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竜の眠る場所 外伝  作者: 知花 紗采
1章 アストラ
9/13

真実と嘘

 真夏の太陽が照りつける外はとてつもなく暑い。

 服で覆われていない肌は刻一刻と焼かれているようで痛みすら覚える。


 そんな厳しい日差しの中、広場には大勢の人が集まっていた。

 その中央には領主と大きな装置。


 領主が何かを言った後、立派な甲冑を着た人が小さな女の子を中央に連れてきた。

 私と同い年ぐらいの茶髪のおさげの女の子。

 つい昨日知り合ったばかりの農家の子だ。


 甲冑の人が投げ捨てるように乱雑に女の子を装置に取り付け、領主がそのそばに立つ。

 そして領主は何かを言った後、装置についているロープを切った。


 装置に取り付けられていた刃が女の子めがけて落ちて——


「いやあああぁぁぁ!」







 反射的に起き上がった。

 呼吸は荒く、嫌なぐらい鼓動がよく聞こえる。


 いまだ落ち着かない呼吸を整えながら前髪をグシャリと握る。

 誰もいない日で良かった。こんな姿をさらさずに済んだのだから。


 動揺を落ち着けようと水を汲みに出る。

 普段使っているコップに注いで飲もうとしたのに、あと少しのところでコップを落としてしまった。

 手の震えも止まりそうにない。膝も震えて、その場に崩れる。

 どうにも立ち上がれそうにない。

 零した水で服が濡れてひんやりとした感触が伝わってくる。


 何もかもが上手くいかなくて、泣きたくなった。——あの日のように。




■■■




 嫌な夢を見た日から数日経った。

 ラィスたちが戻ってくるまであと一週間程度だろうか。


 あれから作業は遅々として進まず、不要品の処分も終わっていなければ、必要な荷物の詰め込みも終わっていない。

 そろそろ急がなければと思いながらも、事あるごとに夢が視界にちらついて震えてしまう。

 その度に作業が止まって進まないのだ。

 だがこのままのんびりしていてはきっとあそこに連れ戻されてしまう。

 そちらのほうが私には耐え難い。

 だから急がなければいけないのに——。


 必要なものを選別して鞄に詰め込んでいると、家の扉が開いた気配がした。

 帰ってくるまでにはまだ早いはず。

 賊か何かだろうか、と階段から階下を息を殺し気配を消してそっと窺う。


 いかに王都と言えど、盗賊はいる。

 むしろ、貧富の格差が極端に大きいので外よりも多い。

 しかし広い通りに面したこの家は狙うには不向きだ。目撃者が多すぎるのだから。

 それに、ご丁寧に入口から入るだろうか。


「——! リーゼ、ちょっといいか?」


 家に入ったのは、まだ帰ってくるはずのないラィスたちだった。

 見つかってしまった以上、拒否することはできないだろう。

 手招きする彼に従って、談話室のテーブルに着いた。


「……………………」


 四人全員がテーブルに着いたのだが、誰も話そうとしない。

 ラィスだけが、私をじっくりと観察して何かを言おうとしてはやめてを繰り返している。

 そして大きく息を吐きだしたかと思えば、隣に座るファイドロを見た。


「……話してもいいか?」

「……お前の決定なら異論はない」


 ファイドロの回答に頷いたラィスは真正面に座る私に向き直った。

 そして何か大きな決断をするように口を開いた。


「……俺の本当の名前はアルシウス。アルシウス・レスヴェラル。かつて、この王国を築いて今の王族に王位を譲った一族の末裔だ」

「——?」


 王国の歴史は長いが、そのような姓があった記憶はない。

 なので彼の告白にいまいち理解が追いつかず首を傾げた。


「一族と言っても、厳密には俺はその一族の本家本元。王国を築いたのは分家みたいなものだから姓は違う。ファイドロも同じ一族だが、親戚と言うにはだいぶ離れている」


 そこで言葉を切ってラィスは私を再び見据える。


「俺たちは今の王家から王位を奪還するために王都に来たんだ」


 その告白にエステラが息を呑んだ。彼女は彼らの目的について知らなかったのだろう。


「奪還すると言っても俺たちが王位に就くことが目的じゃない。今の王家が誓約を守って他に相応しい者に王位を譲ってくれればそれでいい」


 アルシウスは言葉を切って瞑目する。

 どう話そうか迷っているかのように手を弄び、それを止めるなり顔を上げた。


「元々今の王家に王位を譲った際、五代で他の家に王位を譲る条件だったんだ。しかし、それは守られず今は十代目だ。誓約を履行させるため、こうやって田舎から出てきたということだ」

「……なら、なんでこんなところで冒険者なんてやっているんだい?」


 王位奪還が目的なら、もっと王家に近づくか、それこそ力ずくで履行させることもできるだろう。

 それをしない理由がわからない。


「俺は痛みを伴う改革を目指しているわけじゃない。できるだけ平和に穏便に済ませたいんだ。それに元々王家の一族だからって、地位があるわけじゃない。貴族みたいに王家に直接取り入るのは無理だし、騎士になるための後ろ盾もない」

「随分と中途半端な家柄だねえ……」

「……目立つことを良しとしない家柄なんだ」


 そう話したラィス改めアルシウスは肩をすくめた。


 反応から見てエステラはこのことを知らなかったのだろう。

 彼が話したことは本人と同郷のファイドロのみが知っていたということになる。


 ──ではなぜ、今このタイミングでそんな秘密を打ち明けたのか。それは考えるまでもないことだ。


「……俺たちが隠してきたことはこれが全部だ。だから教えて欲しい。──君が何者なのか」

「……………………」


 相手の秘密を訊ねるならば、まずは自分の秘密を明かすべき。

 そんなところだろう。

 今の私にとってはかなり嫌な手だ。


 指先が震える。

 それを気づかれないようにそっとテーブルの下に隠す。

 表情からも悟られないよう取り繕ったが上手くできているだろうか。


「……私は……、ただのしがない冒険者だよ」


 冒険者──身分問わず就くことができる数少ない職業。

 身元の確認もないので、親に捨てられた子供でも、貧民街育ちの青年でもなることができる。

 代わりに周りからの扱いは最底辺で、粗野なものたちという視線を受けやすい。


 そんな惨めにも近い立場以外なんでもないなどと答えられれば、それ以上訊ねられることはないだろう。

 いわば遠回しな拒絶だ。


 私の回答を聞いたアルシウスはゆっくりと瞑目した。


「……そうか。わかった」


 そう言ってアルシウスはパアッと明るい表情で続けた。


「ほらな! 断って正解だっただろ?」


 それまでの妙な張り詰めた空気が一気に緩み、突然の変化に困惑した。

 こいつはなんの話をしているのか、と胡乱な視線を向ける。


「う、うむ……」


 それは私だけではなく、ファイドロやエステラも同様だったようで、二人とも困惑の色を浮かべている。


「だいたいあの領主、いちいち鼻にかけててムカつくんだよ。会った瞬間に帰りたくなったって!」

「最後には報酬が足りないのかってお話になってましたね……」

「そこじゃねえんだよ。提示された情報じゃ無理だって言ってるのに、『それをどうにかするのもお前たちの仕事だろう!』って、ふざけんなって!」


 三人とも辺境伯に対して良い印象を持っていないようで口々に悪口を言い始めた。

 時折挟まれるアルシウスの声真似が妙に似ていて可笑しくなった。

 堪えきれずに肩を揺らし始めると、それを目ざとく見つけたアルシウスが口を開く。


「あっ! 笑ったな⁉︎」

「──ごめん、声真似が面白くってつい……」


 気づけば、勝手にここから去ろうと考えていたことすら忘れていた。

 ただ、馬鹿みたいに騒いで笑い合うだけだ。

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