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底辺薬草配信者、怪我した激カワネッコを拾ったらダンジョン配信が大変なことになりました  作者: 水源


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7/12

月光草の採取配信、逃げ足の速い子猫を見つけました

 ルゥの翼の怪我がすっかり治ってから、数日が経った。


「よし。今日はお出かけしようね!」


「みゃっ!」


 私が声をかけると、ルゥは元気よく返事をした。


 以前は片方の翼を垂らしていたルゥも、今では部屋の中を走り回り、低い場所なら軽く飛び乗れるようになっている。


 ただし、調子に乗って飛び回りすぎると、私に止められることになるのだけれど。


「無理はしないこと。今日はダンジョンに行くけど、ちゃんと私の近くにいてね」


「みゃう!」


 返事だけは立派だった。


 私は苦笑しながら、ルゥをキャリーに入れた。


 今日向かうのは、探索者協会から紹介された新しい採取区域だ。珍しい薬草が自生していて、月光草も見つかる可能性があるらしい。


 もちろん、配信もするつもりだった。


 最近は、天城レナさんを救出した動画のおかげで、私のチャンネルを見に来てくれる人が増えている。


 相変わらず薬草の解説が中心だけれど、以前より質問やコメントが増えたのは素直に嬉しい。


「それじゃあ、行ってきます!」


「みゃっ!」


 私はキャリーを持ち上げ、家を出た。


 今日もいつもどおり、薬草を採取して解説する。


 そのつもりだった。


 協会の資料には、小型の未確認生物の目撃情報があった。けれど、まさかあんなに足の速いネッコだとは、思ってもいなかったのだ。


 * * *


 街の郊外にある中層ダンジョン。


 その入口で手続きを済ませた私は、協会から教えてもらった採取区域へ向かっていた。


 普段訪れる場所より少し奥にあるものの、通路が広く、見通しもいい。危険なモンスターが頻繁に出る区域ではないらしい。


「こんにちは、小鳥遊ひよりです。今日は探索者協会から教えてもらった採取区域で、月光草を探してみますね」


 配信を開始すると、ほどなくしてコメントが流れ始めた。


〈ひよりさん、こんにちは!〉


〈今日はダンジョン配信だ!〉


〈ルゥちゃんも一緒?〉


「はい。今日はルゥも一緒です。翼の怪我も治ったので、少しずつお出かけにも慣れてもらおうと思って」


 私はキャリーを地面に置き、メッシュ越しに中を覗いた。


「ルゥ、着いたよ」


「みゃっ!」


 ルゥは元気よく鳴き、キャリーの中から周囲を見回した。


 まずは周辺に危険がないか確認する。問題なさそうだったので、私はキャリーの扉を開けた。


「どうぞ。ただし、遠くへ行っちゃ駄目だからね」


「みゃっ!」


 ルゥは軽く地面へ飛び降り、私の足元へすり寄った。


 それから、ぴょんと小さな岩に飛び乗る。


 砂色の毛並みが、ダンジョンの岩場によく馴染んでいた。


「ふふっ。楽しそうだね」


〈元気になってよかった!〉


〈ルゥちゃん、前より動けるようになってる!〉


〈この子、ほんとに可愛いなあ〉


 コメントを読みながら、私は薬草の採取を始めた。


「さて、まずは月光草を探しましょう。月光草は葉の表面に淡い光沢があるのが特徴です。ただし、似た植物の中には、触れるとかぶれを引き起こすものもあるので、見た目だけで判断しないようにしてくださいね」


 私は足元の植物を確認しながら、ゆっくりと歩いた。


 しばらく進むと、岩場の陰に淡い銀色の葉が見えた。


「あっ、もしかして……」


 近づいて確認すると、葉の表面に月明かりを閉じ込めたような光沢が浮かんでいた。


「見つけました! これが月光草です!」


〈おお!〉


〈本当にあった!〉


〈初めて見た〉


「採取するときは、葉を傷つけないように注意してくださいね。根元から無理に引き抜くのではなく、必要な部分を切り取ります」


 私は採取用のハサミを取り出し、丁寧に葉を切り取った。


 そのとき。


 視界の端を、何か黄色いものが横切った。


「……ん?」


 私は手を止めた。


 今のは何だろう。


 砂色に近い黄色。黒い斑点があって、細長い尻尾が見えたような気がする。


「ルゥ、今、何か通らなかった?」


「みゃう?」


 ルゥは岩の上で首を傾げた。


 気のせいだったのだろうか。


 私はもう一度、周囲を見回した。


 ……いや、やっぱり何かいる。


 岩の陰から、小さな耳がちらりと覗いていた。


 大きな丸い耳。


 その下には、金色がかった瞳が二つ。


 けれど、私と目が合った瞬間。


 シュバッ!


「えっ!?」


 黄色い影が、一瞬で消えた。


 風が吹いたのかと思うほどの速さだった。


 残されたのは、岩の陰から転がり出てきた小さな石ころだけ。


「……今の、ネッコ?」


 資料の隅にあった、小型の未確認生物。もしかして、あの子のことだろうか。


〈何かいた!?〉


〈黄色いのが一瞬見えた!〉


〈速すぎて全然わからなかったんだけどw〉


〈ルゥちゃんの仲間?〉


 私は目を丸くした。


 確かに、猫のような姿だった。


 けれど、あんな速さで走る子猫なんて、見たことがない。


「うーん……。気になるけど、まずは周りを確認しようか」


 私は採取した月光草をケースへしまった。


 その間も、時々、黄色い影が視界を横切る。


 岩の向こう。


 通路の端。


 少し離れた茂みの陰。


 こちらが気づくたびに、あっという間に逃げてしまう。


「……もしかして、こっちを見ているのかな?」


「みゃっ」


 ルゥが耳をぴんと立てた。


 そして、黄色い影が消えた方向をじっと見つめた。


 * * *


 それから数分後。


 私たちは、岩場の開けた場所へ出た。


 そこには、月光草の群生地が広がっていた。


「わあ……! こんなにたくさん!」


 淡い銀色の葉が、岩の間にびっしりと生えている。


 月光草は、一度に採りすぎると翌年の生育に影響する。必要な分だけ採取して、残りは残しておこう。


 私はカメラへ説明しながら、採取場所を確認した。


 そのときだった。


『ギャウッ!』


 少し離れたところから、獣の唸り声が聞こえた。


「……ん?」


 振り返ると、二匹の牙ネズミが岩の隙間から飛び出してきた。


 大きさは中型犬ほど。鋭い前歯と強靭な脚を持ち、群れで小型モンスターを襲うことで知られている。


 その二匹が、何かを追いかけていた。


 黄色い影だ。


「さっきの子!」


 黒い斑点のある、小さなチーターのような子猫モンスター。


 長い脚と細い胴体。大きな耳に、ふさふさした尻尾。目元から口元へ伸びる黒い模様が、涙の筋のように見える。


 間違いない。


 さっきから私たちの様子を窺っていた子だ。


 そして、その子は――。


「……わわっ!?」


 速かった。


 とにかく速かった。


 牙ネズミが飛びかかると、黄色い子猫は地面を蹴って一瞬で横へ移動する。攻撃を避け、そのまま岩の上を駆け上がり、反対側へ飛び降りる。


 その動きは、まるで黄色い風のようだった。


 けれど、子猫は反撃しようとしない。


 牙ネズミが近づくたびに、びくっと体を震わせ、逃げることばかり考えているようだった。


「……あの子、怖がってる?」


 子猫は岩場を駆け回り、牙ネズミの攻撃を次々と避けている。


 でも、二匹に追い詰められ、逃げ道が狭くなってきていた。


 小さな体が、ぶるぶると震えている。


 それでも、牙ネズミが近づくと、驚くほどの速さで逃げる。


 速い。


 速いのだけれど、逃げることに精いっぱいで、相手を追い払う余裕はないらしい。


「……よし。ちょっと待っててね」


 私は採取道具を置き、牙ネズミたちの前へ出た。


 すると、二匹はこちらを振り向いた。


『ギャウッ!』


「はいはい。今はその子に用事があるんでしょうけど、ちょっと離れてくださいね」


 牙ネズミの一匹が、こちらへ飛びかかってきた。


 私は半歩だけ踏み込み、相手の動きをかわしてから、胴へ短く拳を打ち込んだ。


 ドンッ。


 牙ネズミが地面を転がり、岩の前で動きを止める。


 もう一匹は仲間が倒れたのを見て、慌てて方向を変えた。


 逃がさないつもりはない。


 私は相手がこちらへ近づかないことを確認し、黄色い子猫のほうへ向き直った。


「大丈夫? 怪我してない?」


「……っ!」


 子猫は、ぴょんと跳ねるように身をすくめた。


 そして。


 シュバッ!


「あっ!」


 また逃げた。


 今度は、先ほどよりもずっと速かった。


 岩場の向こうへ走り去り、あっという間に見えなくなる。


 私は、その場に立ち尽くした。


「…………」


 助けたつもりだったのだけれど。


〈速すぎるwww〉


〈ひよりさんが近づいた瞬間に逃げたぞ!〉


〈助けてもらったのにw〉


〈この子、めちゃくちゃ臆病なんだな〉


〈でも、牙ネズミ二匹を相手にあそこまで逃げ切れるの、普通にすごくない?〉


〈ひよりさん、牙ネズミを一撃でさらっと倒してるw〉


〈強いのに怖がらせちゃう人〉


「うーん……。怖がらせちゃったかな」


 私は頬をかいた。


 相手からすれば、知らない人が突然現れて、目の前のモンスターを倒したのだ。


 怖くても仕方がない。


「追いかけないほうがよさそうですね」


 私はカメラへ向かって説明した。


「怖がっている生き物を無理に追いかけると、かえって危険な場所へ逃げ込んでしまうことがあります。少し離れて、落ち着くのを待ってみますね」


 コメント欄にも、納得したような反応が流れた。


〈確かに〉


〈あの速度で追いかけたら、余計に逃げそう〉


〈まずは安心させてあげたいね〉


 私は倒れた牙ネズミの様子を確認し、必要な記録を残してから、採取場所へ戻った。


 ただし、完全に諦めたわけではない。


 あの子は、怪我をしている様子こそなかったものの、ひどく怯えていた。


 それに、あれほど速く動けるなら、どこかにぶつかったり、無理に逃げて怪我をしたりする可能性もある。


 できるなら、もう少し落ち着いて話しかけてみたい。


 ……話が通じるかどうかは、わからないけれど。


 * * *


 私は月光草の採取を再開した。


 黄色い子猫の姿は見えなくなったものの、ときどき、岩の向こうからこちらを覗いているような気配がある。


 そこで、私はひとつ試してみることにした。


 鞄から探索者用の保存食を取り出し、食べやすい大きさにちぎる。


 そして、採取場所から少し離れた、見通しのいい岩のそばに置いた。


「ここに食べ物を置いておくね。食べたかったら、食べていいよ」


 私はそう言って、その場から少し離れた。


 もちろん、すぐに近づくつもりはない。


 怖がっているなら、距離を取ったほうがいい。


 私は少し離れた場所で、月光草の採取を続けることにした。


 しばらくして。


 シュバッ!


「……あっ」


 黄色い影が走った。


 岩のそばに置いた保存食が、一瞬で消えた。


 いや、正確には、保存食をくわえた子猫が、すでに数メートル離れた場所にいた。


 子猫は食べ物をくわえたまま、こちらを警戒している。


 金色がかった瞳が、私と保存食を交互に見た。


 そして、私が動かないことを確認すると、少しずつ食べ始めた。


「……ふふっ」


 私は思わず笑みを浮かべた。


 食べてくれた。


 それだけでも、少し安心した。


 子猫は一口食べるごとに、こちらをちらちらと確認している。私が少しでも体を動かすと、ぴんと耳を立て、今にも逃げ出しそうになる。


 それでも、お腹は空いているのだろう。


 最後まで食べ終えると、子猫は一度だけ小さく鳴いた。


「……みゃっ」


 そして、また走り去った。


〈食べた!〉


〈よかったねえ〉


〈めっちゃ警戒しながら食べてるw〉


〈ひよりさん、距離の取り方がうまい〉


「食べてくれてよかったです。まだ警戒しているみたいなので、無理に近づかず、少しずつ慣れてもらえたらいいなと思います」


 私はそう答え、残りの月光草を採取した。


 結局、その日はそれ以上、子猫が近くまで来ることはなかった。


 けれど、帰り道。


 私は妙な気配に気づいた。


「……ん?」


 背後の岩場。


 ほんの一瞬だけ、黄色い尻尾が見えた。


 振り返ると、誰もいない。


 少し歩くと、また気配がした。


 今度は、岩陰から丸い耳が覗いていた。


「……もしかして、ついてきてるの?」


「みゃう?」


 ルゥがキャリーの中から鳴いた。


 黄色い子猫は、その声にぴたりと動きを止める。


 そして。


 シュバッ!


 また消えた。


「……あらら」


 私は苦笑した。


 どうやら、まだまだ仲良くなるには時間がかかりそうだ。


 でも、逃げながらもこちらを気にしているのなら、少しずつ距離を縮めていけるかもしれない。


「また会えたらいいね」


 私は、黄色い影が消えた岩場へ向かって小さく手を振った。


 返事はなかった。


 ただ、遠くの岩陰から、金色の瞳が一瞬だけこちらを覗いていた。


 * * *


 帰宅してから、私は配信のアーカイブを確認した。


 今日の配信も、なかなか賑やかだった。


 開始時点ですでに数千人の視聴者が集まり、月光草を見つけたときにはコメント欄が盛り上がった。


 そして、黄色い子猫が初めて画面に映った場面は、何度も巻き戻して見られていた。


 同時視聴者数も、子猫が牙ネズミから逃げ回る場面で大きく増えていた。


「……あの子、そんなに注目されていたんだ」


 私は少し驚いた。


 たしかに、あの足の速さはすごかった。


 でも、私にとって印象に残っているのは、逃げる速さよりも、あの怯えた顔だった。


 怖いのに、お腹が空いていて。


 食べ物を見つけると、勇気を振り絞って近づいてくる。


 そして、食べ終わったら、また一目散に逃げてしまう。


 協会には、小型の未確認生物らしき子を見かけたと、あとで報告しておこう。


「……今度会えたら、もう少し安心してもらえるといいな」


「みゃっ」


 足元でルゥが鳴いた。


「ルゥも、あの子が気になる?」


「みゃう」


 ルゥは私の膝へよじ登り、丸くなった。


 それから、窓のほうへ顔を向ける。


 まるで、遠くのどこかにいる誰かを気にしているようだった。


 私はルゥの頭を撫でた。


「また会いに行こうね。今度は、もう少し仲良くなれるといいね」


「みゃっ!」


 ルゥは元気よく返事をした。


 そのころ、ダンジョンの岩場では。


 黄色い子猫が、ひよりの置いていった保存食の匂いを思い出すように、鼻をひくひく動かしていた。


 そして、遠くに見えたひよりの姿を思い出し、小さく耳を伏せる。


 怖かった。


 けれど。


 あの人は、自分を追いかけてこなかった。


 食べ物を置いて、離れてくれた。


 それが、ほんの少しだけ気になっていた。


 ――次に会ったときは、もう少しだけ近づいてみよう。


 そんな気持ちが、ほんの小さな胸の中に芽生え始めていた。

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