邂逅
「えいっ!」
王都から少し離れた場所で、私とエステラは練習をしていた。
私が借り物の槍で、エステラは買ったばかりの杖で魔法を使ってみる。
「うーん……後少しでなにか掴めそうな気がするのですが……」
「無理して使うこともないと思うけどねえ……」
杖を買ってから度々ここで試しているのだが、未だ魔法を使えずにいる。
このままでは仕事に支障があるので、仕事の時は以前から使っていたものを使っている。
しかしエステラ自身はどうにも新しい杖を使えるようになりたいらしい。
「リーゼさんはどうですか? 一時的なものですし、慣れる必要はないのかもしれませんが……」
「慣れておかないといざという時に使えないからね。借り物でもある程度は使いこなせないと」
槍を振りながら、触媒に魔力を流す。
しかし、どうにも触媒の反応が悪い。
普段の槍であれば二、三秒で魔法が使える状態になっていたが、借り物の槍では一〇秒はかかっている。
これだけの差は致命的だ。
お陰で槍が直るまでの間は受ける依頼のランクを下げてもらっているのだ。
「核ってそんなに重要なものなんですね……」
確かにただの槍として使う分には申し分のない代物なのだが、この反応速度だけがどうしても障害になっている。
それほど普段の槍に付いていた核は上等なものだったのだろう。
「そうだねえ……。触媒そのものも多少影響しているだろうけど、核が変わるだけでこんなに影響が出るのは想定外」
そもそも冒険者になって以来、一度も武器を変えたことがない。
普通であれば、最初のうちは比較的安く手に入れられる粗末なもので戦い、ある程度稼げるようになって少し良いものを持つようになる。
しかし私の場合は、戦いの師である人物に貰ったものを使い続けていた。
それもこの前の一件で壊れてしまったのだが……。
なので初めて他の武器を使っている状況だ。
これほどまでに違いがあるのは本当に予想すらしていなかった。
こうして二人揃って試行錯誤を繰り返している間に陽が傾き、あたりは黄金色に染まっていた。
「そろそろ帰ろうか。今日の当番はアルシウスだし、様子を見てないと家が燃えかねない」
「ふふっ、そうですね。この前は炭が出てきましたし……」
脳裏には真っ白な皿の上に乗った真っ黒な物体が浮かんだ。
あれは本当に炭だった。
ナイフで切ることができないし、欠片を口に入れれば苦いのなんの。
結局残っていた野菜をそのままかじる羽目になったのは割と最近の話だ。
念のため何か適当なものを買っていったほうが良いか? と話しながら王都に向かった。
王都の門までたどり着いた私は、そこで意外なものを見つけた。
緑色の精霊が踊るように浮いているのだ。
緑色ということは風の精霊だ。
「…………?」
精霊が伝えたいことが分からず近寄る。
精霊は言葉を介して意思疎通を図ることができない。
こちらの言葉は理解できるようなのだが、精霊が言葉を発することはない。
代わりに動きで意思を示すのだが、今目の前で行われている動きは初めて見るものだ。
後少しで手を伸ばせば届く距離になって、精霊はふわりと消えた。
一体何だったのだろう?
「……あの……、私になにか……?」
気づけば目の前に人がいた。
どうやら精霊は彼の前で踊っていたらしい。
全く気付いていなかった。
目の前にいるのは黒髪の青年。
黒い制服と立っている場所から、門番を務めている騎士だろう。
「——ああ、ごめん。ちょっとぼうっとしてて。用があったわけじゃないから気にしないでよ」
「……はあ……?」
騎士は困惑を隠せない表情で首を傾げた。
その反応も無理はない。
私だってそうなる自信がある。
何も見えていなければ、私の行動はかなり不審なのだから。
「リーゼさん、突然どうしたんですか? そろそろ行きましょう?」
「——ああ、そうだね」
私がいなくなったことに気付いたのだろう。
エステラが街の方から駆け寄ってきた。
そして私はエステラに手を引かれるようにして王都の中に入ったのだった。
■■■
今日は拠点の掃除当番だったので一通り終わらせて、行きつけの店で本を片手にお茶を飲んでいる。
本を読むなら自室で読めば良いのだが、清掃後はどうも使いたくないのだ。
それは単純に使うことでせっかく掃除した場所が汚れる——気がするからだ。
後は頑張った自分へのご褒美も兼ねている。
天気も良いので軒先の席に着いたのだが、珍しく他に客がいない。
静かに本が読めそうだ。
今読んでいる本は魔法関連だ。
特に使用される道具についてまとめられているものでもある。
こんな本を読んでいるのは、エステラの杖のこともあるが武器の核について知るためでもある。
あれから結局エステラも私も進捗がない。
魔法が使えるようになるまでの時間は縮まらず、仕事中に魔法を使うことはほとんどなくなってしまった。
流石に一月もこんな状態を続けていても良いことはないので、なんとかしようとこうやって本を手に取ったというわけだ。
一ページ一ページじっくり読み込んでいるが、残念ながら今のところめぼしいことは書かれていなかった。
道具の使い方については触れられているのだが、どういう仕組なのかということには一切触れられていない。
もしかしたらそんなことを気にする人がいないのかもしれない。
実際、私もこれまで気にしたことがなかったのだから。
読み終えた本を閉じて、伸びをする。
それまで変に強ばっていた筋肉が心地よい痛みを伝える。
思った以上に読むのに時間がかかったようだ。
ふと上げた視線の先にいた人物と目があった。
その人物は先日の騎士だ。
今日は制服ではないので非番なのだろう。
彼はこちらに向かって片手を上げた。
他の誰かに向けられたものかと思ったが、あいにくと周りには誰もいない。
その動作にどんな意味があるのか分からず、私は首を傾げた後、再び本を開いた。
騎士も連れ立っていた青年に引かれるように人混みの中に消えていった。
それからというもの、彼の姿を度々見かけるようになった。
毎回、店前の道からだったのだが——
「相席良いですか?」
「どうぞ」
本に集中するあまり、周りの状況を確認せずに答えた。
店が混んでいれば相席にされることもあったのであまり気にしていなかった。
もちろんこんな人が多い場所では気配察知は使っていない。
あまりにも反応が多すぎて意味を成さないのと、反応の多さに具合が悪くなってしまうからなのだが、今回はそれが仇となった。
周りは空席だらけだったのだ。
「随分と難しいものを読んでいるんですね」
「ええ、まあ……」
普通、本を読んでいる相手に声をかけるか? と顔を上げれば、目があった。
ミニテーブルを挟んで向かいに座っているのは、先日の騎士だった。
黒髪に黒目というこれといって特徴がない青年は、よく見ればそれなりに整った顔立ちをしている。
巷の女性が好みそうな甘い感じはなく、かといって騎士らしい鋭さもない。
一言で表すなら柔らかい、そんな印象を受ける顔立ちだ。
見たところ歳は私に近そうだ。
多分アルシウスより上だが、ファイドロよりは若いといったところだろう。
「冒険者でもやはりそういった知識は必要なのですか?」
「……人によるんじゃないかい?」
ぱらっと一枚ページを捲る。
そんな様子を青年は頬杖をついて眺めていた。
どうにも集中できない。
そんな意味を込めて彼に視線を移したが、当の本人は柔らかく微笑むだけだ。
「——なにか?」
「いえ、本を読む姿も様になるな、と」
「……そう言うように誰かに言われでもしたかい?」
いかにも軟派な言葉だが、それを言い慣れているように見えない。
それに異性に慣れているようにも感じない。
ならば誰かにそう指導を受けた可能性が一番高いだろう。
指摘すれば、青年はがっくりと項垂れた。図星らしい。
「……だから、俺はそういうのは向いてないって言ったのに……」
「ははっ、相談する相手を間違えたんだろうねえ」
項垂れていた青年はテーブルに突っ伏した。
そんな彼を無視して私は本を読む。
しかし、注文した飲み物の残りが僅かであることに気付いて、それを飲み干し席を立った。
続きは帰ってからにしよう。
「あの! 俺、ユーリスって言います。良ければまたご一緒しても?」
私が席を立ったことに慌てた青年は、私の背に向かって突然そう宣った。
「……ご自由に」
なぜそんなに必死そうなのか分からないが、別に危害を加える気があるようでもない。
肩越しにそう答えれば、青年はほっと胸をなでおろしていた。
■■■
「ユーリスー、わかったぞー!」
騎士の寄宿舎でぼんやりと天井を眺めていれば、そんな大声が響いた。
声の主は同僚のイーヴォだ。
彼は何かと顔が広いため、調べ物を頼んでいたのだ。
「ありがとう。で、どうだった?」
訊ねれば、彼は珍しく表情を歪めた。
「結構有名人みたいですぐに見つかったけど、俺はちょっと無理だな」
イーヴォから渡された紙を見れば、少ないながらも詳細が書かれていた。
「Bランクパーティの冒険者。当の本人はAランクときた。さすがに俺より強い女はダメだな。──美人だけどさ。それよりも俺ならエステラちゃんを選ぶね」
彼は多情な男だ。
本人も付き合った女性はごまんといると豪語しているほどで、それゆえの人脈の広さでもある。
しかし結局のところ大体友人止まりのようだ。
「ふーん……」
そんな同僚の感想は聞き流して、資料の文字に目を走らせしっかりと覚える。
Aランク冒険者か……。
確かに初めて見た時、冒険者らしい身なりだとは思った。
しかし細かな動作に僅かばかりの気品のようなものも感じた。
後見人のキーメル士爵とはまた違った品性だ。
高ランクゆえの処世術かとも思ったが、貴族に取り入るための付け焼き刃ならあんな印象にはならないだろう。
気づけば、ふとした瞬間にそんな彼女の姿を思い浮かべるようになっていた。
数日後、休日の買い出しにイーヴォを連れて街に出た。
市場に出るための最短距離を通った時にふと視界に鮮やかな赤が映り込んだ。
そちらに向けば、あの日の女性が茶店で本を読んでいた。
ちょうど読み終えたところなのか、本を閉じ伸びをしているのが見え、そして彼女と目が合った。
なんとなく右手を挙げたが、彼女は少し周りを見回した後、首を捻って本を再び開いてしまった。
「おい、ユーリスどうしたんだよ?」
「いや、そこに……」
指で示せば、イーヴォはあからさまに眉を顰める。
「だからやめとけって。強い女は後々面倒になる!」
そう言ってイーヴォは俺の腕を掴んで引っ張り、市場に向かった。
あれからぼうっとすることが増えた。
もちろん仕事はちゃんとしている。
俺が仕事でヘマをすれば、後見人であるキーメル士爵に迷惑がかかってしまう。
それだけは避けなければならない。
「はあ……」
ため息ばかりつく俺にイーヴォはついに耐えかねたらしく、向かいに座って真剣な表情で口を開いた。
「そこまで気になるなら一度声をかけてみろ。無視されるか、突き放されたら脈なしだから諦めろ」
「なんて声をかければいいのさ?」
「そこは自分で考えろよ! 会話できたならとりあえず相手を褒めれば良い。──いいか? 俺は言ったからな? 強い女はやめておけって」
「何度も聞いた」
「わかっていれば良い。……んじゃ、このイーヴォ様が、ウブなユーリス君に手解きしてやろう」
こうしてイーヴォの特訓を経て、俺は彼女に声をかけることになった。
多分人生で一番緊張しているのではないかと思えた。
騎士団の入団試験よりも、後見人の依頼をしに行った時よりも、間違いなく緊張していた。




