精霊
ほとんど明かりのない洞窟を抜け、無事地上に出た頃には夕陽が辺りを赤く染めていた。
複雑に入り組んだ洞窟を抜けたせいで、現在地がわからない。
ファイドロたちと合流するにしてもどこへ向かえばいいのだろうか。
とりあえず音を頼りに川の近くまで行って──
「なあ、リーゼ。どうしてあの時離れろって言ったんだ?」
地上に出てすぐに座り込んだアルシウスが訊ねた。
おそらく落ちた時のことだろう。
私は話すかどうか迷った。
あの光はきっとアルシウスにもファイドロやエステラにも見えていない。
あれが見えるのはこの国でも稀有なのだと、あの人が言っていた。
おそらく説明したところで理解してもらえないだろう。
「──精霊が見えるのか……?」
いつの間にか前に立ちはだかっていたアルシウスが、私の頬を両手で包み込むようにして自身に向かせて訊ねた。
自然と交わる目線が妙に逸せない。
それほどまでに真剣な表情をしていた。
「……そうだよ。あの時、土の精霊が警告していたんだ」
精霊を知っているのなら黙っている理由はない。
大人しく話せば、アルシウスは脱力したようにその場に座り込んだ。
「やっぱり……」
「やっぱり?」
言いたいことがわからず首を傾げると、アルシウスは大きく息を吐き出した。
「眼だよ。その色を見てもしかしたらって思ってたんだ。でもそんな素振りも見せないし、話もしないしで気のせいってことにしてたんだけど……」
その指摘に思い当たるところはある。
私の眼の色は両親のどちらとも異なる黄金色。
生まれた時は気味悪がられることもあったらしい。
しかし、両親があれなだけに悪意に晒されることはなかった。
「知らなかったよ。そんなこと」
「だろうな。滅多に生まれることがないらしいから、存在自体が知られてないんだ。……それで精霊はどれぐらいいるんだ?」
「滅多に見かけないよ。ふとした瞬間に現れるぐらいで、見ない時は数年単位で見ない。今回の警告と道案内は本当に運が良かったと思うよ」
「そっか……。──精霊様に感謝!」
ふざけた口調でそう言ったアルシウスは祈るように手を合わせた。
だが、今この場に精霊はいない。
それを知ってか知らずかそんな行動をとった彼が面白おかしく感じた。
笑いを堪えようとしたがやっぱり肩が震えてしまう。
「なんで笑うんだよ⁉︎」
「だって……ここにいないのに感謝って……」
もうこれ以上堪えられず、声に出して笑えば、アルシウスはむすっとした様子でどこかへ歩いていってしまった。
そんなアルシウスを追いかけて、ファイドロたちと合流したのはすっかり夜も更けた頃だった。
■■■
「リーゼさん、すぐ痛みだけでもなんとかしますからっ……!」
合流してすぐに私は意識を失った。
それまで気を張っていたから保っていたのだが、ファイドロ、エステラと合流できたことで気が緩み耐えられなくなったようだ。
そもそも崖から落ちた際に二人分の体重を片腕で支えていたのだ。
ただ痛いだけで済むわけがない。
今頃になってそれが戻ってきたらしい。
今までに経験したことのないほどの激痛でぷっつりとその後のことを覚えていない。
そして目覚めたときにはエステラが慣れない治癒魔法で治療していたのだ。
額には脂汗を大量に浮かべ、相当集中しているのが見ただけでわかる。
「エステラ!」
そんなファイドロの呼びかけとともに視界にファイドロの顔が入り込んだ。
普段は殆ど無表情な彼も珍しく不安そうに見えた。
「リーゼさん!」
「……私……」
「良かった! 本当は神殿に連れていくべきだったんですが、ここからだとどうしても遠くて……」
泣きそうな表情でエステラは私の左手を取った。
右手を取らなかったのは、そちらの状況を理解しているからだろう。
「——迷惑かけたね。もう痛みはないから……」
そう伝えればエステラはほっと胸をなでおろした。
私の状態は彼女では手に余るものだっただろう。
その反応もいたしかたない。そもそも彼女は治癒が本職ではないのだから。
「良かったです……。あ、でも、神殿でちゃんと治療を受けるまで右腕を使うのはだめですよ。今のリーゼさんはいつ右腕が使えなくなってもおかしくない状態なんですから!」
「わかったわかった……」
正直神殿での治療は時間と金がかかりすぎるのであまりお世話になりたくないが、今の状態を考えれば他の方法がない。
おそらく並の治癒師では完全に治すのは難しいはずだ。
それほどまでに右腕の状態が悪いことはよくわかっているつもりだ。
「……ところでアルは?」
起き上がって見回したものの、近くにアルシウスの姿はない。
先に休んでいるのだろうか。
「アルシウスさんは少し離れた場所で魔物を倒してるそうですよ。近くで戦ったら危ないからって」
「…………そうかい」
今いる場所は野外だ。
それも魔物がひっきりなしに現れる丘陵地帯のど真ん中。
そんなところで集中力が必要な治癒魔法を使うのは危険極まりない。
今の今までそれを成し得ていたのは、ここに魔物が近づけないようにアルシウスが倒してくれていたからなのだろう。
本当に不器用なやつだと思った。
「リーゼさんはこのままここで休んでいてください。陽が昇ったらセレディアに向かうそうですよ」
「わかったよ」
利き手が使えない状態ではただの足手纏いだ。
無理に協力しようとすれば邪魔になるだけなので、大人しく従うことにした。
きっと明日も同じような扱いになるだろう。
■■■
翌日。手負でまともに武器を振れない私は、予想通り戦力外にされた。
ただ少し離れたところから仲間たちが戦っているのを眺めるだけだ。
こうやって三人が戦っているのを眺めていると、初めて彼らと一緒に行った依頼を思い出す。
あの時は全員動きが荒削りで、基礎も甘かった。
低ランクの魔物相手ですらボロボロになりながら戦っていた姿が懐かしい。
そんな彼らも三年の月日で随分と洗練された動きになったものだ。
魔物に囲まれようとも危なげなく対処できている。
Bランクパーティなのだから当然と言えばそうなのだが、いくら経験を積んだところで成長しない者はここまで変化しない。
「ファイドロさん下がってください!」
エステラの指示にファイドロが飛び退き、そこに魔法が打ち込まれる。
そして追撃するようにアルシウスも斬り込む。なかなかの連携だ。
「数が多いが、なんとかなるな」
ひと段落ついたところでファイドロが汗を拭いながら言った。
倒した数に対して消耗が少ない。
これも彼らの成長の証だろう。
その場で少し休憩をして川沿いを進む。
また落ちるのは嫌なので、ギリギリ崖が視界に収まる程度には離れた位置を通っている。
崖近くを通ることでセレディア方面に進めるということと、魔物を崖から落とすという比較的楽な手段を取れるという利点がある。
恐らくセレディアまでずっとこの調子になるだろう。
「反対側の状態がわからないですが、渡れないので仕方ないですよね……」
丘陵地帯を二分するように流れる川を渡る方法は、手付かずの丘陵地帯に存在しない。
対岸に渡るには上流に戻って街道に出るか、このまま下流に向かって丘陵地帯から出たところの橋を渡るかだ。
これほどまでにはっきりと分断されていると対岸の生態系がこちら側と全く一緒とも考えづらい。
本来であれば対岸に回り込んで調べるべきだろうが、私が手負である以上こちら側を調べて切り上げる他ない。
そんな考え事をしていたら後ろから魔物が現れた。
飛びかかってきた魔物の標的は恐らく私だ。
槍を振ることはできないが、触媒を使った魔法は使える。
魔力を流し込んで放とうとしてやめた。
私が魔法を放つよりも先にアルシウスが前に出たのだ。
「無事か⁉︎」
魔物を両断したアルシウスがそう言いながら振り返った。
妙に焦った雰囲気だ。
「無事だよ。あれぐらい対処できたんだから、無理して前に出なくても……」
「ダメですよ! 倒しきれなかったら間に合わないんですから!」
そう主張するエステラにため息をついた。
そこまで心配されるほど弱っているわけではないのだが……。
「ちょっとエステラ、私をなんだと思ってるんだい?」
「「「重度の怪我人」」」
なぜか三人揃って同じことを言った。
確かに気絶するほどの怪我ではあったが、そこまで庇われるほどでは……。
うん、ここは大人しく従っておこう……。




