激カワネッコとお買い物に行ったら、動物たちが静まり返りました
翌日、チィのための寝床や食事用の容器などを買いに行くつもりだった、私は玄関で買い物用のバッグを手にしたまま、私は振り返った。
「……ルゥ、本当に一緒に行くの?」
部屋の真ん中では、ルゥがちょこんと座っている。砂色のふわふわした毛並みに、黒い耳房。背中の小さな翼はすっかり元気になり、今では家の中を飛び回ることもある。首元では、水色の首輪が窓の光を受けてきらりと光った。今日は慣らしの練習中だ。
金色の瞳が、じっと私を見上げている。
「みゃう」
「……うっ」
私は胸を押さえて呻いた。だめだ。その顔は反則だよ、ルゥ。
今日は、。チィはまだ脚を痛めているので、家で安静にしてもらっている。そのため、最初はルゥを連れていくつもりはなかった。
けれど、出かける準備を始めてからというもの、ルゥはずっと私の後をついてきている。そして今、玄関で私の服の裾を、前足でぎゅっとつかんでいた。
「でも、今日はチィのこともあるし、あまり長い時間は出かけられないんだよ?」
しゃがんで目線を合わせ、人差し指を立てて言い聞かせる。
「みゃっ!」
「本当にわかってる?」
「みゃう!」
……うん。たぶん、わかっていない。ただ、一緒に出かけたいのだろう。
「わかった。じゃあ、今日は一緒に行こうね!」
私は早々に白旗を上げた。この目で見上げられて、置いていける人がいるなら、見てみたい。
ペット用のキャリーバッグを取り出し、ルゥをそっと中へ入れる。クッションの感触が気に入ったのか、ルゥはすぐに丸くなって、ごろごろと喉を鳴らした。
「じゃあ、チィ。ちょっと買い物に行ってくるね。お水とご飯はここにあるから、ゆっくり休んでいてね」
「みゃう」
寝床の上で顔を上げたチィの額に、指先でそっと触れる。琥珀色の首輪は、脚が治ってから少しずつ慣らそう。買い物は必要なものだけにして、なるべく早く帰ろう。
* * *
最初に向かったのは、駅前にある大型のペット用品店だった。
探索者向けの装備店も近くにあるので、普段の買い物にも便利な場所だ。ルゥの入ったキャリーバッグを肩に掛け、店内へと入る。
入口のすぐ脇には、小動物のコーナーがあった。
ガラスケースの中に、子猫が二匹。その隣にはハムスターやうさぎ、止まり木にはインコが一羽。いつもなら、にぎやかな場所のはずだ。
けれど今日は、やけに静かだった。
子猫たちはケースの隅で身を寄せ合って動かず、うさぎは耳をぴったり伏せている。さっきまで回し車を回していたらしいハムスターも、いつの間にか巣箱に引っ込んでしまった。
「あれ? 今日はみんな、おとなしいなぁ」
近くで陳列棚を整えていた店員さんが、首を傾げている。
「お昼寝の時間なのかもしれませんね」
私はそう言って、笑ってごまかした。
……ルゥの方を見ると、キャリーバッグの中でくわあっと大きなあくびをしていた。
気のせいだよね。たぶん。
* * *
気を取り直して、猫用品の売り場へ向かう。
丸いドーナツ型、屋根のついた家型、ふかふかの毛布が敷かれた籠型。ベッドだけでもずらりと並んでいて、私は両手を胸の前で組んだ。
「……かわいい。ルゥ、どれがいい?」
バッグの中のルゥに話しかけると、ルゥは籠型には目もくれず、前足を縁に掛けて、丸いドーナツ型のベッドを見つめた。
「みゃっ」
「そっか! ルゥはこっちがいいんだね!」
本当に選んだのかどうかはわからない。それでも、私にはルゥが自分で選んでくれたように思えた。チィには、体を包み込んでくれる柔らかな籠型を選んで、ベッドは二つ。
おもちゃのコーナーでは、ルゥが丸い布玉に前足を伸ばした。
ちょん。ちょん、ちょん。
「みゃっ!」
「じゃあ、それも買おうね」
布玉つきの猫じゃらしと、柔らかいボールをカゴへ入れる。そのあとも、食器に水飲み容器、ブラシ、清潔なタオル、猫用フードのお試し小袋と、あれもこれもと選んでいるうちに、買い物カゴはずいぶん賑やかになっていた。
「……あれ? 私、こんなに買うつもりだったっけ?」
二匹が喜んでくれるなら、いいよね。これは必要経費だ。
会計に向かおうとしたとき、近くにいた女性が足を止めた。
「あの……すみません。その子、猫ちゃんですか?」
遠慮がちにキャリーバッグを指さされて、私は苦笑いを浮かべた。ダンジョンで出会ったモンスターだと、むやみに話すのはやめておこう。
「猫に似ていますけど、ちょっと違うみたいで……」
「わあ、かわいい! 背中の羽も素敵。それに、首輪も綺麗ですね。どこで買われたんですか?」
「職人さんに作ってもらったんです。素材が、ちょっと特別で……」
六百万円相当の素材だとは、さすがに言えない。
女性が目を輝かせて覗き込むと、ルゥは彼女を見上げて「みゃう」と鳴いた。
「きゃっ、鳴いた!」
女性は両手で口元を押さえた。わかります。その気持ち、ものすごくわかります。
けれど、ルゥは愛想を振りまくこともなく、すぐに私のほうへ顔を向けた。前足で私の服をちょいちょいと引っかく。
「どうしたの、ルゥ? ……あ、私に構ってほしかったの?」
そっと指を差し入れると、ルゥはその指に頬をすり寄せた。そして、ぺろり。
「…………」
私は固まった。
ルゥが、私の指を舐めてくれたのだ。
「……すみません。この子がかわいくて、つい」
女性に向かって、真剣に頭を下げる。女性は目をぱちくりさせて困惑していたけれど、私にはそれどころではなかった。
今日も最高の日である。
* * *
買い物を終えて店を出た私は、荷物を持ち直しながら、キャリーバッグの中をのぞいた。
「ルゥ、疲れてない? おうちに着いたら、ひと休みしようね」
「みゃう」
そんなことを考えながら歩いていると、道の向こうから、大きな犬を連れた男性がやってきた。
ジャーマンシェパードに似た、引き締まった体つきの犬だった。首輪には、探索者協会の認識票が下がっている。ダンジョンにも同行する相棒なのだろう。落ち着いた足取りで、鋭い目が、周囲の様子を絶えず観察しているのがわかる。
犬は最初、飼い主の隣を堂々と歩いていた。
ところが、私が肩に掛けたキャリーバッグを見た瞬間、ぴたりと足を止めた。
「おい、どうした?」
男性が、リードを軽く引いて声をかける。
犬は吠えなかった。
その代わり、耳を伏せ、尻尾を腹の下に丸め込むと、飼い主の前へ回り込んで身を低くした。まるで、飼い主を背に隠すみたいに。そして、全身を小刻みに震わせながら、じりじりと後ずさりを始める。
「おいおい……。ゴブリンの群れにだって吠え返す奴が、何を怖がってるんだ?」
男性はしゃがみ込んで、戸惑いながら犬の首筋を撫でた。
犬は飼い主を見ようともしなかった。視線はずっと、私の肩のキャリーバッグに釘付けになっている。それから、ほんの一瞬だけ、私の袖口へ向いた。鼻先がひくりと動き、震えがさらに強くなる。
男性は、その視線を追って、キャリーバッグへ目を向けた。ほんの一瞬、表情が鋭くなる。けれど、私と目が合うと、すぐに気まずそうな苦笑いを浮かべた。
「……すみません。いつもは、こんなことないんですが」
男性は私に頭を下げると、震える犬を半ば抱えるようにして、足早に去っていった。
私はバッグを抱え直して、その背中を見送った。
「……どうしたんだろう?」
ルゥはバッグの中で、きょとんとした顔をしていた。金色の瞳をぱちぱちさせて犬を見つめ、それから小さくあくびをして、また丸くなる。
さっきのペットショップの、静まり返った小動物たち。そして、今の犬。
偶然にしては、少し続きすぎている気がした。
* * *
家に帰ると、チィは寝床の上で顔を上げた。
「ただいまー! いい子にしてた?」
「みゃう」
まずチィの脚の様子を確かめる。まだ少しかばっているものの、昨日よりは落ち着いているようだ。
それから、新しく買ってきたベッドを二つ並べた。
「さあ、どっちが気に入るかな?」
ルゥはさっそく丸いベッドへ飛び込み、くるりと回って丸くなると、ごろごろと喉を鳴らし始めた。
その一方、チィは籠型のベッドを見つめていた。すぐには近づかない。私が少し離れて待っていると、慎重に鼻先を伸ばして、くん、くん、と匂いを確かめる。そして、ゆっくりと前足を乗せた。
「……ふふっ。よかった」
しばらくすると、チィはベッドの上で体を丸めた。
ルゥは甘えん坊で、チィはまだ臆病。性格はずいぶん違うけれど、どちらも大切な子だ。
猫用フードのお試し小袋を開けて、ルゥの小皿に少しだけ入れてみる。ルゥは鼻を近づけて匂いを嗅ぎ、一粒だけ前足でちょんと転がすと、ぷいと顔をそむけた。
「あれ? 食べないの? ……グルメなのかな」
まあ、慣れるまでは時間がかかるかもしれない。いろんな種類を、少しずつ試してみよう。
そのとき、ルゥがベッドから出てきて、私の腕にぽすんと頭をこすりつけた。
袖口のあたりに、ぐりぐり、ぐりぐり。
ちょうど、あの犬が鼻先を向けていた場所だった。
私は自分の袖を持ち上げて、匂いを嗅いでみた。洗剤の匂いと、少しだけ薬草の匂い。それだけだ。
……でも。
チィが寝床から顔を上げて、同じ袖口を見つめていた。
「……チィ?」
「みゃう」
チィはすぐに目をそらして、丸くなってしまった。
私はルゥの頭を撫でながら、もう一度、自分の袖口に目を落とした。
あの犬は、本当にルゥを怖がっていたのだろうか。それとも、この薬草の匂いのほうが……?
「……次の配信は、薬草の解説にしようかな。詳しい人にも、聞いてみよう」
「みゃっ!」
ルゥが元気よく鳴いて、チィも寝床の中で小さく耳を動かした。
二匹の様子に、私はほっと笑ってしまう。けれど、袖口に残った小さな違和感だけは、なかなか消えてくれなかった。




