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竜の眠る場所 外伝  作者: 知花 紗采
1章 アストラ
8/12

暗雲

 早朝からカンッカンッと軽い音が響く。


「踏み込みが甘い!」


 カンッと再び乾いた音が鳴り響く。

 木剣を打ち付ければ簡単にラィスはよろけた。

 その隙に急所めがけて木剣を突きつける。


「はぁ……はぁ……」


 剣先が触れる既のところで止めれば、ラィスは荒い息のままその場に座り込んだ。

 かれこれ二時間は剣を振っている。

 息が上がるのも仕方ない。私だって汗まみれだ。


 太陽が昇り始め、あたりもだいぶ明るくなってきた。

 そろそろファイドロやエステラも起きる頃合いだ。


「今日はここまでだね」

「ああ……」


 座り込んだままのラィスに手を差し出し、起き上がらせる。


 基本、攻撃を受け流すだけの私よりもラィスのほうが運動量が多いので、私にはそれをするぐらいの余裕はある。

 握った少し大きくて硬い手は小さな肉刺(まめ)だらけだった。


「今日は仕事をするって話だったね? さっさと水場に行きなよ」


 これまでの努力の痕跡に気づかないふりをして背を押す。

 ラィスは意味がわからないという顔をしていたが、パーティで依頼を受けることになっているのは真実だ。

 汗臭いままギルドに行くわけにもいかないだろう。


 ラィスが井戸まで行くのを見送って、私も風呂場に向かった。




 風呂場で水を浴びて着替えれば、談話室でエステラが待っていた。


「朝からお疲れ様です」

「……おはよう」


 少し疲労感の残る身体でテーブルに着く。

 そんな私にエステラは微笑みを浮かべた。


「あの、この前ご相談されたことですが、やっぱり配分を見直しましょうか?」

「いや、それでは結局使い込む量が増えるだけだから——」


 ラィスに剣の稽古を頼まれた日にエステラには相談をしていた。

 やはりお金のことに関しては彼女が一番信頼できる。

 しかし返ってきた答えはどれも解決するには決定打に欠けた。


 エステラと議論をしているうちに目の前にできたての朝食が置かれた。

 本日の朝食当番はファイドロだ。


「ありがとう」

「ありがとうございます。ファイドロさん」

「うむ……。口に合えばいいが……」


 ファイドロが当番のときは必ずと言っていい程、本人が出来を心配する。

 しかし毎回心配する必要はないぐらいには美味しい。

 それに手早く作られた割にはバランスも良い。

 良い主夫になれそうだ。


「心配するまでもなく美味しいよ」

「とても美味しいですよ」

「そ、そうか……」


 その視線は私には向けられることはなく、常にエステラに向いている。

 エステラの満面の笑みに少し驚きながらも顔を赤らめたように見えた。


 なるほどねえ……。


 ファイドロが何を気にしているのかわかって思わずニヤける。

 それに気づいたファイドロが不審なものを見るような目になったが、気にしないし何も言わない。

 これ以上は無粋というものだろう。


 それにしてもエステラはその手のことについてはなかなかに強敵だろう。

 頑張れよ、と心のなかでエールを送って席を立った。

 その瞬間べチャリ、と冷たい感触が正面を襲った。


 外に出ているときなら絶対にやらない失態だ。

 住居の中だから、ということで気配察知を切っていたのもあるが、完全に油断していた。


「あ、ごめん」


 本人も不本意そうに謝罪する。

 その足元は水浸しだ。


「……ラィスー! 乾かすなり拭くなりしてから中に入れ‼」


 一応私の非も認めよう。

 気づいていれば起こらなかったことだ。

 しかし、ラィスが汗を流したあとの始末をしていれば、こんなにも濡れることはなかったはずなのだ。

 ……いや、井戸を使わせた私の責任でもあるか——。


 ずぶ濡れの我らがリーダーは兄貴分に任せて、二度目の着替えをするために自室に戻ることになった。




■■■




 ずぶ濡れ騒動のあと、水浸しになった談話室を片付けた。

 そうして全員でギルドまでやってきた時にはもう昼も近い時間だった。


 人もまばらになった掲示板の前で依頼書を眺める。

 Bランクパーティにもなれば受けられる依頼に実質制限はない。

 なので報酬を基準に選ぶことが多いのだが、珍しく最高額の依頼の内容に顔を顰めることになった。


「——人探しの依頼かあ。依頼主はレイノール辺境伯。どう思う?」

「人探しでこの時間まで残っているなんて珍しいですよね。報酬も依頼内容に不釣り合いなぐらい高額ですし……」

「その異例さで敬遠されたのかもしれんが、おそらく依頼主のほうが問題になったのだろうな」


 ただでさえ貴族からの依頼はあまり良い顔をされない中、レイノール辺境伯の悪評は群を抜いている。

 レイノール辺境伯はとにかく注文が多いのだ。

 そして少しでも意に沿わないことがあれば、依頼は未達成として扱われる。

 頼まれたことができていても、だ。


 報酬がすべての冒険者にとって、無報酬のリスクは回避したい。

 なのでレイノール辺境伯の依頼は常に残りがちだ。


 しかし相手は国中の食料を握っている人物だ。

 下手に怒りを買って食料供給を止められては困るので、最終的にはギルドが誰かに押し付けるのが慣例となっている。

 この依頼もいずれはそうなるだろう。


「しかし、十八年前にいなくなったって、見つけられる気がしないよな。生きている保証すらないし……」


 レイノール辺境伯の依頼は、十八年前に行方がわからなくなったご令嬢の捜索。

 当時七歳だったことを考えると、未だに生きているとは思えない。

 そして、おそらく辺境伯は見つかるまで報酬を出すことはしないだろう。


「……そこは具体的なお話を聞いてみないと……。いなくなった時の状況とか、何か手がかりとかあるかもしれませんよ?」

「だが、この依頼受けるのか? 相手はあの辺境伯だぞ……」

「……ずっと黙ってるけど、リーゼはどうなんだよ?」

「私はやめたほうが良いと思うけどね。生きているかどうかも怪しい人を探すなんて、いくら報酬が良くても割に合わないよ」


 そう答えた私の顔をラィスがまじまじと見た。

 そして少し考える素振りをして口を開いた。


「……一旦話を聞いてから受けるか考えよう」

「ここから辺境伯領まで結構掛かるぞ。良いのか?」


 ここから辺境伯領まで馬車を使っても相当な日数がかかる。

 当然馬車代だってそれなりにかさむ。

 金が無いと既に困っているラィスが払えるはずもないので、誰かが立て替えるしかないだろう。

 そこまでする必要がこの依頼にあるのだろうか。

 それに依頼を受けないと判断した場合は、往復の移動費用が無駄になる。

 そこまで見越しての判断なのだろうか。


「そこは……なんとかなるさ!」

「悪いけど、私はパスさせてもらうよ。そもそも人探しなんて私の性に合わないしね」


 リーダーが受けると言ったら、全員が従うだろう。

 なので早めに意思表示をした。

 人探しが性に合わないというのは事実だが、最大の理由はそこではない。

 だが、その理由を伝えるのも憚られるのでそれ以上何も言わずに立ち去った。


 パーティで依頼を受ける際、パーティメンバー全員が揃っている必要はない。

 私一人が抜けたところで依頼を受けてこなすことは可能だ。

 ギルドとしては依頼が達成されればそれで良いのだから。


「……………………」


 後ろからラィスの視線を感じたが無視をした。

 ——今夜は荷造りが必要かもしれない。




■■■




 その晩、ラィスたちは家に戻ってこなかった。

 あのままレイノール辺境伯領まで向かったのだろう。

 行って戻ってくるだけでも、一ヶ月近くはかかるだろう。

 その間に適当に一人で依頼を受けて稼ぎながら、次はどの街に行こうかと考える。


「まずはこの本を片付けなくちゃねえ……」


 翌朝、自室に並べられた大量の本を眺めながらつぶやく。

 流石にこの量を持ち歩くのは無理がある。

 貴重なものだけ残して、他はすべて古物店に売りに行くしかないだろう。

 ——それかせめてものお詫びに彼らに残しておこうか。

 どれも戦闘に役立つものだ。

 そのほうが良いかもしれない。


 あとは……と部屋を片付けている間に窓の外は真っ暗になっていた。

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