薬草採取配信中にヘルクロウの群れが来たので、鎌で追い払いました
それから数日後。
協会には、チィの脚が落ち着いてから相談に伺いますと、すでに返信してある。日程は、来週に決まった。
「よし、今日はみんなでお出かけしようね!」
両手を広げて声をかけると、ルゥが「みゃっ!」と元気よく鳴いた。
チィも、蜘蛛に痛めつけられた脚がすっかり回復し、歩いたり、短い距離を走ったりできるまでになっていた。念のため、しばらくは全力疾走を控えてもらうつもりだけれど、本人は早く走り回りたいらしい。
「チィ、脚の調子はどう?」
しゃがんで声をかけると、チィは立ち上がって、私の足元まで歩いてきた。そして、鼻先をちょんと私の指へ押しつける。
「ふふっ。元気になってよかったね」
最初は近づくだけでも逃げていたのに、今では自分から甘えてくれることも増えた。まだ少し臆病だけれど、私やルゥとの暮らしにも、すっかり慣れてきたようだ。
「今日は薬草を採りに行くけど、チィも一緒に来る?」
チィは耳をぴんと立てて、ルゥを見る。ルゥが胸を張って「みゃっ!」と鳴くと、一瞬だけ身構えて、すぐに私の足元へ戻ってきた。
「よし、じゃあ一緒に行こう!」
今日は、二匹がダンジョンに出るのも初めてなので、首輪も着けていくことにした。水色の首輪のルゥと、琥珀色の首輪のチィ。銀白色の縁取りが、並ぶとおそろいに見える。
「二匹とも、私から離れちゃ駄目だよ?」
人差し指を立てて、順番に顔を覗き込む。
「みゃっ!」
「みゃう」
元気に返事をするルゥと、控えめに鳴くチィ。私は笑って、採取道具と配信機材を背負った。
* * *
ダンジョンに入って、いつもの採取場所へ向かいながら、配信を開始する。
「みなさん、こんにちは。小鳥遊ひよりです。今日は薬草採取の配信をしていきますね!」
同時視聴者数は、開始直後からかなりの勢いで増えていた。以前は十人にも満たなかったのに、今では大勢の人が集まってくれる。
〈ひよりさん、こんにちは!〉
〈今日は何を倒すんですか?〉
〈いやいや、薬草採取配信だからw〉
「はい! 今日は二匹とも一緒です」
カメラを少し下へ向けると、足元を歩いていたルゥが「みゃう」と鳴いた。その隣で、チィが少し警戒しながら周囲を見回している。
〈二匹いる! 二匹いるぞ!〉
〈首輪、ちゃんと着けてる! かわいい!〉
〈チィちゃん、脚はもう大丈夫なの?〉
「はい。だいぶよくなりました。ただ、まだ無理はさせないようにしています」
〈ひよりさん、完全にお母さんだw〉
コメント欄が一気に流れ始める。……いけない。まだ薬草を採り始めてもいないのに、二匹が可愛すぎて配信が進まない。
「こほん。それじゃあ、今日も薬草を採っていきましょう!」
* * *
「あ、ありました!」
岩場の陰に、銀白色の葉を持つ植物が群生していた。葉の表面には細かな光の粒が浮かび、薄暗いダンジョンの中でも、月明かりを受けたように淡く輝いている。
「こちらが月光草です。回復薬の材料として使われる薬草ですね。葉っぱが似ている別の植物もあるので、採取するときは葉の裏側と茎の形を確認してください。それから、根元を無理に引っ張らないこと。根を傷つけると、その株が枯れてしまうことがあります」
しゃがみ込んで、採取用の鎌を使い、必要な部分だけを丁寧に刈り取っていく。
〈説明がわかりやすい〉
〈最近の戦闘映像から来たけど、普通に勉強になるな〉
ルゥが月光草へ鼻を近づけて、ひくひくと動かしていた。
「ルゥ、どうしたの? ……そういえば、あの犬はこの匂いに怯えたのかなって思ったけど、ルゥは全然平気そうだね」
袖口にも、薬草の匂いは残っている。やっぱり、匂いは関係ないのかな。
そのときだった。
――ギィヤアアアッ!
頭上から、鋭い鳴き声が響いた。
顔を上げると、薄暗い天井近くを、黒い影が横切っていく。最初は数羽のカラスかと思った。けれど、急降下してきた姿を見て、目を丸くした。
翼を広げても人の腕ほどの大きさしかない、小柄な鳥型モンスター。黒い羽根には金属のような光沢があり、嘴と爪は鋭く尖っている。赤い目が、獲物を見定めるように輝いていた。
「カラス型モンスター……ヘルクロウ!」
〈うわ、ヘルクロウだ!〉
〈小型の群れは面倒なやつ!〉
〈ひよりさん、頭上!〉
岩陰や天井の裂け目から、次々と黒い影が飛び出してくる。十羽、二十羽。あっという間に、頭上は黒い羽根で覆われた。
月光草の群生地を見回す。せっかく見つけた薬草だ。ここで荒らされるのは困る。それに、二匹を危険な場所に置いておくわけにもいかない。
「ルゥ、チィ。あそこの岩棚で、少し待っていてね!」
ルゥは小さな翼を広げて、ふわりと岩棚へ飛び上がる。チィも脚の具合を確かめるように軽く跳んで、岩棚の陰へ移動した。
私は腰の採取道具入れへ手を伸ばした。右手には、使い込んだ鎌。左手には、剪定ばさみ。何年も使い続けてきた、ただの相棒だ。
「……せっかく見つけた薬草が、台無しになっちゃうじゃない」
小さく息を吐いて、ヘルクロウたちを見上げた。
* * *
最初の一羽が、翼を畳んで急降下してきた。狙いは私の頭。
半歩だけ身体をずらすと、黒い影が頬のすぐそばを通り過ぎた。嘴が空を切り、風圧で髪が揺れる。その瞬間、右手の鎌を軽く走らせた。
ガツッ!
鎌の背がヘルクロウの身体を捉え、突進の勢いを利用して横へ弾き飛ばす。地面に落ちた個体は、光の粒子となって消えていった。
〈えっ、今の何!?〉
〈鎌で叩き落とした!?〉
「ふう……。飛んでくる相手は、距離が難しいですね」
草を刈るときと同じ要領だ。どう動かせば、狙ったところへ刃が届くのか、手に取るようにわかる。
二羽が左右から同時に飛び込んできた。円を描くように足を運んで、進路をわずかにずらす。右手の鎌が一羽の翼をかすめ、姿勢を崩す。もう一羽の爪は、左手の剪定ばさみで受け止めた。金属音が響く。
そのまま身体を回転させ、鎌の背で一撃。
ドンッ!
二羽が相次いで地面へ落ち、光の粒子になって消えた。
〈動きが滑らかすぎる!〉
〈何で鎌と剪定ばさみで空中戦をしてるんだよ!〉
〈武器が地味なのに、技が地味じゃないw〉
〈しかも薬草が無事なんだよな……〉
けれど、ヘルクロウたちはひるまなかった。頭上だけでなく、左右や背後からも襲いかかってくる。相手に背後を取らせないよう、常に群れの位置を視界に入れながら、薬草の群生地へ攻撃が飛ばないように誘導して迎え撃つ。
それでも、数が多い。こちらが一羽を相手にしている間にも、別の個体が死角へ回り込んでくる。さすがに、すべてを一人で相手にするのは面倒だった。
「うーん……。少し、手伝ってもらおうかな」
岩棚へ目を向けると、ルゥがこちらをじっと見つめている。
「ルゥ、飛んできた子たちを、ちょっと追い払ってくれる?」
「みゃっ!」
ルゥは小さな翼を広げて岩棚から飛び立ち、砂色の身体が黒い羽根の群れへと向かっていった。
〈ルゥちゃん飛んだあああ!〉
〈かわいい! でも大丈夫なの!?〉
ヘルクロウの一羽が、ルゥへ向かって急降下した。けれど、ルゥは慌てない。翼をひらりと動かして軌道を変え、相手の横をすり抜ける。勢いを殺しきれずに旋回したヘルクロウへ、前足をちょんと伸ばした。
ぽすっ。
たったそれだけだった。なのに、ヘルクロウは弾かれたように吹き飛んで、壁にぶつかり、地面へ落ちた。
いつもなら、倒されたモンスターは光の粒子となって消える。けれど、この個体は黒い身体のまま地面に残り、ぴくりとも動かなくなった。
〈あれ? 今のカラス、消えてなくない?〉
私は次々に迫るヘルクロウへの対処に追われていて、その違いに気づく余裕はなかった。
ルゥは何事もなかったかのように、楽しそうに空中を飛び回る。突然現れた翼付きのネッコに、ヘルクロウたちは隊列を乱し始めた。ルゥの翼や前足に軽く触れられただけで、あっけなく地面へ落ちていく。
「ルゥ、すごいね!」
声を弾ませると、ルゥは褒められたのが嬉しいのか、「みゃっ!」と鳴いて、翼を大きく羽ばたかせた。その風圧で、近くのヘルクロウたちがまとめて体勢を崩す。
私はその隙を逃さなかった。身体を滑らせるように踏み込み、鎌で先頭の個体を引っ掛けて軌道をそらし、剪定ばさみで密集した二羽をまとめて弾き落とす。
そのとき、低空へ降りてきた一羽が、チィのいる岩棚へ向かった。
「あっ、チィ!」
けれど、チィは怯えているだけではなかった。身を低くして岩棚の陰へ滑り込み、脚に負担をかけないよう小さく動いて、鋭い爪をかわす。足場を見失ったヘルクロウがふらついた隙に、尾を翻して距離を取った。
「チィ、無理はしないでね!」
チィは短く「みゃっ」と返事をした。
〈黄色い子、動きが速い!〉
〈そしてルゥちゃん、やっぱりおかしいw〉
数は、かなり減っている。それでも、最後に残った数羽は執拗だった。仲間が倒されても逃げるどころか、互いに間隔を詰め、私の頭上へ一斉に集まってくる。黒い影が重なり、天井近くでひとつの塊のように旋回した。
私は鎌を構え直した。
視界の端で、ルゥが動きを止めた。岩棚の下、地面に転がったままのヘルクロウの身体を、金色の瞳でじっと見つめている。
「……ルゥ?」
呼びかけても、ルゥは振り向かなかった。




