探索者協会で実力を測ったら、ネッコまで計測不能でした
能力測定の日の朝。私は、キャリーに敷く柔らかいタオルを畳み直していた。
「ええと……今日は能力測定、だったよね?」
先日の事情聴取の最後に、能力測定を勧められたのだ。私としては、薬草を採取できる場所について詳しく教えてもらえるなら便利そうだと思い、二つ返事で了承した。
ただ、協会から届いたメッセージの最後に、気になる一文があった。
『壊れてもよい測定器を、複数ご用意しておりますので』
……測定器って、壊れる前提のものだっただろうか。
「まあ、行けばわかるかな」
「みゃう?」
足元で、ルゥが私を見上げていた。
「ルゥも一緒に行こうね。今日はお出かけだよ」
「みゃっ!」
元気よく返事をしたものの、すぐに私の足へ頭をすり寄せてくる。翼の怪我は少しずつよくなっているけれど、まだ無理をさせるわけにはいかない。今日も、柔らかいタオルを敷いたキャリーに入ってもらうことにした。
* * *
探索者協会に到着すると、佐伯さんが待っていた。
「小鳥遊さん、お越しいただきありがとうございます。今日は、こちらの訓練施設で能力を測定させていただきます。ルゥちゃんも、無理のないようにお願いします」
「ありがとうございます!」
案内された訓練場の中央には、金属と特殊な魔法素材で作られた、大きな人型のダミーが立っていた。周囲には測定器やモニターが並び、壁際では数人の職員が機材を確認している。
そして、その奥には。
「……同じダミーが、あと三つありますね」
「予備です。念のため」
佐伯さんは、真顔で答えた。
予備。メッセージにあった「壊れてもよい測定器」というのは、このことらしい。そんなに壊れやすいのだろうか。
「こちらは、上位探索者の攻撃にも対応できる高性能の測定用ダミーです。打撃の衝撃や魔力反応を測定し、威力を数値化できます」
「へえ……。すごいですね」
丈夫そうだ。これなら、少しくらい強く攻撃しても大丈夫なのだろう。
「では、小鳥遊さん。普段どおりの攻撃を見せていただけますか? 昨日の映像……いえ、黒甲獣のときに使われていた鉄山靠で、まず測定したいと思います」
「わかりました」
キャリーを訓練場の端に置き、ルゥが落ち着いていることを確かめてから、ダミーの前に立った。軽く肩を回し、距離を測る。
「それでは、いきますね」
踏み込む。腰を切り、体を鋭く翻した。
「――鉄山靠!」
ドゴォンッ!
衝撃音が訓練場に響き渡った。
ダミーが揺れ、床に固定された台座が低く唸る。モニターの数値が急上昇し、あっという間に設定された上限へ到達した。
『警告。測定上限を超過しました』
ピピピピピッ!
赤い警告表示がモニターいっぱいに広がる。
「……あれ?」
ダミーは、壊れていないようだ。少し揺れただけに見える。
「すみません。強すぎましたか?」
佐伯さんは答えず、モニターを凝視していた。その横顔は、いつの間にかひどく険しくなっている。
「……黒甲獣のときの映像と、同じ反応だ」
「測定器は正常です! ただ、設定されている測定範囲を超えてしまっています!」
職員の報告に、訓練場が静まり返った。
「計測できないんですか? もう少し弱く打ったほうがよかったですか?」
「いえ、問題はそこではありません!」
佐伯さんは思わず声を上げ、はっとして咳払いをした。
「失礼しました。小鳥遊さん、今の攻撃は普段どおりの力ですか?」
「そうですね。相手が硬そうなら、これくらいは出すことがあります」
「……そうですか」
ゆっくりとモニターへ目を戻す佐伯さんに、私は念のため確かめた。
「あの、測定器は壊れていませんよね?」
「はい、装置そのものは無事です」
「よかったです!」
胸を撫で下ろす。高そうな機材だったので、壊してしまったのかと思ったのだ。
ところが、佐伯さんたちはまったく安心した様子がない。
「小鳥遊さん。もうひとつ、別の技も確認させていただけませんか? 技によって威力の出方が違うのかを確かめたいのです」
「そういうことでしたら。では、崩拳にしますね」
踏み込みと腰の回転を拳へつなげ、力を逃がさず、狙った場所へ打ち込む。
「えいっ」
ドンッ!
大きな音はしなかった。ダミーもほとんど動いていない。外装に、拳の跡がひとつ残っただけだ。
「……あれ? 今度は大丈夫でした?」
職員たちが、一瞬だけほっとした顔をする。
その直後。
『警告。内部衝撃センサー、測定上限を超過しました』
『警告。内部構造に異常な負荷を検知しました』
「外装の損傷は小さいのに、内部への衝撃が……!?」
職員たちが慌てて確認を始めた。
「今回は、あまり強く当たらなかったみたいですね」
「小鳥遊さん!」
佐伯さんが勢いよく振り向く。
「今の攻撃は、どの程度の力で打ったんですか?」
「普通に崩拳を打っただけですけど……?」
「普通に……」
佐伯さんは、言葉を失ったように口を閉じた。
そのとき、訓練場の端から小さな鳴き声が聞こえた。
「みゃう?」
「あっ、ルゥ!」
キャリーのメッシュ越しに、ルゥがこちらをじっと見つめている。私が何度もダミーを叩いているのが、気になるらしい。
「ごめんね、ルゥ。もう少しだからね」
そばまで戻ってしゃがむと、ルゥが入口へ向き直り、私を見上げた。
「みゃっ!」
「ん? 出たいの?」
佐伯さんに目配せしてから、キャリーを開ける。ルゥは怪我をした翼を動かさないよう注意しながら、ゆっくりと外へ出てきた。
「ルゥ、走っちゃ駄目だよ。ゆっくりね」
「みゃっ」
床をぽてぽて歩いたルゥは、ダミーの前で立ち止まった。
じーっ。
金色の瞳が、ダミーを見上げている。
「……ルゥ、それが気になるの?」
「みゃっ」
ルゥは前足を、一歩踏み出した。
そして。
ぷにっ。
小さな前足が、ダミーに触れた。
ピッ。
魔力測定器が作動する。
「……え?」
モニターの数値が上がっていく。
上がっていく。
そして、一瞬で上限に到達した。
『警告。魔力反応が測定範囲を超過しました』
ピピピピピッ!
訓練場に、先ほどと同じ警告音が響き渡る。
今度は、誰もすぐには声を上げなかった。
技術担当の職員が、モニターに顔を近づける。数値を確認し、別の測定画面を開き、記録を照合する。その顔から、少しずつ血の気が引いていくのがわかった。
「……ちょっと待ってください。ルゥちゃんがダミーに与えた衝撃は、ほとんどありません。つまり、打撃ではなく、魔力そのものに反応したということです」
「何の魔力なのか、どの程度の規模なのかは?」
「判別できません。測定できる範囲を、完全に超えています」
職員たちが一斉にモニターを見つめ、それから、ほぼ同時にルゥへ視線を向けた。
ルゥは何事もなかったかのように、もう一度ダミーを見上げている。
「みゃう?」
それから、くるりと向きを変え、私の足元へ戻ってきた。
「みゃっ!」
「えっ、ルゥ? 何をしたの?」
抱き上げると、ルゥは満足そうに喉を鳴らし、私の腕の中で丸くなる。
「……可愛い!」
思わず頬が緩んだ。小さな前足で、ちょんと触っただけなのに。やっぱり、ルゥは何をしても可愛い。
「いやいやいや! 小鳥遊さん!」
佐伯さんの声が響いた。
「今の測定結果をご覧になりましたか!? 触っただけで、魔力反応が測定上限を超えたんですよ!?」
「ええっ!? ルゥ、すごいねえ!」
「感心している場合ではありません!」
佐伯さんは頭を抱えた。それを見たルゥが、不思議そうに首を傾げる。
「みゃう?」
……うん。
ルゥは何も悪くない。ただ、目の前にあったものが気になって、前足で触っただけなのだから。
* * *
その後、協会ではしばらく追加の確認が行われた。
私はルゥを抱いたまま、訓練場の隅で待たせてもらった。しばらくして戻ってきた佐伯さんによると、測定機材に故障はなく、私の攻撃もルゥの魔力反応も、現行の機材では評価できないということだった。
予備のダミーは、結局、一台も出番がなかった。ただ、佐伯さんは、予備を使い切ったあとよりも疲れた顔をしていた。
「小鳥遊さんの攻撃力は、別の測定方法を考える必要があります。ルゥちゃんの魔力反応については、詳細を調べる方法がわかるまで、無理な検査は行いません。体調を最優先にします」
「ありがとうございます!」
思わず頭を下げる。
それから、佐伯さんは少し表情を引き締めた。
「それと、協会からひとつお願いがあります。黒甲獣が中層に出現した理由は、現在も調査中です。小鳥遊さんは薬草採取を中心に活動されていますので、普段の探索で見慣れないモンスターや変わったことに気づいたら、ぜひ報告していただけると助かります。もちろん、危険な場所へ無理に入る必要はありません」
「わかりました。気づいたことがあれば、報告しますね」
薬草を採りに行ったときに気づいたことを伝えるくらいなら、私にもできそうだ。
「お願いします。……今日は、ありがとうございました」
そう言って頭を下げた佐伯さんは、やはり少し疲れて見えた。測定に時間がかかって、お昼を食べそびれたのかもしれない。申し訳ないことをしてしまった。
ルゥをキャリーへ戻し、訓練施設をあとにする。
* * *
家に着くと、ルゥはキャリーから出るなり、私の足元をくるくると回った。
「お留守番じゃなかったけど、お疲れさま。今日はルゥが一番の功労者かもしれないね」
「みゃっ!」
抱き上げて頬をすり寄せる。測定器が驚いたり、佐伯さんたちが慌てたりと、なんだか賑やかな一日だった。
その翌日の昼過ぎ、スマートフォンが鳴った。画面には「探索者協会・佐伯」と表示されている。
「はい、小鳥遊です」
『佐伯です。昨日はお疲れさまでした。先日のお話に関連して、薬草採取に向いた区域をひとつ、ご紹介したくて』
「本当ですか!」
思わず声が弾んだ。
『中層の外れにある区域です。協会の調査でも、まだ詳しい記録のない薬草が自生しているようでして』
「珍しい薬草……!」
『ただし、今は黒甲獣の件もありますので、くれぐれも無理はなさらず。何か変わったことがあれば、すぐに連絡をお願いします。それと、ルゥちゃんを連れていく場合は、体調を最優先に』
「はい、わかりました!」
通話を切ると、足元でルゥが首を傾げた。
「みゃう?」
「ルゥ、新しい薬草の採取場所を教えてもらえたよ。また一緒に行こうね」
「みゃっ!」
きらきらした目で見上げてくるルゥを抱き上げる。すると、ルゥは前足を伸ばして、私の頬に、ぷにっ、と触れた。
「……あ」
さっき、ダミーにしたのと同じ仕草だ。
「ふふっ。ルゥにぷにってされたら、私が測定上限を超えちゃうかも」
「みゃっ?」
わかっていない顔で首を傾げるルゥが、あまりにも可愛くて。
私は、ルゥの頭にそっと頬を寄せた。




