど」

「本当に変わった嬢ちゃんだな。クズを使いこなすなんざ意味がなかろうに」


 吐き捨てるように言いながらも、その表情は心配している時のものだ。

 自分が売ったもので事故が起きることを恐れているのかもしれない。


「——なあ、あれからあの(あん)ちゃんには会えたのか?」


 ため息のような一息を吐いて店主が口を開いた。

 彼が言っているのは、私をこの店まで連れてきた人物だ。

 別れてからもう一五年以上会っていない。

 もうその姿もおぼろげにしか覚えていない。


「会ってないよ。きっと今頃国の何処かをふらっと歩き回ってるんじゃないかい?」

「薄情なやつだなあ。ちったあ気にかけりゃあ良いもんを。……まあ、おめえがそんな調子だから心配ねえと思ってるのかもしれんが」

「なんだい? 昔みたいにお淑やかにしてたほうが良かったかい?」

「そのほうが可愛げがあっただろうなあ!」


 店主は豪快にげらげら笑った。

 この人は昔からこうだ。

 人のことを揶揄ってこうやって大声で笑うのだ。


「はあー……。用が済んだらとっとと帰れ。外に人待たせてんだろ?」


 一頻り笑い終えた店主の一言に「は?」ととっさに言い返してしまった。

 確かにこの後約束はあるが、この店を待ち合わせ場所にした覚えはない。

 とはいえ、この店での用も終わったのでこのまま居続ける理由もない。

 いつものように挨拶して店を出ることにした。




「あっ……」


 店から出れば、そこにいたのはユーリスだった。

 この場所を教えた覚えはないが、なぜ彼がここにいるのだろうか。


「——こんなところでなにやってるんだい?」

「えっと、この店に入るのを見かけて……」

「それでずっとここで待ってたのかい?」

「はい……」


 それなら中に入ればいいのに、と言いかけてやめた。

 中に入ったら、あの店主に新しい揶揄いの種にされかねない。

 またこの前みたいに他の誰かに暴露されて恥ずかしい思いをするのは嫌だ。


「怒ってないから、そんなに肩を落とすんじゃないよ」

「ああ、はい……」


 名乗られた日から、ユーリスとは行きつけの店で時々会うようになった。

 別に示し合わせているわけでもないので会わない日の方が多いが、回を重ねるごとに話す時間は増えていった。

 そして、今日は初めて店の外で会うことになっていたのだ。


「……それでどこに行くんだい?」

「えっと、市場に行きませんか? ちょうど新しい露店が出たみたいですよ」


 市場は王都の中央あたりにある。

 ここからは少し離れているが、遠いというわけでもない。

 他に予定があるわけでもないので問題ないだろう。


「わかったよ。先にこれだけ置きに行ってもいいかい?」


 手に持っているものを見せれば、ユーリスは少し驚いて、すぐに困ったような微笑みを浮かべて頷いた。




■■■




 槍を置きに戻った拠点には誰もいなかった。

 誰かいたらどうしようかと思っていたが杞憂で済んだようだ。

 誰かと鉢合わせでもすれば根掘り葉掘り聞かれるか、揶揄われるかはしただろう。


 拠点での用を手早く済ませて、ユーリスと共に市場へ向かう。

 そしてたどり着いた場所は人でごった返していた。


 市場は普通に店で買うより安いものが多いため、平民が集まりやすい。

 更には物珍しいものを求めて貴族の使いが来ることもあるので、もともと人が多い場所なのだ。

 しかし、それでもここまで混雑していることは少ない。

 混んでいると言ってもせいぜい店前に人垣ができる程度で、今のように通り抜けられないほどになることは少ないのだ。


「すごい混み方だねえ……」


 そんな呟きとともに提案者を見れば「やってしまった……」と表情で語っていた。


「すみません、こんな予定じゃ……」

「いいよ、これぐらい。市場がだめならどこに行こうか? ここが混んでるなら、普段混んでいるところが空いてそうだけど——」

「——リーゼ?」


 気を取り直して次を決めようとしたところで、後ろから声を掛けられた。

 振り返れば、そこにいたのは両手で抱えなければならないほど大きな紙袋を抱えているアルシウスだった。

 思わず顔を手で覆った。


「あー……ラィス、その大荷物はなんだい?」

「なにって、食い物だけど……」

「……その紙袋全部かい?」

「そうだけど……って、これ全部俺が食べるわけじゃないから! 孤児院のチビたちに配るやつ!」


 顔を真っ赤にしてアルシウスは否定した。

 時々孤児院に差し入れをしているのは知っているので、多分嘘ではないだろう。


「わかったわかった。頼むから、それでまた金が無いってのはやめてよ」


 ため息混じりに言えば、アルシウスはそっぽを向いた。

 ……これは使い果たした後のようだ……。


 そしてそこでようやくユーリスの存在に気付いたらしく、アルシウスは彼を見て口を開いた。


「そっちは誰?」

「ああ、彼はユーリス。騎士で街の門番をやってるんだよ。ユーリス、こいつはラィス。これでもうちのパーティのリーダーなんだ」


 そうやって紹介すれば互いに会釈し合ったが、どうにもアルシウスの機嫌が悪そうだ。

 なにか変な紹介をしただろうか。

 別に騎士が嫌いというわけではなかったはずだが……。


「……じゃあ俺、これ配りに行くから」

「ああ。あんまり遅くなるんじゃないよ」

「うっせ!」


 結局立ち去り際も機嫌が悪いままで、アルシウスはいつもよりも大股で去っていった。


「ごめん、悪いやつじゃないんだけどね……」

「気にしてないですよ。それよりもこの後ですね──」


 嵐が去っていった後の静けさの中、どこに行こうか決め、私たちは普段行かない場所を巡ることにした。

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