ルゥとチィの新しい首輪
翌日、私は探索者協会から紹介された工房を訪ねた。
案内された工房では、白髪交じりの職人さんが、持ち込んだ素材を作業台に広げ、虫眼鏡越しに慎重に確かめていた。
「間違いなくスパイダーシルクだな。しかも、かなり質がいい。これだけのものは、そうそうお目にかかれないぞ」
職人さんは糸を一本つまみ上げ、光にかざしながら、感心したように唸った。
「やっぱり、すごい素材なんですね」
私は少し身を乗り出して、その手元を覗き込んだ。
「すごいどころじゃない。軽くて丈夫なうえに、魔力の通りもいい。防具や魔道具に使えば、かなりの品が作れるだろう」
顔を上げた職人さんは、腕を組んで私を見た。
協会で聞いた説明と同じだ。あの巨大な蜘蛛を倒したときは、素材の価値なんて考えていなかった。チィを助けることに夢中で、ドロップ品を拾ったのも、その後だったのだから。
「それで、こんな貴重な素材を持ってきたんだ。何を作りたいんだい?」
「ルゥとチィの首輪をお願いしたいんです!」
私はスマートフォンに保存しておいた二匹の写真を、作業台の上に差し出した。
職人さんは写真と素材を交互に見比べて、しばらく黙り込んだ。虫眼鏡を持った手が、ぴたりと止まっている。
「……首輪?」
「はい。二匹ともダンジョンに行くことがありますし、軽くて丈夫なものがあったらいいなと思って」
私がにこにこしながら頷くと、職人さんは片手で額を押さえた。
「いや、理由はわかる。わかるが……スパイダーシルクで猫の首輪か」
その声には、なんとも言えない響きがあった。
高級防具や魔道具に使う素材で、猫の首輪。言われてみれば、ちょっと贅沢すぎる気もする。
でも、ルゥもチィも私にとって大切な家族だ。二匹が安全に、快適に過ごせるものなら、素材を活かす使い道として悪くないと思う。
「素材は全部使わなくても大丈夫です。必要な分だけ使って、残りは持ち帰りたいんです」
私が指で「少しだけ」の形を作ると、職人さんは大きく頷いた。
「そうしてくれ。これほどの素材を首輪だけに使い切るのは、さすがにもったいないからな」
「はい。二匹の分だけでお願いします」
職人さんは納得したように頷くと、鉛筆を手に取り、首輪のデザインについて尋ねてきた。
「色や形に希望はあるか?」
「ルゥは水色がいいです。毛の色にも似合いそうですし、翼の色とも合うと思うので」
私は写真のルゥを指さしながら答えた。
「ふむ。では、銀白色の糸を縁に使ってみるか。スパイダーシルクの色も活かせる」
職人さんは、紙の隅にさらさらと線を引いた。
「素敵です!」
「もう一匹は?」
「チィは黄色なので、琥珀色がいいかなって。黒い模様にも合いそうです」
「同じ素材を使いながら、色は変えるわけか」
鉛筆の先で、顎をとんとんと叩く職人さん。
「はい。でも、銀白色の糸を共通にして、おそろいっぽくしたいです」
ルゥとチィは、毛色も雰囲気も違う。だから、まったく同じものより、それぞれに似合う色にしたい。でも、二匹が一緒に並んだときには、ちゃんとおそろいだとわかるように。
そう説明すると、職人さんは少し楽しそうに笑って、ぽんと膝を叩いた。
「なるほど。よし、その方向で考えてみよう」
それから職人さんは鉛筆を置いて、真面目な顔つきになった。
「首輪は、ただ丈夫に作ればいいというものでもない。何かに引っかかったときのことも考えておく必要がある」
指を一本立てて、職人さんは続けた。
「一定以上の力がかかったら外れる留め具にしよう。ただし、普段の動きで簡単に外れても困る。その加減を調整する必要があるな」
「そこは私も気になっていました。ダンジョンの中では、草や枝だけじゃなくて、いろんなものに引っかかるかもしれませんから」
私は真剣な顔で頷いた。
「よし。首に当たる内側も柔らかくして、なるべく負担がかからないようにしよう」
「お願いします!」
私は大きく頭を下げた。せっかく作ってもらうのだから、見た目がかわいいだけでは困る。二匹が普段の生活でもダンジョンでも、安心して身につけられるものにしたい。
まずは試作品を作ってもらい、サイズや留め具の具合を確かめてから仕上げることになった。
* * *
数日後、私はルゥとチィを連れて、再び工房を訪ねた。
事前に連絡したところ、首輪のサイズをきちんと合わせるため、実際に二匹を連れてきてほしいと言われたのだ。
ルゥは私の腕の中で興味深そうに工房を見回し、チィは慣れない場所に少し緊張した様子で、私の足元に寄り添っていた。
「この子たちが、首輪を着ける本人たちか」
職人さんはしゃがんで二匹と目線を合わせ、穏やかに声をかけた。
「はい。こちらがルゥで、こっちがチィです」
私は二匹を順番に指し示しながら紹介した。
「怖がらなくていいぞ。ちょっと大きさを確認するだけだからな」
職人さんは大きな手をそっと伸ばして、まずルゥの首回りを測り、試作品を軽く合わせた。続いてチィの番になる。
チィは首に触れられると、少し身を引いた。私はそばにしゃがんで、背中を撫でながら、「大丈夫だよ」と小声で声をかけた。やがてチィは、少しずつ力を抜いてくれた。
「うん。二匹とも、これなら大丈夫そうだ」
職人さんは首輪を外して、実際に引っ張りながら具合を確かめ、留め具の力加減を調整していく。
「こういう調整って、難しいんですね」
私は感心して、横から手元を覗き込んだ。
「使う場所や相手によって、ちょうどいい加減は変わるからな。今回は猫が使うものだ。見た目だけで決めるわけにはいかんさ」
職人さんは手を止めずに答えた。
ルゥは首輪を外されたあとも、特に気にする様子はなかった。一方、チィは首元を気にするように前足を上げたので、私は無理をさせないよう、すぐに試着を終わらせた。
「今日はここまでにしましょう。チィ、よく頑張ったね」
チィの頭を撫でると、チィは「みゃっ」と小さく鳴いて、私の手へ額を寄せてくれた。
職人さんは奥の作業台で、最後の仕上げを済ませてくれた。やがて戻ってきて、二つの首輪を、私の目の前に並べる。
水色と琥珀色。どちらにも余計な飾りはなく、縁には銀白色の糸が、丁寧に編み込まれている。光を受けると、主張しすぎず、上品に輝いた。
「今日の様子を見て、細かいところを直しておいた。水色のほうがルゥ用、琥珀色のほうがチィ用だ。最初から長時間着けっぱなしにはせず、少しずつ慣らしてくれ。首元を気にしたり、皮膚や毛に異常が出たりしたら、すぐに外すんだぞ」
職人さんは一本ずつ指を立てて、注意点を伝えてくれた。
手に取ると、驚くほど軽い。それなのに、糸の編み込みはしっかりしていて、ちょっと引っ張ったくらいではびくともしなさそうだった。
「すごい……! 細かいところまで調整してくださって、ありがとうございます。二匹もきっと喜びます」
私は深く頭を下げた。
「気に入ってくれるといいがな」
職人さんは、照れたように鼻の下をこすった。
* * *
家に帰ると、ルゥは真っ先に部屋へ駆けていき、翼をぱたぱたさせて私を待っていた。チィも少し遅れて、部屋の隅からこちらをのぞいている。
「ほら、二匹とも。さっき作ってもらった首輪だよ。もう一回だけ、着けてみようね」
二匹の前に、首輪をそっと置いた。
ルゥは興味津々といった様子で近づき、まずは水色の首輪に鼻を寄せる。チィも琥珀色の首輪をくんくんと嗅いでから、私の顔を見上げた。
まずはルゥに、水色の首輪を着けてみた。
ふわふわの毛に水色がよく映えて、銀白色の縁取りが翼の色にも似合っている。
「わあ、ルゥ、かわいい!」
私は両手を口元に当てて、思わず歓声を上げた。
「みゃうっ!」
ルゥは首元を気にする様子もなく、嬉しそうに私の手へ頭をこすりつけた。
続いて、チィに琥珀色の首輪を着ける。黄色い毛に黒い斑点、そこへ琥珀色と銀白色が加わると、落ち着いた雰囲気になった。
「チィも似合ってるよ。うん、すごくかわいい」
私は目を細めて、そっとチィの頭を撫でた。
「みゃ……?」
チィは少し戸惑ったように首を動かし、首輪の感触を確かめるように前足を上げた。
「大丈夫? 苦しくない?」
しゃがみ込んで、首輪の位置を確かめる。チィは嫌がって暴れるようなことはなかったけれど、首元を気にしているのは確かだった。
首輪を着けるのは初めてなのだから、短い時間で切り上げよう。
せっかくなら、このかわいさを、みんなにも見てもらいたい。二匹の様子を見守りながら、私は配信の準備を始めた。
* * *
「こんにちは、小鳥遊ひよりです! 今日は、皆さんにお見せしたいものがあるんです」
配信を始めると、いつものようにコメントが流れ始めた。
〈ひよりさん、こんにちは!〉
〈今日はルゥちゃんもいる?〉
〈チィちゃんの足、その後どう?〉
「チィの脚は、だいぶ落ち着いてきました。まだ無理はさせられませんけど、今日は家でゆっくりしています」
チィは私のそばでちょこんと座り、時折、首を傾けながらカメラを見ている。ルゥはその隣で、翼をふわりと動かしていた。
「それで、今日お見せしたいものというのが……こちらです!」
私は二匹の首元が見えるように、カメラの角度を調整した。
水色の首輪を着けたルゥ。琥珀色の首輪を着けたチィ。どちらにも銀白色の糸が編み込まれていて、二匹が並ぶと、色違いのおそろいになっている。
〈えっ、首輪!?〉
〈ルゥちゃんの水色、めちゃくちゃ似合ってる!〉
〈チィちゃんは琥珀色なんだ! 黄色い毛と黒い模様に合ってるなあ〉
〈銀色の縁取りがおしゃれ!〉
〈二匹で色違いなの、かわいすぎる〉
コメント欄が、あっという間に流れていく。
「えへへ、ありがとうございます。二匹のために作ってもらったんです」
私が照れ笑いを浮かべると、ルゥは褒められているのがわかるのか、得意げに胸を張った。チィは少し照れくさそうに、私のそばへ寄ってくる。
〈ところで、その糸って……〉
〈銀白色で、あの光沢。ちょっと待って、まさかスパイダーシルク?〉
〈えっ、あの蜘蛛のドロップ品!?〉
〈探索者協会で鑑定してもらったって言ってた、あれか!〉
そのコメントを見て、私は頷いた。
「はい。前にダンジョンで拾ったスパイダーシルクを、少しだけ使ってもらいました」
〈少しだけって、あのスパイダーシルク!?〉
〈高級防具や魔道具に使うやつじゃないの!?〉
〈確か、協会の参考評価額が六百万円相当とかいう話だったよな?〉
〈六百万円相当の素材を猫の首輪に使ったの!?〉
コメント欄が、さっきとは違う意味で騒がしくなった。
「えっと、六百万円というのは素材全体の参考評価額ですよ。今回使ったのは、本当にほんの一部です。残りはちゃんと取ってあります」
私は両手を小さく振って、慌てて説明した。
〈いや、そういう問題なのかな!?〉
〈素材の一部でも十分すごいのでは……〉
〈高級素材の使い道が猫の首輪って、ひよりさんらしいなw〉
「でも、軽くて丈夫だし、留め具も職人さんが細かいところまで工夫してくれたので、安心して着けられるんです」
私はルゥの首輪に、そっと指を添えた。
〈ちゃんと安全面まで考えてるの、いいね〉
〈かわいいだけじゃなくて、実用性もあるんだ〉
「はい。私ではわからないところまで考えてくださって、本当にありがたかったです」
首輪は、二匹が毎日身につけるものだ。どんなに素材がよくても、使いにくかったり、危なかったりしたら意味がない。そこまで考えて作ってくれた職人さんには、感謝してもしきれない。
〈その工房、どこにあるんですか?〉
〈うちの子にも作ってほしい!〉
〈オーダーメイドできるなら頼んでみたいな〉
〈職人さんの名前、教えてほしい!〉
今度は、工房について尋ねるコメントが目立ち始めた。
「工房のことは、職人さんに確認してからですね。皆さんが喜んでくれたことは、ちゃんと伝えておきます!」
私はカメラに向かって、はっきりと言った。詳しいことを私の判断だけで公開するわけにはいかない。職人さんにも都合があるだろうし、依頼を受けられる数にも限りがあるはずだ。
それでも、二匹の首輪を見た人たちが、作ってくれた職人さんにも興味を持ってくれたのは嬉しかった。
「それでは、もう少しだけ二匹の首輪を見てもらいましょうか。ルゥ、こっちを向いてくれる?」
カメラを二匹に向けて、ルゥに手招きをする。
「みゃっ!」
ルゥが顔を上げると、水色の首輪の銀白色の縁取りが、光を受けてきらりと輝いた。
〈あああ、かわいい!〉
〈モデルが上手すぎるw〉
〈ルゥちゃん、完全にわかってるでしょw〉
「チィもお願いね」
私が優しく声をかけると、チィは一度首を傾けたものの、すぐにこちらへ顔を向けてくれた。琥珀色の首輪が、黄色い毛並みと黒い斑点によく馴染んでいる。
〈こっちもかわいい!〉
〈二匹で並んでいるのが最高〉
〈色違いだけど、銀白色の糸で統一されてるのがいいね〉
〈これは職人さんに感謝だわ〉
コメント欄の盛り上がりを見て、私は思わず笑顔になった。
「二匹とも、みんなにかわいいって言ってもらえてよかったね」
ルゥは私の手に頭をこすりつけ、チィも安心したように、私の膝へ身を寄せてきた。
配信を続けながらも、私は二匹の様子をこまめに確認していた。チィが首元を気にし始めたら、すぐに外すつもりだった。
「今日はこのくらいにしておきましょう。首輪は少しずつ慣れてもらうことにしますね」
〈了解! 二匹とも無理しないでね〉
〈かわいい首輪を見せてくれてありがとう!〉
〈職人さんにもよろしく伝えてね!〉
「はい。皆さんの感想も、ちゃんと伝えておきます!」
私は最後に二匹の姿をもう一度カメラに収めてから、配信を終了した。
* * *
配信が終わると、まずチィの首輪を外した。短い時間とはいえ、初めて身につけるものだから、無理はさせたくない。
「お疲れさま、チィ。もう外していいよ」
首元を撫でながら声をかけると、チィは「みゃっ」と小さく鳴いて、ほっとしたように目を細めた。
続いてルゥの首輪も外す。ルゥは少し不思議そうに首を振ったあと、いつものように私の膝へ乗ってきた。
「二匹とも、よく頑張りました」
私は二匹を撫でながら、さっきまで流れていたコメントを思い出した。
首輪の色を褒めてくれた人。二匹のことを心配してくれた人。そして、作ってくれた職人さんにまで興味を持ってくれた人。素材の価値だけでなく、首輪そのものを気に入ってくれたのが嬉しかった。
「明日、職人さんに連絡してみようかな。みんなが喜んでくれたこと、ちゃんと伝えないとね」
ルゥが喉を鳴らし、チィも私の手に額をこつんと押しつけてきた。
机の上には、外したばかりの首輪が二つ並んでいる。
もう少し慣れたら、今度は二匹そろって首輪を着けて、ダンジョンへ出かけよう。水色と琥珀色。銀白色の糸でつながった、二匹だけのおそろいだ。
そのとき、スマートフォンが小さく震えた。
探索者協会からの通知だった。
――ルゥさんとチィさんについて、一度ご相談したいことがあります。お時間のあるときに、ご連絡ください。
「……ご相談?」
私は首を傾げて、膝の上の二匹を見下ろした。
ルゥとチィは、何も知らない顔で、そろって私を見上げていた。




