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底辺薬草配信者、怪我した激カワネッコを拾ったらダンジョン配信が大変なことになりました  作者: 水源


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13/15

激カワネッコとお買い物に行ったら、動物たちが静まり返りました

 翌日、チィのための寝床や食事用の容器などを買いに行くつもりだった、私は玄関で買い物用のバッグを手にしたまま、私は振り返った。


「……ルゥ、本当に一緒に行くの?」


 部屋の真ん中では、ルゥがちょこんと座っている。砂色のふわふわした毛並みに、黒い耳房。背中の小さな翼はすっかり元気になり、今では家の中を飛び回ることもある。首元では、水色の首輪が窓の光を受けてきらりと光った。今日は慣らしの練習中だ。


 金色の瞳が、じっと私を見上げている。


「みゃう」


「……うっ」


 私は胸を押さえて呻いた。だめだ。その顔は反則だよ、ルゥ。


 今日は、。チィはまだ脚を痛めているので、家で安静にしてもらっている。そのため、最初はルゥを連れていくつもりはなかった。


 けれど、出かける準備を始めてからというもの、ルゥはずっと私の後をついてきている。そして今、玄関で私の服の裾を、前足でぎゅっとつかんでいた。


「でも、今日はチィのこともあるし、あまり長い時間は出かけられないんだよ?」


 しゃがんで目線を合わせ、人差し指を立てて言い聞かせる。


「みゃっ!」


「本当にわかってる?」


「みゃう!」


 ……うん。たぶん、わかっていない。ただ、一緒に出かけたいのだろう。


「わかった。じゃあ、今日は一緒に行こうね!」


 私は早々に白旗を上げた。この目で見上げられて、置いていける人がいるなら、見てみたい。


 ペット用のキャリーバッグを取り出し、ルゥをそっと中へ入れる。クッションの感触が気に入ったのか、ルゥはすぐに丸くなって、ごろごろと喉を鳴らした。


「じゃあ、チィ。ちょっと買い物に行ってくるね。お水とご飯はここにあるから、ゆっくり休んでいてね」


「みゃう」


 寝床の上で顔を上げたチィの額に、指先でそっと触れる。琥珀色の首輪は、脚が治ってから少しずつ慣らそう。買い物は必要なものだけにして、なるべく早く帰ろう。


 * * *


 最初に向かったのは、駅前にある大型のペット用品店だった。


 探索者向けの装備店も近くにあるので、普段の買い物にも便利な場所だ。ルゥの入ったキャリーバッグを肩に掛け、店内へと入る。


 入口のすぐ脇には、小動物のコーナーがあった。


 ガラスケースの中に、子猫が二匹。その隣にはハムスターやうさぎ、止まり木にはインコが一羽。いつもなら、にぎやかな場所のはずだ。


 けれど今日は、やけに静かだった。


 子猫たちはケースの隅で身を寄せ合って動かず、うさぎは耳をぴったり伏せている。さっきまで回し車を回していたらしいハムスターも、いつの間にか巣箱に引っ込んでしまった。


「あれ? 今日はみんな、おとなしいなぁ」


 近くで陳列棚を整えていた店員さんが、首を傾げている。


「お昼寝の時間なのかもしれませんね」


 私はそう言って、笑ってごまかした。


 ……ルゥの方を見ると、キャリーバッグの中でくわあっと大きなあくびをしていた。


 気のせいだよね。たぶん。


 * * *


 気を取り直して、猫用品の売り場へ向かう。


 丸いドーナツ型、屋根のついた家型、ふかふかの毛布が敷かれた籠型。ベッドだけでもずらりと並んでいて、私は両手を胸の前で組んだ。


「……かわいい。ルゥ、どれがいい?」


 バッグの中のルゥに話しかけると、ルゥは籠型には目もくれず、前足を縁に掛けて、丸いドーナツ型のベッドを見つめた。


「みゃっ」


「そっか! ルゥはこっちがいいんだね!」


 本当に選んだのかどうかはわからない。それでも、私にはルゥが自分で選んでくれたように思えた。チィには、体を包み込んでくれる柔らかな籠型を選んで、ベッドは二つ。


 おもちゃのコーナーでは、ルゥが丸い布玉に前足を伸ばした。


 ちょん。ちょん、ちょん。


「みゃっ!」


「じゃあ、それも買おうね」


 布玉つきの猫じゃらしと、柔らかいボールをカゴへ入れる。そのあとも、食器に水飲み容器、ブラシ、清潔なタオル、猫用フードのお試し小袋と、あれもこれもと選んでいるうちに、買い物カゴはずいぶん賑やかになっていた。


「……あれ? 私、こんなに買うつもりだったっけ?」


 二匹が喜んでくれるなら、いいよね。これは必要経費だ。


 会計に向かおうとしたとき、近くにいた女性が足を止めた。


「あの……すみません。その子、猫ちゃんですか?」


 遠慮がちにキャリーバッグを指さされて、私は苦笑いを浮かべた。ダンジョンで出会ったモンスターだと、むやみに話すのはやめておこう。


「猫に似ていますけど、ちょっと違うみたいで……」


「わあ、かわいい! 背中の羽も素敵。それに、首輪も綺麗ですね。どこで買われたんですか?」


「職人さんに作ってもらったんです。素材が、ちょっと特別で……」


 六百万円相当の素材だとは、さすがに言えない。


 女性が目を輝かせて覗き込むと、ルゥは彼女を見上げて「みゃう」と鳴いた。


「きゃっ、鳴いた!」


 女性は両手で口元を押さえた。わかります。その気持ち、ものすごくわかります。


 けれど、ルゥは愛想を振りまくこともなく、すぐに私のほうへ顔を向けた。前足で私の服をちょいちょいと引っかく。


「どうしたの、ルゥ? ……あ、私に構ってほしかったの?」


 そっと指を差し入れると、ルゥはその指に頬をすり寄せた。そして、ぺろり。


「…………」


 私は固まった。


 ルゥが、私の指を舐めてくれたのだ。


「……すみません。この子がかわいくて、つい」


 女性に向かって、真剣に頭を下げる。女性は目をぱちくりさせて困惑していたけれど、私にはそれどころではなかった。


 今日も最高の日である。


 * * *


 買い物を終えて店を出た私は、荷物を持ち直しながら、キャリーバッグの中をのぞいた。


「ルゥ、疲れてない? おうちに着いたら、ひと休みしようね」


「みゃう」


 そんなことを考えながら歩いていると、道の向こうから、大きな犬を連れた男性がやってきた。


 ジャーマンシェパードに似た、引き締まった体つきの犬だった。首輪には、探索者協会の認識票が下がっている。ダンジョンにも同行する相棒なのだろう。落ち着いた足取りで、鋭い目が、周囲の様子を絶えず観察しているのがわかる。


 犬は最初、飼い主の隣を堂々と歩いていた。


 ところが、私が肩に掛けたキャリーバッグを見た瞬間、ぴたりと足を止めた。


「おい、どうした?」


 男性が、リードを軽く引いて声をかける。


 犬は吠えなかった。


 その代わり、耳を伏せ、尻尾を腹の下に丸め込むと、飼い主の前へ回り込んで身を低くした。まるで、飼い主を背に隠すみたいに。そして、全身を小刻みに震わせながら、じりじりと後ずさりを始める。


「おいおい……。ゴブリンの群れにだって吠え返す奴が、何を怖がってるんだ?」


 男性はしゃがみ込んで、戸惑いながら犬の首筋を撫でた。


 犬は飼い主を見ようともしなかった。視線はずっと、私の肩のキャリーバッグに釘付けになっている。それから、ほんの一瞬だけ、私の袖口へ向いた。鼻先がひくりと動き、震えがさらに強くなる。


 男性は、その視線を追って、キャリーバッグへ目を向けた。ほんの一瞬、表情が鋭くなる。けれど、私と目が合うと、すぐに気まずそうな苦笑いを浮かべた。


「……すみません。いつもは、こんなことないんですが」


 男性は私に頭を下げると、震える犬を半ば抱えるようにして、足早に去っていった。


 私はバッグを抱え直して、その背中を見送った。


「……どうしたんだろう?」


 ルゥはバッグの中で、きょとんとした顔をしていた。金色の瞳をぱちぱちさせて犬を見つめ、それから小さくあくびをして、また丸くなる。


 さっきのペットショップの、静まり返った小動物たち。そして、今の犬。


 偶然にしては、少し続きすぎている気がした。


 * * *


 家に帰ると、チィは寝床の上で顔を上げた。


「ただいまー! いい子にしてた?」


「みゃう」


 まずチィの脚の様子を確かめる。まだ少しかばっているものの、昨日よりは落ち着いているようだ。


 それから、新しく買ってきたベッドを二つ並べた。


「さあ、どっちが気に入るかな?」


 ルゥはさっそく丸いベッドへ飛び込み、くるりと回って丸くなると、ごろごろと喉を鳴らし始めた。


 その一方、チィは籠型のベッドを見つめていた。すぐには近づかない。私が少し離れて待っていると、慎重に鼻先を伸ばして、くん、くん、と匂いを確かめる。そして、ゆっくりと前足を乗せた。


「……ふふっ。よかった」


 しばらくすると、チィはベッドの上で体を丸めた。


 ルゥは甘えん坊で、チィはまだ臆病。性格はずいぶん違うけれど、どちらも大切な子だ。


 猫用フードのお試し小袋を開けて、ルゥの小皿に少しだけ入れてみる。ルゥは鼻を近づけて匂いを嗅ぎ、一粒だけ前足でちょんと転がすと、ぷいと顔をそむけた。


「あれ? 食べないの? ……グルメなのかな」


 まあ、慣れるまでは時間がかかるかもしれない。いろんな種類を、少しずつ試してみよう。


 そのとき、ルゥがベッドから出てきて、私の腕にぽすんと頭をこすりつけた。


 袖口のあたりに、ぐりぐり、ぐりぐり。


 ちょうど、あの犬が鼻先を向けていた場所だった。


 私は自分の袖を持ち上げて、匂いを嗅いでみた。洗剤の匂いと、少しだけ薬草の匂い。それだけだ。


 ……でも。


 チィが寝床から顔を上げて、同じ袖口を見つめていた。


「……チィ?」


「みゃう」


 チィはすぐに目をそらして、丸くなってしまった。


 私はルゥの頭を撫でながら、もう一度、自分の袖口に目を落とした。


 あの犬は、本当にルゥを怖がっていたのだろうか。それとも、この薬草の匂いのほうが……?


「……次の配信は、薬草の解説にしようかな。詳しい人にも、聞いてみよう」


「みゃっ!」


 ルゥが元気よく鳴いて、チィも寝床の中で小さく耳を動かした。


 二匹の様子に、私はほっと笑ってしまう。けれど、袖口に残った小さな違和感だけは、なかなか消えてくれなかった。

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