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底辺薬草配信者、怪我した激カワネッコを拾ったらダンジョン配信が大変なことになりました  作者: 水源


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6/11

薬草解説配信、激カワネッコに乗っ取られる

 天城レナさんの救出動画は、一晩で想像以上に広まっていた。黒甲獣を鉄山靠で岩壁にめり込ませた場面は、何度も切り抜かれているらしい。私のチャンネルの登録者数も、一万八千人を超えていた。


 昨日まで、配信を見に来てくれる人は限られていたのに。


 でも、やることは変わらない。薬草の知識を伝える。それだけだ。


 午後二時、私は配信開始のボタンを押した。


 同時視聴者数が、見る間に増えていく。千人、二千人、二千八百人。


「……えっ?」


 画面を二度見した。普段なら、開始直後に十人集まれば多いほうなのに。


 〈こんにちは!〉


 〈昨日のレナさんの動画から来ました!〉


 〈鉄山靠の人だ!〉


 〈今日は戦闘しないんですか?〉


 〈本当に薬草配信なんだ……〉


「こんにちは、小鳥遊ひよりです。今日は戦闘はしません。薬草のお話です」


 〈えー〉


 〈薬草も気になるから見る〉


 少し緊張しながら、私は薬草を一つずつ取り出した。


「採取した薬草は、種類によって保存方法が違います。乾燥させたほうがいいものもあれば、湿度を保ったほうがいいものもあって、採った直後の扱い方で薬効が落ちてしまうこともあるんです。まずは白露草。傷の化膿を防ぐ薬草で、乾燥させると長持ちします。ただし、直射日光に当てると成分が飛んでしまうので、陰干しで、風通しのいい場所に吊るしてください。目安は三日です」


 〈わかりやすい〉


 〈保存方法って大事なんだな〉


 〈ヒールリーフって、採取したあと何時間くらいなら生のまま保存できますか?〉


 〈乾燥させた場合、薬効はどのくらい持ちます?〉


 〈似た葉っぱの毒草って、どこで見分けるんですか?〉


 質問が、次々に流れてくる。


「ひとつずつ答えますね。生のまま置くなら、湿らせた布で包んで、涼しい場所に。そのうえで、できるだけ早く処理してください。気温や湿度で傷み方が変わるので、時間では決められないんです。乾燥させたものは、密閉容器に湿気取りと一緒に入れておけば長持ちします。緑色が茶色くなったり、匂いが抜けたりしたら、交換のサインです」


 〈なるほど、見た目と匂いか〉


 〈時間じゃなくて状態で見るのね〉


「毒草の見分け方は、葉の裏です。白露草は、裏に白くて細かい産毛が生えています。毒草のほうは、裏がつるつるしていることが多いです。あとは、葉を少し揉んでみて、青い草の匂いがするかどうか。迷ったら、採らないでくださいね」


 〈葉っぱの裏か〉


 〈今度、見てみる〉


 〈ガチの薬草配信で好き〉


 やっぱり、こうして質問に答えるのは楽しい。ちゃんと聞いてくれる人が増えたのなら、それはそれで、うれしい。


 そう思った、そのとき。


 背後で、とことこ、と足音がした。


 話を止めずに、ちらりと振り返る。


 ルゥがいた。


 寝ぼけ顔で部屋に入ってきて、椅子の脚に前足をかけ、金色の瞳で私を見上げている。ちょいちょい、と足をつつかれた。


「みゃう」


 撫でてほしいらしい。


「すみません、ちょっとだけ待っていてください」


 カメラに向き直って、ルゥを抱き上げた。ルゥは私の腕の中で丸くなり、胸元に頭を押しつけてくる。ごろごろ、ごろごろ。小さな肉球が、私の服をふみふみ。


 カメラの、真正面で。


 〈きたああああ!〉


 〈ルゥちゃん!?〉


 〈本物の羽付きネッコだ!〉


 〈ひよりさん、顔! 顔がすごいことに〉


 〈薬草解説とは何だったのか〉


 〈これは仕方ない〉


 コメント欄が、猛烈な勢いで流れ出した。同時視聴者数も跳ね上がる。四千、六千、八千。


「……えっ」


 八千四百十七人。さっきまで、二千八百人だったのに。しかも、増加はまだ止まらない。


 〈ネッコが出てきた瞬間に視聴者が増えるの草〉


 〈戦闘動画から来たけど、可愛いものを見に来てしまった〉


 〈この子、ひよりさんに完全に懐いてるな〉


 〈薬草の説明を聞きに来たはずなのに、目がルゥちゃんから離れない〉


「ルゥ。今は配信中だからね。終わったら、いっぱい撫でるから」


「みゃっ?」


 首を傾げたルゥが、私の頬に顔を寄せた。


 すりっ。


 私は、片手で顔を覆った。


 〈ひよりさんが完全に溶けてるw〉


 〈ルゥちゃん、もう一回お顔見せて!〉


 〈この配信、切り抜き確定だろ〉


 〈ひよりさん、薬草の説明に戻れますか?w〉


 戻りたい。戻りたいのだけれど、膝の上で喉を鳴らす音が、マイクにしっかり入っている。同時視聴者数は、一万二千人を超えていた。


 数字は嬉しい。けれど、この人たちが見ているのは、たぶん白露草ではない。


「……ルゥって、ものすごく人気者なの?」


「みゃっ!」


 元気な返事。たぶん、そういう意味ではないと思う。


 それでも私は、なんとか薬草の説明を続けようとした。けれど、机に向き直るたびに、ルゥが前足で服をつついたり、顔を覗き込んだりしてくる。コメント欄も、すっかりルゥの話題で埋まっていた。


 これでは、まともな解説にならない。


「ええと……今日はここまでにしますね。薬草の続きは、また次回。見に来てくれて、ありがとうございました!」


 笑顔を作って、配信を終えた。


 膝の上のルゥを、しばらく撫で続ける。


「もう、ルゥったら。配信中は、少しだけ待っていてね?」


「みゃっ!」


 いい返事だ。わかっているのかは、怪しいけれど。


 ## 薬草配信のはずが……


 その夜、配信のアーカイブを開いて、異変の大きさを知った。


 同時視聴者数の最高は一万二千人超。アーカイブは、終了から数時間で数万回再生されている。コメント欄には、ルゥの可愛さを語る人たちが次々に集まっていた。誰かが切り抜いた動画も、すでに投稿されている。


『地味な薬草解説配信者、激カワネッコに配信を乗っ取られる』


「…………」


 スマートフォンを持ったまま、固まった。


 私、薬草の説明をしていたはずなんだけど。


 膝の上のルゥが、顔を上げた。


「みゃっ!」


「……ルゥのせい、なのかなぁ」


 ルゥは首を傾げ、私の手をちょんとつついた。撫でてほしいらしい。


「はいはい」


 撫でながら、探索者協会から届いた資料を開く。珍しい薬草が自生する区域の案内だった。


「おお……ここ、月光草が採れるんだ!」


 月光草は採取時の扱いが難しいけれど、薬効が高い。今までの区域では、なかなか見つからなかった種類だ。


「ルゥ、今度は珍しい薬草を探しに行こうね。怪我が治ってからだよ」


 ルゥは私の膝の上で丸くなった。


 明日からは、もう少し忙しくなるかもしれない。配信を見に来てくれる人も増えたし、紹介してもらった採取区域にも興味がある。


 それでも今、私の生活の真ん中にいるのは、登録者数でも再生数でもなく、膝の上で喉を鳴らす小さなネッコだった。

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