探索者協会に呼び出されたけど、私は薬草配信者です
翌朝、私はスマートフォンの画面を眺めながら、首を傾げていた。
「……なんか、すごいことになってるね?」
昨日の配信が、思っていた以上に話題になっているらしい。再生数は普段の何十倍どころではないし、コメントも大量についている。チャンネル登録者数も、夜のあいだにどんどん増えていた。
おまけに、人気配信者の天城レナさんが投稿した動画には、私が黒甲獣を鉄山靠で吹き飛ばす場面が、しっかり映っていた。崩落のあと、大きな魔石だけが無事に残るところまで、ばっちりだ。
「うーん……。あの魔石、やっぱり大きかったよねえ」
「みゃう?」
膝の上で丸くなっていたルゥが、顔を上げた。
「ん? どうしたの?」
「みゃっ」
ルゥは小さな前足で私の服をふみふみしてから、胸元へ頭をぐいっと押しつけてくる。
「あはは、はいはい。撫でてほしいんだね」
スマートフォンを置いて頭を撫でると、ルゥは気持ちよさそうに目を細めた。最近のルゥはますます甘えん坊で、私が座れば膝に乗ってくるし、別の部屋へ行こうとすれば、翼をかばいながら一生懸命ついてこようとする。
傷はだいぶよくなったものの、まだ完全には治っていない。無理に動いたり飛ぼうとしたりしないよう、気をつけてあげなければ。
「今日はお出かけするからね。ルゥも一緒に行こうか」
「みゃっ?」
「探索者協会から呼ばれちゃったの。お話を聞きたいんだって」
昨日の夜、協会から連絡が届いていた。黒甲獣との戦闘について、詳しく事情を聞きたいのだという。あれだけ大きなモンスターが中層に出たのだから、調査が必要なのは当然だと思う。
私としては、あの魔石がどうなるのかも気になっていた。あれだけ立派なものなら、素材が全滅してしまった分まで、何かの役に立ってほしい。
「というわけで、今日は協会に行きます!」
「みゃっ!」
ルゥは元気よく鳴いた。……うん。たぶん、何もわかっていない。それでも、怪我の治りきっていないルゥをひとりで留守番させるよりは、ずっと安心だ。
柔らかいタオルを敷いたキャリーを用意して、そっと中へ入れる。
「はい、ここなら揺れても大丈夫だからね。苦しくない?」
「みゃう」
ルゥはキャリーの中でくるりと回り、居心地を確かめるようにタオルをふみふみした。それから、メッシュ越しに私を見上げる。
「よし。じゃあ、出発しようね」
* * *
探索者協会に着いて、受付で名前を告げた。
「すみません。昨日、黒甲獣の件で連絡をいただいた小鳥遊ひよりです」
「……えっ?」
受付の女性が私の顔を見た。手元の端末を確認して、もう一度私の顔を見る。
「小鳥遊……ひよりさん、ですね?」
「はい。あの、何か書類が必要でしたか?」
「い、いえ! 少々お待ちください!」
女性は慌てて内線を取った。……あれ? 何か間違えたかな。
「みゃう」
「大丈夫だよ、ルゥ。すぐに終わると思うからね」
案内された待合スペースの椅子に座ると、近くにいた職員さんたちが、ちらちらとこちらを見ていることに気づいた。
「あの人が……?」
「昨日の黒甲獣の……」
「本当に普通の探索者に見えるな」
「普通って言うなよ。映像を見ただろ……」
……何の話だろう。聞き間違いかな。きょとんとしながらキャリーを覗くと、ルゥがメッシュに鼻先を近づけ、私の指に前足をちょこんと乗せた。
その様子を見ていた職員さんのひとりが、つい声を漏らした。
「……あっ、例の羽付きネッコ!」
「ルゥのこと、ご存じなんですか?」
「き、昨日、小鳥遊さんのチャンネルを見て……。けっこう拡散されていたので……」
「ああ、そうなんですね! この子、ルゥっていうんです。今日は一緒に来たんですよ」
「みゃっ」
職員さんはしばらくキャリーを見つめてから、ぽつりと言った。
「……可愛いですね」
「でしょう?」
つい胸を張ってしまった。うちの子は可愛いのだ。それは間違いない。ただ、褒めながらも、周囲の職員さんたちがどこか困惑した顔をしているのが、少し気になった。珍しいモンスターらしいので、無理もないのかもしれない。
そのとき、奥からスーツ姿の男性が歩いてきた。
「小鳥遊ひよりさんですね。お待たせしました。管理部門の佐伯と申します。こちらへお願いします」
* * *
案内されたのは、小さな会議室だった。壁際のモニターには、昨日の映像が映っている。黒甲獣が四本の腕を振り下ろす場面。私がレナさんを助け出す場面。……何度見ても、最後の魔石は大きい。
佐伯さんの隣には、記録係らしい若い職員が座っていた。
「それでは、昨日の件についてお話を伺います」
「はい。私でわかることなら、何でもお答えします」
キャリーを足元に置くと、ルゥがこちらをじっと見つめていた。
「ごめんね。すぐ終わるからね」
「みゃう……」
寂しそうな声がして、私はメッシュ越しに頭を撫でた。
「まず、黒甲獣があの場所に出現したことですが、中層では極めて異例です。現在、出現経路や周辺の状況を調査しています。小鳥遊さんは、あのモンスターを以前からご存じだったのですか?」
「いえ、初めて見ました」
「では、弱点も知らなかった?」
「はい。ただ、真正面から殴るより、体の勢いを乗せて懐から打ち込んだほうがよさそうだと思いました」
「なるほど……。こちらの技は、鉄山靠で間違いありませんか?」
「はい」
佐伯さんがモニターを止める。その顔は真剣だった。
「小鳥遊さん。率直にお伺いします。あれほどの威力を、普段から出せるのですか?」
「えっ?」
少し考える。
「相手や状況によりますけど……。昨日は、あのくらいの力を出さないと止められないと思ったんです。ちょっと力を入れすぎて、岩壁ごと崩しちゃって、素材も全部だめにしちゃいました……」
「……そうですか」
佐伯さんはゆっくりと眼鏡を押し上げ、隣の職員へ目を向けた。職員さんは小声で言った。
「……これ、本当に本人がやったんですよね?」
「映像も現場の記録も一致しています」
「ですよね……」
ふたりとも、何やら難しい顔をしている。
「あの、私、何か問題を起こしてしまいましたか?」
「いえ! 救助活動そのものに問題はありません。天城さんたちを救助していただいたことには、協会としても感謝しています」
佐伯さんは慌てて手を振った。
「ただ、あれほどの戦闘能力を持つ方が、登録上は薬草採取を中心に活動されているので……」
「はい。薬草を採るのは楽しいですよ?」
「……そうですよね」
佐伯さんは、一瞬だけ遠い目をした。なんだろう。薬草の話なら、いくらでもできるのだけれど。
* * *
「ところで、黒甲獣が消滅したあとに残った魔石についてです」
「あっ! その魔石、どうなりました?」
身を乗り出した私に、佐伯さんは少し驚いた顔をした。
「昨日、救助隊を通じてお預かりして、現在は協会で保管しています。鑑定に回す準備をしているところで、詳しい価値はまだ確定していません。ただ、一般的な中層モンスターから得られるものではありません」
「やっぱり、そうなんですね」
頭ほどもある、立派な結晶だった。ふと、気になっていたことを尋ねてみる。
「ちなみに、あの魔石って、どのくらいの値段になるんでしょう?」
「……値段、ですか?」
「はい。大きかったので、ちょっと気になって」
佐伯さんは黙った。隣の職員さんも黙った。少しして、佐伯さんが咳払いをする。
「鑑定が終わらなければ、正確な金額はお伝えできません。ただ、希少性や純度によっては、かなりの価値になる可能性があります」
「なるほど……! すごいですね。薬草も、珍しいものが見つかると採取するのが楽しくなるんですよ」
「そ、そうですね……」
佐伯さんの返事は、どこか力がなかった。もしかして、私は何か勘違いをしているのだろうか。
「それで、魔石の所有権や受け取りについては、どうなりますか?」
今度は、佐伯さんがはっきりとこちらを見た。
「その点は、規定に沿って確認します。発見者や討伐者の権利、現場の状況などを整理して、正式にご連絡します」
「わかりました。よろしくお願いします」
素直に頷くと、佐伯さんは書類へ目を落とした。その口元には、まだ困惑が残っていた。
* * *
ひと通りの聴取を終えたころ、足元から小さな鳴き声がした。
「みゃう……」
「あ、ごめんね、ルゥ。退屈だったね」
キャリーを膝の上に持ち上げて頭を撫でると、ルゥが前足を伸ばして私の指にちょんと触れた。それを見ていた佐伯さんが、そっと尋ねる。
「ちなみに、その子は……?」
「ルゥです。ダンジョンで怪我をしているところを見つけて、保護しました」
佐伯さんがキャリーを覗き込む。ルゥは金色の瞳で見つめ返し、耳をぴこぴこと動かした。
「みゃっ」
「……ずいぶん人懐っこい子ですね。初対面の私にも、目を逸らさない」
「そうなんです。甘えん坊だけど、度胸もあるんですよ」
佐伯さんは小さく頷いてから、真面目な顔に戻った。
「ただ、その子は一般的なモンスター図鑑には載っていません。正体や生態がわからないモンスターは、協会としても慎重に扱う必要があります。今後、体調の確認にご協力いただけますか」
「はい。ルゥが怖がらない範囲なら、できるだけ協力します。ただ、翼の怪我が治りきっていないので、無理はさせないでくださいね」
「もちろんです。体調を優先していただいて構いません。しばらくは、保護している小鳥遊さんのもとで安静にしてもらう方針です」
ルゥを知らない人たちへ預けずに済むとわかって、私は胸を撫で下ろした。
* * *
最後に、佐伯さんが一枚の書類を取り出した。
「今回の件とは別に、今後の探索活動について、ひとつご相談があります」
「探索活動、ですか?」
「はい。今回の映像を見る限り、現在の登録情報だけでは、あなたの能力を十分に把握できていない可能性があります。ご本人の希望があれば、協会で能力測定や実力確認を行うこともできます」
「能力測定……?」
「強さを競うものではありません。適切な探索区域の案内や、安全管理のための参考にするものです」
なるほど。自分に合った採取場所を教えてもらえるなら、少し便利かもしれない。
「それって、薬草の採取に役立ちますか?」
「……はい?」
「例えば、私が安全に採取できる区域を、もっと詳しく教えてもらえるとか」
佐伯さんは手元の書類をとんとんと揃え直した。それから、真剣な顔で頷いた。
「ええ。そういった情報の参考にもなります」
「それなら、ぜひお願いします!」
「承知しました。日程については、改めてご連絡します」
これで、まだ知らない採取場所を教えてもらえるかもしれない。うん、来てよかった。佐伯さんは、なぜか冷めたお茶を一息に飲み干していたけれど。
* * *
ひよりが出ていったあとの会議室では、佐伯たちが再びモニターの前に集まっていた。
「……もう一度、映像を確認しましょう」
「これで何回目ですか?」
「何回見ても、結果は変わらない」
別の職員がため息をついた。
「黒甲獣は、通常の中層に出る相手ではない。あれほどの個体を一撃で倒した人物が、薬草採取を中心に活動している……」
「本人は、魔石の価値と、粉々になった素材の残念さと、薬草の採取場所にしか興味がなさそうでしたね」
「だからこそ、能力の確認は必要だろう。悪意はまったくなさそうだが、あの力を本人が十分に把握していない可能性がある」
佐伯は、モニターに映るひよりの姿を見つめた。
「それに、あの羽付きの生き物も気になる。未知のモンスターである以上、慎重に調べる必要があるな」
「ただ、保護した本人にはよく懐いていましたね。無理に引き離すのは避けたほうがよさそうです」
「同感だ。まずは体調の確認と、飼育環境の聞き取りから進めよう」
職員たちは、それぞれの資料を手に取った。今回の一件は、まだ始まったばかりだ。
* * *
一方、そのころのひよりは。
「ルゥ、ただいまー!」
「みゃう!」
帰宅するなり、キャリーから出したルゥを抱き上げていた。
「ご飯にしようね。それから、ふたりでゆっくりしよう」
ルゥはひよりの胸元へ顔を埋めて、ごろごろと喉を鳴らす。
今日も可愛いネッコと一緒に帰ってこられた。それだけで、十分に満足だった。
そして翌日、協会から能力測定の連絡が届く。
ひよりはまだ知らない。その測定が、協会にとってどれほど大変な一日になるのかを。




