事故
私たちは道なき道を進んでいる。
今回受けた依頼は王都から南に向かって行った先にある丘陵地帯の探索だ。
そこがどんな地形でどんな生態となっているのか調べるのが目的だ。
丘陵地帯は王都からかなり離れており、近くに町や村はない。
なので今の今までまともに調査されたことがない。
地図なども当然ないので、探索は完全に手探りだ。
もちろん道もあるはずがない。
「今どの辺なんだ……?」
見渡す限り広がる大自然。
まともに立ち入られることのない大地に目印などないので、今どこにいるのか訊ねられたところで答えようがない。
「セレディア方面に向かってるはずだから、そろそろ大きな川があるはず……」
方角とおおよその移動距離からそう答えれば、大きなため息が聞こえてきた。
その主はラィスだ。
「川かあ……。この調子だと川も魔物だらけなんじゃないか?」
そんな言葉が漏れるのも仕方がない。
というのも、この丘陵地帯に入ってからというものひっきりなしに魔物が現れるのだ。
こんな会話をしている間にも魔物を二体倒している。
たいして強くない魔物なのが幸いだ。
今まで人が来ることがなかったからなのか、魔物が繁殖しやすいのだろう。
王都近辺では見かけない種類や、小さい魔物が多い。
よそでは見ない独特の生態系が出来上がっているように感じる。
報告のために倒した魔物の一部を切り取り、手帳に記録を取る。
採取したものが臭うと不都合が多いので、腐ったりしないように処理は忘れない。
こんな魔物だらけの場所で魔物寄せを持ち歩くなど愚かの極みだ。
「もう結構な量になってしまいましたね……。このままだと、この地帯を縦断するだけで手帳が埋まってしまうかもしれません」
記録をつけ終えたエステラがどうしましょうか? と訊ねる。
確かに今のペースでは手帳も採取物をしまっている革袋もいっぱいになるのも時間の問題だ。
だからといって適当にやるわけにもいかない。
この丘陵地帯に街道ができれば南部地方への移動が格段に良くなるのだから。
「どうする、アル?」
「もう適当でも良いんじゃない? さっきから戦いっぱなしで疲れたし」
アルシウスの言う通り、丘陵地帯に入ってからまともに休めていない。
時々小休憩は取っているものの、まとまった休みは取れていないのでいい加減疲労がたまり始めている。
いくら相手が弱くても疲れるのは避けられない。
「じゃあ、変わったやつは倒して他は無視するってことでいいかい?」
「異議なーし」
方針が決まったことで私たちは行動を再開した。
時々休憩しながら、大雑把な地図を作り、魔物の生息状況をまとめる。
そしてまた進んで魔物を倒して休憩して、の繰り返しだ。
そうやって私たちは丘陵地帯の中央を流れる大きな川までたどり着いた。
この川は北の山岳地帯から王都近くを流れて、丘陵地帯の先にある海まで繋がっている。
かなりの大きさであること、王都に最も近いことから生活用水としても使われている川だ。
この丘陵を削るように流れる川は、私たちの足元の遥か下を流れている。
落ちれば這い上がるのも難しそうな絶壁に囲まれたそこからは、轟音とも言えるほどのすさまじい音が響いている。
「結構深いなあ……」
崖下を覗くようにしてアルシウスが呟く。
その隣に立つファイドロは対岸を見渡している。
そんな二人の足元に小さな光がいくつかふわふわと浮いているのが見えた。
茶色のそれはしきりにアルシウスの足元を叩くような動きを見せている。
あの動きは警告だ。
「アル、そこから離れるんだ!」
そう叫ぶのと同時に、アルシウスの足場が崩れその場から姿を消した。
隣に立っていたファイドロはとっさにその場から飛び退いたが、落ちてしまったアルシウスはどうにもならない。
私は考えるよりも先にそこを飛び降りていた。
「リーゼさんっ⁉」
叫ぶエステラの声が遠のき、川の流れる轟音がどんどん大きくなる。
そして先に落ちたアルシウスの姿が近づいていた。
私は身体強化をした上で彼に向かって腕を伸ばして掴み、槍を崖壁に突き立てた。
勢いがありすぎたのか突き立てた位置からどんどん落ちていく。
「止まれぇ!」
なんとか止めようと槍を更に押し込むがあまり手応えがない。
どうやら想像以上に柔らかい地質のようだ。
更に二人分の体重を支えているせいで、槍がしなっている。
「俺のことは良いから!」
「バカ言うんじゃないよ!」
刻一刻と激しく波打つ水面が近づく。
それに槍を持つ手も腕ももげそうな程に痛む。
しかしそんな痛みも徐々に薄らいできているので、いよいよまずいかもしれない。
アルシウス一人を諦めたところで状況が変わるわけでもない。
ならばできる限り良い結果を目指すべきだろう。
今なお二人を支えきれずに槍は崖壁を削り続けている。
しかし多少は勢いが衰えてきてもいる。
少し落ち着いてどうするべきか考え、視線を下に向けた。
川面はその流れの速さを表すように荒れ狂っている。
あそこに落ちれば間違いなく流される。
ただ流されるだけならセレディアに着くのでまだ良いのだが、荒れ狂った流れでは揉まれてタダでは済まないだろう。
水面がかなり近づいたところで崖に窪みが見えた。
一か八か、抱えるアルシウスをそこに無理やり放り込み、私もそこに向かって跳んだ。
飛び降りた窪みは狭い。
光もほとんど入ってこないので薄暗くもある。
それに槍を支えられないほど柔らかい地質なのは変わらないだろう。
あまり長居するのは危険かもしれない。
感覚が消えかかっている右腕を押さえながら窪みの奥へと進む。
二、三歩進んだところで背中に温かいものが触れ、腹部にそれが回り込んだ。
驚きのあまり短く悲鳴を上げてしまった。
「リーゼ……」
後ろの熱の正体はアルシウスのようだ。
彼の規則正しい吐息が首筋に触れてくすぐったい。
「アル、離してくれるかい? 早いところここから出る方法を見つけないと……」
離せと言ったのに、前に回された腕に力を込められてますます動けなくなった。
何を考えているんだ……。
「アル!」
呼びかけに応じないアルシウスはそのまま額を肩口に埋めた。
そしてそこに今まで感じたこともない感触が触れた。
「────っ⁉︎⁉︎」
驚きのあまり、回されている腕を振り解いて、薄らと痛む右手で引っ叩いていた。
「「いったー……」」
二人揃って同じ言葉を発していた。
感覚が鈍っていた右腕に激しい痛みが戻ってくる。
向き合ったアルシウスは訳がわからないという顔をして、片頬をさすっている。
「……ごめん、俺──」
「──かなりの高さを落ちた後なんだ。冷静じゃなかった。だからさっきのは事故だ」
アルシウスが何か言おうとしたのを遮って結論付ける。
事実、私自身冷静に判断できていない。
普段ならもっと状況の打開は早いはずだ。
緊張からの解放で気が緩みすぎているに違いない。
自身を落ち着かせるため、深呼吸する。
そして岩壁に視線を移したところで、目の前を先ほどの茶色い光がすうっと通過した。
そしてその光は窪みの奥へと消えていった。
光が消えた場所まで行ってみれば、そこから風が吹き込んでいた。
外につながっているのかもしれない。
私はアルシウスを呼び寄せて、さらに奥へと進んだ。




