↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
底辺薬草配信者、怪我した激カワネッコを拾ったらダンジョン配信が大変なことになりました  作者: 水源


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/13

臆病な子猫、蜘蛛の糸から救出されました

 その透明な糸は、黄色い子猫がねぐらへ戻ったあとも、岩の隙間で静かに揺れていた。


 その糸の主が何者なのか、まだ誰も知らなかった。


 * * *


 翌日も、ルゥは朝からやる気いっぱいだった。


 翼の怪我はすっかり治り、今では家の中を飛び回るくらい元気だ。もっとも、私が座るとすぐに膝へ乗ってくるあたり、甘えん坊なところは相変わらずだけれど。


「今日も、あの黄色い子猫ちゃんに会えるといいね」


「みゃっ!」


 元気な返事。……会いたいのかどうかは、よくわからない。私と一緒に出かけられるのが、嬉しいだけかもしれない。


「今日は驚かせないように、ゆっくり仲良くなろうね」


 私は採取道具と配信機材を確認し、ルゥのキャリーを持って家を出た。


 * * *


 ダンジョンの採取区域に到着して、さっそく配信を開始した。


「こんにちは、小鳥遊ひよりです! 今日も月光草の採取をしながら、薬草の解説をしていきますね」


 〈ひよりさん、こんにちは!〉


 〈ルゥちゃんも一緒だ!〉


 〈今日は黄色い子猫に会えるかな?〉


「皆さんも気になっているんですね。私も、また会えたらいいなと思っています」


 キャリーを地面に置いて、扉を開ける。


「ルゥ、どうぞ。今日は私のそばにいてね」


「みゃっ!」


 ルゥは軽やかに飛び出し、私の足元へすり寄った。それから周囲を見回し、岩場のほうへ視線を向ける。


「もしかして、あの子を探しているの?」


「みゃう」


「ふふっ。会えるといいね」


 私はルゥの頭を撫でてから、月光草の採取を始めた。


「月光草は、根を残して葉を切り取れば、また新しい葉が育ってきます。採りすぎず、必要な分だけにしましょうね」


 〈根を残すんだよね〉


 〈こういう実際の採取風景が見られるの、ありがたい〉


 〈ルゥちゃん、草をくんくんしてるw〉


 見ると、ルゥが月光草の匂いを嗅いでいた。


「ルゥも薬草に興味があるのかな?」


「みゃう」


 ルゥは匂いを嗅いだあと、当然のように私の足元へ戻ってきて、体をすり寄せた。


「はいはい。あとで撫でてあげるからね」


 そんなやり取りをしながら採取を続けていると、少し離れた岩場から物音が聞こえた。


 かさっ。


 私は顔を上げた。


「あっ!」


 岩の向こうから、黄色い耳が覗いている。


 いた。


 チーターのような黄色い体に黒い斑点、大きな耳と長い尻尾。昨日も会った、あの子猫モンスターだ。


「おはよう。今日も来てくれたんだね」


 私が穏やかに声をかけると、子猫は少し身構えたものの、すぐには逃げなかった。岩陰から顔を出し、私とルゥを交互に見つめている。


「大丈夫だよ。追いかけたりしないからね」


 私は採取の手を止めず、できるだけ自然に振る舞った。


 すると、子猫はほんの少しだけ岩陰から出てきた。昨日よりも、わずかに距離が縮まっている。


「ふふっ。少しずつだね」


 私は嬉しくなった。


 そのときだった。


 子猫の背後にある岩の隙間から、黒い影が動いた。


 八本の脚。大きな腹部。そして、口元から伸びる透明な糸。


「……え?」


 蜘蛛型モンスターだった。


 しかも、ただの小型種ではない。人間の胴体ほどもある巨体を持ち、周囲の岩や地面に、粘着性の強い糸を張り巡らせている。


 よく見ると、足元の岩の隙間にも、細い糸が月光草の光を受けて、うっすらと光っていた。


 蜘蛛は、子猫へ狙いを定めた。


「危ない!」


 私が声を上げるより早く、子猫は地面を蹴った。


 シュバッ!


 一瞬で横へ飛び退き、飛んできた糸をかわす。


「わっ、やっぱり速い!」


 思わず感心してしまった。


 あの脚の速さなら、普通に追いかけてくる相手からは逃げ切れそうだ。


 けれど、蜘蛛は自分の脚で獲物を追いかけるつもりはないらしい。次々と糸を吐き出し、逃げ道を塞ぐように網を張り巡らせていく。


 子猫は岩を蹴り、左右へ飛び、驚くほどの速さで糸をかわし続けた。


 それでも、蜘蛛の糸は少しずつ逃げ道を狭めていく。


 そして、とうとう。


「みゃっ!?」


 子猫の後ろ脚が、地面に張られた糸に触れた。


 粘着性の糸が脚に絡みつく。


 子猫は慌てて振りほどこうとしたが、暴れるほど別の糸まで絡んでしまう。


 逃げようと脚をひねった、その瞬間。


「みゃあっ!」


 子猫が悲鳴を上げた。


 脚を痛めてしまったらしい。


 普段なら一瞬で逃げられるはずなのに、今度は思うように身体が動かない。


 蜘蛛は、その隙を見逃さなかった。


 八本の脚を動かし、動けなくなった子猫へ迫っていく。


「大変!」


 私は採取道具を放り出して駆け出した。


 ルゥも驚いたように耳を立て、私の後を追ってくる。


「待ってて! 今、助けるからね!」


 私は蜘蛛の糸をかわしながら子猫のもとへ駆け寄り、採取用のナイフを取り出した。


 子猫を傷つけないよう、慎重に糸を切っていく。丈夫な糸だったけれど、一本ずつ切ればどうにかなる。


「もう少しだからね。頑張って!」


 最後の一本が切れた。


 私は子猫を抱き上げ、安全な岩陰へ移動させた。


 けれど、子猫は地面に下ろされたあとも、痛めた脚をかばうように身を縮めていた。立ち上がろうとしても、うまく体重をかけられない。


「……脚を痛めちゃったんだね」


 いつもなら、あっという間に逃げてしまう子なのに。今は、逃げたくても逃げられないのだ。


「大丈夫。今度は私が守るからね」


 そう言って、子猫を岩陰にそっと座らせる。


 すぐに、ルゥがとことこと追いついてきた。子猫の隣にちょこんと座り、心配そうに顔を覗き込む。


「ルゥ、この子をお願いね」


「みゃっ!」


 ルゥは胸を張って、子猫の前に陣取った。小さな体が、頼もしい壁みたいに見える。


 私は振り返った。


 蜘蛛型モンスターは、獲物を横取りされたことが気に入らないらしい。大きな前脚を持ち上げ、こちらへと突進してきた。


「……もう! この子は食べさせません!」


 蜘蛛が前脚を振り下ろす。


 私は横へ跳んで攻撃をかわすと、その勢いを利用して前方へ踏み込んだ。


 足元を確かめ、重心を整え、全身の力をつないでいく。


 健康のために始めた太極拳。別に、強くなるために始めたわけじゃない。ただ、面白かったから。


 そして今、その趣味が思わぬところで役に立っている。


「えーいっ!」


 私は地面を強く蹴った。


 身体が宙へ舞い上がる。


 蜘蛛が反応するよりも早く、空中で身体をひねり、脚を大きく振り抜いた。


 狙うのは、硬い外殻に覆われた頭胸部。


 ドゴォンッ!


 飛び蹴りが直撃した。


 蜘蛛の巨体が宙を飛び、背後の岩壁へ叩きつけられる。


 衝撃で岩壁にひびが入り、蜘蛛は八本の脚をばたつかせた。


 やがて、その巨体は光の粒子へと変わり、ダンジョンの空気に溶けていった。


 あとには、大きな魔石と、銀白色に輝く糸の束が残された。


 けれど、私は足を止めなかった。


「チビちゃん、大丈夫!?」


 私はすぐに岩陰へ駆け戻った。


 今は、それどころじゃない。目の前にいる小さな命のほうが、ずっと大事だった。


 〈え?〉


 〈飛んだwww〉


 〈蜘蛛、壁まで吹っ飛んだんだが!?〉


 〈今の飛び蹴り、威力おかしくない?〉


 〈薬草配信者とは何だったのか〉


 〈健康法の人、今日も元気にモンスターを粉砕〉


 〈……いや待て、後ろのドロップ品もすごくない?〉


 コメント欄が騒がしくなっているけれど、私は子猫のことで頭がいっぱいだった。


「チビちゃん、怪我はない?」


 子猫は、まだその場で身を縮めていた。


 私が近づくと一瞬だけ身体をこわばらせたけれど、今度は逃げようとしなかった。それどころか、私の顔をじっと見上げている。


「怖かったね。もう大丈夫だよ」


 私はしゃがみ込み、子猫の体を確認した。


 絡まっていた糸を取り除き、脚の状態を確かめる。目立った出血はないけれど、脚をひねったらしく、地面に立たせようとしても、すぐに脚を浮かせてしまう。


「うーん……。しばらく安静にしたほうがよさそうだね」


 私は持ってきた救急用品から、清潔な包帯を取り出した。


 痛めた脚を無理に動かさないように支えながら、そっと包帯を巻いていく。これだけですぐに治るわけではないけれど、今は少しでも負担を減らしてあげたい。


「よし、これで少しは楽になったかな?」


 子猫は最初こそ身を縮めていたものの、私が乱暴に触れないとわかると、次第に落ち着いてきた。


 私が手を止めると、子猫は私の指先に鼻を近づけた。


 くん、くん。


 そして、ちょん。


 昨日と同じように、鼻先が指に触れた。


「……ふふっ。ありがとう」


 私は微笑んだ。


 けれど、子猫はそれ以上近づいてこなかった。まだ怖いのだろう。だから、無理に撫でようとはしなかった。


 ところが。


 とん。


 子猫が、私の膝に小さな額を押しつけた。


「……えっ?」


 思わず声が出そうになった。


 子猫は顔を上げ、私の手を見つめている。


 私はそっと指先を動かしかけたけれど、子猫の耳が少し伏せられたので、すぐに手を止めた。


「ごめんね。まだ怖いよね」


 すると子猫は、少し迷ったように私を見たあと、もう一度だけ額を膝に押しつけた。


 ……撫でてほしいのかな?


 私は、今度は急な動きにならないよう、ゆっくりと手を伸ばした。


 柔らかな毛に指先が触れる。


 子猫は一瞬だけ身体をこわばらせたけれど、逃げなかった。やがて、少しだけ目を細めた。


「……よしよし」


 私は優しく頭を撫でた。


 隣では、ルゥが見守るように、ちょこんと座っている。


 〈撫でたああああ!〉


 〈ついに心を開いた!〉


 〈飛び蹴りからの優しい時間、温度差がすごいw〉


 〈ひよりさん、さっきの蜘蛛より子猫の心配ばっかりしてる〉


「だって、怪我しちゃったんですよ。早く元気になってほしいですから」


 私はコメントを読みながら答えた。


「……それに、この子、足がとっても速いんです。早く治って、また元気に走れるようになってほしいな」


 子猫は、私の膝に額を乗せたまま小さく鳴いた。


「みゃっ」


「うん。大丈夫だよ」


 私はもう一度、そっと頭を撫でた。


 昨日は指先に触れるだけだったこの子が、今日は自分から甘えてくれた。


 その小さな変化が、たまらなく嬉しかった。


 少し離れた岩壁のそばには、蜘蛛が残した魔石と、銀白色の糸の束が転がっている。


 拾うのは、この子が落ち着いてからでいい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。