意外
王都に戻った私は真っ先に神殿に連れて行かれた。
そしてそこで一週間も過ごすことになったのはかなりの痛手だった。
治療費は金貨一〇枚。Aランク依頼一件分相当があっという間になくなった。
神殿にいる間、エステラは毎日のように様子を見にくるし、ファイドロは状況報告に時々やって来た。
アルシウスは一度も来ていない。
ファイドロが何度か誘ったそうだが、合わせる顔がないと断っていたそうだ。
既に一度しっかり合わせただろうに……。
そうして神殿から解放された私は、エステラとともに武器屋を訪れた。
理由は簡単。
先日の一件で愛用していた槍が使い物にならなくなってしまったのだ。
行きつけの──と言っても数年に一回程しか行かないが、王都の一角にある小さな店の戸を開ける。
「っらっしゃい」
ぶっきらぼうに迎えたのはこの店の店主であり、職人でもある男だ。
二の腕まで袖を捲ってさらされている肌は日焼けして褐色だ。
「……誰かと思えば、珍しいじゃねえか。手入れか?」
私の顔を見るなり店主は目を丸くした。そしてカウンターに肘をつく。
「ちょっと相談があってね。──これ直せそうかい?」
見事に歪んで折れかかっているそれを見せれば、店主は複雑そうに表情を歪めた。
槍を私から奪い取るように持ち、まじまじと観察する。
「こりゃあ……なんでこんなことになんだよ。主素材はいっちゃん硬えやつ使ってんだぞ。核は取り出せるとして、ほぼ作り直しになるぞ」
主素材は柄の素材、核は触媒をはめる土台だ。
今使っている槍の柄は店主の言う通り今一番硬いとされているものを使っている。
ある意味そのおかげであの窮地を生き延びられたのだが、店主はそんなことは知らない。
「なんとか頼むよ」
「……はあ、簡単に言ってくれるな。前も言ったが触媒六つの土台なんてそう簡単に付けられねえんだよ。核に合わせて柄を削り出すのも至難の業だ。もういい加減新しいやつに買い替えたらどうだ?」
「それこそ無理な相談だよ。その核以外はあり得ない」
「ったく……。かなりかかるぞ。いくら出せる?」
「言い値でいいよ」
「──金貨五〇枚だ。それ以上はまけられん。出来上がりは……そうだな、一月後ってところか」
「わかった。その間はそこにあるやつでいいかい?」
店の隅に立てかけられている槍の数々を指差せば、店主は頷いて口を開いた。
「ああ。あれも壊したら承知しねえからな!」
「そんなことはしないよ。──それからこの子にも丁度いいのを見繕ってよ。魔術師なんだけどさ」
店内を物珍しそうに見回していたエステラを前に出して店主に示せば、疑問符を浮かべるようにぽかんとした。
「ああ? 魔術師だあ? うちは魔法関係は扱ってねえぞ」
「杖ならあるだろう?」
「あるっちゃあるが、うちのやつは抵抗が強すぎるって使いもんにならんらしいぞ」
どうやら武器屋でも魔法関連は専門外らしい。
呆れたように私を見ながら、棚を指した。
「欲しいのがあれば勝手に持っていきな。売りもんにもなりゃしねえクズだからな」
「なら私も──」
「おめえはちげえだろ!」
私の冗談に食いつくように遮った店主は、舌打ちして追い出すように手を払って店の奥へと消えていった。
杖の件は本当らしい。
私は店主が示した棚まで行ってエステラを手招きした。
彼女はオドオドとこちらへやって来て棚の中を覗き込む。
「ほ、本当に良いんですか?」
「良いのがあればね」
エステラに杖を選ばせている間に、代替の槍を取る。
やはりこの店の武器は質がいい。
まるで使い慣れた物のように手に馴染むのだ。
これならいつもとの違いで事故が起きることはないだろう。
「どうだい?」
エステラのところへ戻れば、彼女はいまだに唸っていた。
一つ一つ手にとって確かめているが、どうにも合わないようだ。
「そうですね……。確かに先ほど言われた通り魔力に対する抵抗が結構強いです。なんと言いますか、流れて行かないんですよ。跳ね返ってくるというか……」
「素材の問題かい?」
「どうでしょうか……。さすがに杖そのものについては詳しくなくて……」
エステラは申し訳なさそうに目を伏せた。
それがとても儚げなので、少し庇護欲がくすぐられる。
今この場に店主がいれば、甲斐甲斐しく調べてくれるのではないだろうか。
「こればかりは仕方ないね……。しかしなんで杖だけ? 槍ではそんなことないのに……」
今まで使っていた槍も元はこの店で仕上げられたものだ。
しかし今の今までそんな反応はなかった。
魔法を使う時はいつも難なく使えていたのだから。
「えっと……せっかくですから一つだけ買いますね」
「いいって。店主もああ言ってたんだし、無理に使えないものを買う必要はないよ」
「いえ、実はどれも持ちやすいんです。使いこなせればいいかなと思ってまして」
珍しく引く様子がないエステラにため息をついた。
持っていけと言われたのだから買う必要はないのに……。
「……好きにしなよ」
そんな会話をしていれば、いつの間にか店主が戻って来ていた。
それに気づいたエステラは笑顔で支払いに行った。
「俺ぁ、勝手に持ってけって言ったんだがな」
「それはダメです。材料費や加工などの手間暇はかかってますよね? でしたらそれに見合う対価はお支払いしなければ」
「……わかったよ。銀貨五枚だ」
エステラの勢いに負けた店主は大人しく代金を受け取った。
あの頑固職人が珍しい。
「随分と律儀な嬢ちゃんだな。リーゼとは大違いだ。おめえも見習ったらどうだ」
「私だってちゃんと支払ってるじゃないか」
「よく言うぜ。こーんなちっこかった頃なんか、金を払うことすら知らなかったじゃねえか」
店主はカウンターよりも低い位置に手をやり言う。
私が子供の頃の事を言われるのが苦手なのを知ってのことだろう。
「はいはい、その節はどーも」
店主とのやり取りに挟まれているエステラが困っている。
そろそろ引き上げ時だろう。
「じゃあ、用も済んだしそろそろ行くよ」
「おう」
片腕を上げて見送る店主を背に、私たちは店を出た。
この後のことを考えると憂鬱だ。
「リーゼさん、さっきのお話はどういうことですか⁉︎」
やっぱり……。
少しキラキラした目をこちらに向けるエステラは普段以上に生き生きとしている。
まさか子供の頃の話が飛び出すとは思わず、長居したことを後悔した。
こうなっては適当にあしらうのも難しいだろう。
「大昔の話だよ。世話になった時の代金を払い忘れてたんだ」
「何があったんですか?」
「──……風邪で熱出した」
沈黙が流れる。
私を見つめる目がぱちぱちと瞬く。
街を行き交う人々の喧騒が遠ざかっていく気がした。
「……リーゼさんが、風邪、ですか……?」
ああ、もう! こうなるから話したくなかったんだ!
「そうだよ。子供の頃にそれで高熱出して、さっきの店主が神殿に担ぎ込んでくれたんだよ」
この国において、怪我は治癒師がいる治療院、それ以外は神殿と役割が分かれている。
風邪ももちろん神殿だ。
「え、神殿の治療費踏み倒しちゃったんですか⁉︎」
信じられないものを見るような目に絶句する。
エステラがここまで態度に出すのは珍しいのだが、理由が理由なだけに居た堪れない気持ちになる。
神殿の治療費は治療院よりも数倍高い。
それは根本的に神官の総数が少ないからなのだが、高度な技術も必要なことが多いからとも言われている。
それを親でもなんでもない人に払わせて踏み倒したとも聞けば、当然そんな反応になる。
「あの時は本当に銅貨一枚も持ってなかったんだよ……」
「その後はどうしたんですか……?」
「──働けるようになってから返した」
そっぽを向くように答えれば、なんとも憐れむような視線が向けられた。
エステラにそんな風に見られれば流石に堪える。
あまりの悲しさに、道端にうずくまった。
「そんなところで何やってるんだ?」
「……………………」
今一番聞きたくない声が後ろから聞こえた。
当然この後待っているのは、なぜこんな事になったのかという話だ。
エステラの性格なら間違いなく洗いざらい話すだろう。
彼女に口止めしなかったことを激しく後悔した。
「えっと、リーゼさんの昔話を聞いていまして……」
「……なんだ、そういうことか。てっきり具合が悪くなったんじゃないかと」
「——そういうことにしておいて……」
そのあとアルシウスに散々笑いものにされたのは言うまでもない。
私にとっては涙が滲むほどの辱めだ。




