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底辺薬草配信者、怪我した激カワネッコを拾ったらダンジョン配信が大変なことになりました  作者: 水源


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11/12

ルゥとチィの新しい首輪

 翌日、私は探索者協会から紹介された工房を訪ねた。


 案内された工房では、白髪交じりの職人さんが、持ち込んだ素材を作業台に広げ、虫眼鏡越しに慎重に確かめていた。


「間違いなくスパイダーシルクだな。しかも、かなり質がいい。これだけのものは、そうそうお目にかかれないぞ」


 職人さんは糸を一本つまみ上げ、光にかざしながら、感心したように唸った。


「やっぱり、すごい素材なんですね」


 私は少し身を乗り出して、その手元を覗き込んだ。


「すごいどころじゃない。軽くて丈夫なうえに、魔力の通りもいい。防具や魔道具に使えば、かなりの品が作れるだろう」


 顔を上げた職人さんは、腕を組んで私を見た。


 協会で聞いた説明と同じだ。あの巨大な蜘蛛を倒したときは、素材の価値なんて考えていなかった。チィを助けることに夢中で、ドロップ品を拾ったのも、その後だったのだから。


「それで、こんな貴重な素材を持ってきたんだ。何を作りたいんだい?」


「ルゥとチィの首輪をお願いしたいんです!」


 私はスマートフォンに保存しておいた二匹の写真を、作業台の上に差し出した。


 職人さんは写真と素材を交互に見比べて、しばらく黙り込んだ。虫眼鏡を持った手が、ぴたりと止まっている。


「……首輪?」


「はい。二匹ともダンジョンに行くことがありますし、軽くて丈夫なものがあったらいいなと思って」


 私がにこにこしながら頷くと、職人さんは片手で額を押さえた。


「いや、理由はわかる。わかるが……スパイダーシルクで猫の首輪か」


 その声には、なんとも言えない響きがあった。


 高級防具や魔道具に使う素材で、猫の首輪。言われてみれば、ちょっと贅沢すぎる気もする。


 でも、ルゥもチィも私にとって大切な家族だ。二匹が安全に、快適に過ごせるものなら、素材を活かす使い道として悪くないと思う。


「素材は全部使わなくても大丈夫です。必要な分だけ使って、残りは持ち帰りたいんです」


 私が指で「少しだけ」の形を作ると、職人さんは大きく頷いた。


「そうしてくれ。これほどの素材を首輪だけに使い切るのは、さすがにもったいないからな」


「はい。二匹の分だけでお願いします」


 職人さんは納得したように頷くと、鉛筆を手に取り、首輪のデザインについて尋ねてきた。


「色や形に希望はあるか?」


「ルゥは水色がいいです。毛の色にも似合いそうですし、翼の色とも合うと思うので」


 私は写真のルゥを指さしながら答えた。


「ふむ。では、銀白色の糸を縁に使ってみるか。スパイダーシルクの色も活かせる」


 職人さんは、紙の隅にさらさらと線を引いた。


「素敵です!」


「もう一匹は?」


「チィは黄色なので、琥珀色がいいかなって。黒い模様にも合いそうです」


「同じ素材を使いながら、色は変えるわけか」


 鉛筆の先で、顎をとんとんと叩く職人さん。


「はい。でも、銀白色の糸を共通にして、おそろいっぽくしたいです」


 ルゥとチィは、毛色も雰囲気も違う。だから、まったく同じものより、それぞれに似合う色にしたい。でも、二匹が一緒に並んだときには、ちゃんとおそろいだとわかるように。


 そう説明すると、職人さんは少し楽しそうに笑って、ぽんと膝を叩いた。


「なるほど。よし、その方向で考えてみよう」


 それから職人さんは鉛筆を置いて、真面目な顔つきになった。


「首輪は、ただ丈夫に作ればいいというものでもない。何かに引っかかったときのことも考えておく必要がある」


 指を一本立てて、職人さんは続けた。


「一定以上の力がかかったら外れる留め具にしよう。ただし、普段の動きで簡単に外れても困る。その加減を調整する必要があるな」


「そこは私も気になっていました。ダンジョンの中では、草や枝だけじゃなくて、いろんなものに引っかかるかもしれませんから」


 私は真剣な顔で頷いた。


「よし。首に当たる内側も柔らかくして、なるべく負担がかからないようにしよう」


「お願いします!」


 私は大きく頭を下げた。せっかく作ってもらうのだから、見た目がかわいいだけでは困る。二匹が普段の生活でもダンジョンでも、安心して身につけられるものにしたい。


 まずは試作品を作ってもらい、サイズや留め具の具合を確かめてから仕上げることになった。


 * * *


 数日後、私はルゥとチィを連れて、再び工房を訪ねた。


 事前に連絡したところ、首輪のサイズをきちんと合わせるため、実際に二匹を連れてきてほしいと言われたのだ。


 ルゥは私の腕の中で興味深そうに工房を見回し、チィは慣れない場所に少し緊張した様子で、私の足元に寄り添っていた。


「この子たちが、首輪を着ける本人たちか」


 職人さんはしゃがんで二匹と目線を合わせ、穏やかに声をかけた。


「はい。こちらがルゥで、こっちがチィです」


 私は二匹を順番に指し示しながら紹介した。


「怖がらなくていいぞ。ちょっと大きさを確認するだけだからな」


 職人さんは大きな手をそっと伸ばして、まずルゥの首回りを測り、試作品を軽く合わせた。続いてチィの番になる。


 チィは首に触れられると、少し身を引いた。私はそばにしゃがんで、背中を撫でながら、「大丈夫だよ」と小声で声をかけた。やがてチィは、少しずつ力を抜いてくれた。


「うん。二匹とも、これなら大丈夫そうだ」


 職人さんは首輪を外して、実際に引っ張りながら具合を確かめ、留め具の力加減を調整していく。


「こういう調整って、難しいんですね」


 私は感心して、横から手元を覗き込んだ。


「使う場所や相手によって、ちょうどいい加減は変わるからな。今回は猫が使うものだ。見た目だけで決めるわけにはいかんさ」


 職人さんは手を止めずに答えた。


 ルゥは首輪を外されたあとも、特に気にする様子はなかった。一方、チィは首元を気にするように前足を上げたので、私は無理をさせないよう、すぐに試着を終わらせた。


「今日はここまでにしましょう。チィ、よく頑張ったね」


 チィの頭を撫でると、チィは「みゃっ」と小さく鳴いて、私の手へ額を寄せてくれた。


 職人さんは奥の作業台で、最後の仕上げを済ませてくれた。やがて戻ってきて、二つの首輪を、私の目の前に並べる。


 水色と琥珀色。どちらにも余計な飾りはなく、縁には銀白色の糸が、丁寧に編み込まれている。光を受けると、主張しすぎず、上品に輝いた。


「今日の様子を見て、細かいところを直しておいた。水色のほうがルゥ用、琥珀色のほうがチィ用だ。最初から長時間着けっぱなしにはせず、少しずつ慣らしてくれ。首元を気にしたり、皮膚や毛に異常が出たりしたら、すぐに外すんだぞ」


 職人さんは一本ずつ指を立てて、注意点を伝えてくれた。


 手に取ると、驚くほど軽い。それなのに、糸の編み込みはしっかりしていて、ちょっと引っ張ったくらいではびくともしなさそうだった。


「すごい……! 細かいところまで調整してくださって、ありがとうございます。二匹もきっと喜びます」


 私は深く頭を下げた。


「気に入ってくれるといいがな」


 職人さんは、照れたように鼻の下をこすった。


 * * *


 家に帰ると、ルゥは真っ先に部屋へ駆けていき、翼をぱたぱたさせて私を待っていた。チィも少し遅れて、部屋の隅からこちらをのぞいている。


「ほら、二匹とも。さっき作ってもらった首輪だよ。もう一回だけ、着けてみようね」


 二匹の前に、首輪をそっと置いた。


 ルゥは興味津々といった様子で近づき、まずは水色の首輪に鼻を寄せる。チィも琥珀色の首輪をくんくんと嗅いでから、私の顔を見上げた。


 まずはルゥに、水色の首輪を着けてみた。


 ふわふわの毛に水色がよく映えて、銀白色の縁取りが翼の色にも似合っている。


「わあ、ルゥ、かわいい!」


 私は両手を口元に当てて、思わず歓声を上げた。


「みゃうっ!」


 ルゥは首元を気にする様子もなく、嬉しそうに私の手へ頭をこすりつけた。


 続いて、チィに琥珀色の首輪を着ける。黄色い毛に黒い斑点、そこへ琥珀色と銀白色が加わると、落ち着いた雰囲気になった。


「チィも似合ってるよ。うん、すごくかわいい」


 私は目を細めて、そっとチィの頭を撫でた。


「みゃ……?」


 チィは少し戸惑ったように首を動かし、首輪の感触を確かめるように前足を上げた。


「大丈夫? 苦しくない?」


 しゃがみ込んで、首輪の位置を確かめる。チィは嫌がって暴れるようなことはなかったけれど、首元を気にしているのは確かだった。


 首輪を着けるのは初めてなのだから、短い時間で切り上げよう。


 せっかくなら、このかわいさを、みんなにも見てもらいたい。二匹の様子を見守りながら、私は配信の準備を始めた。


 * * *


「こんにちは、小鳥遊ひよりです! 今日は、皆さんにお見せしたいものがあるんです」


 配信を始めると、いつものようにコメントが流れ始めた。


 〈ひよりさん、こんにちは!〉


 〈今日はルゥちゃんもいる?〉


 〈チィちゃんの足、その後どう?〉


「チィの脚は、だいぶ落ち着いてきました。まだ無理はさせられませんけど、今日は家でゆっくりしています」


 チィは私のそばでちょこんと座り、時折、首を傾けながらカメラを見ている。ルゥはその隣で、翼をふわりと動かしていた。


「それで、今日お見せしたいものというのが……こちらです!」


 私は二匹の首元が見えるように、カメラの角度を調整した。


 水色の首輪を着けたルゥ。琥珀色の首輪を着けたチィ。どちらにも銀白色の糸が編み込まれていて、二匹が並ぶと、色違いのおそろいになっている。


 〈えっ、首輪!?〉


 〈ルゥちゃんの水色、めちゃくちゃ似合ってる!〉


 〈チィちゃんは琥珀色なんだ! 黄色い毛と黒い模様に合ってるなあ〉


 〈銀色の縁取りがおしゃれ!〉


 〈二匹で色違いなの、かわいすぎる〉


 コメント欄が、あっという間に流れていく。


「えへへ、ありがとうございます。二匹のために作ってもらったんです」


 私が照れ笑いを浮かべると、ルゥは褒められているのがわかるのか、得意げに胸を張った。チィは少し照れくさそうに、私のそばへ寄ってくる。


 〈ところで、その糸って……〉


 〈銀白色で、あの光沢。ちょっと待って、まさかスパイダーシルク?〉


 〈えっ、あの蜘蛛のドロップ品!?〉


 〈探索者協会で鑑定してもらったって言ってた、あれか!〉


 そのコメントを見て、私は頷いた。


「はい。前にダンジョンで拾ったスパイダーシルクを、少しだけ使ってもらいました」


 〈少しだけって、あのスパイダーシルク!?〉


 〈高級防具や魔道具に使うやつじゃないの!?〉


 〈確か、協会の参考評価額が六百万円相当とかいう話だったよな?〉


 〈六百万円相当の素材を猫の首輪に使ったの!?〉


 コメント欄が、さっきとは違う意味で騒がしくなった。


「えっと、六百万円というのは素材全体の参考評価額ですよ。今回使ったのは、本当にほんの一部です。残りはちゃんと取ってあります」


 私は両手を小さく振って、慌てて説明した。


 〈いや、そういう問題なのかな!?〉


 〈素材の一部でも十分すごいのでは……〉


 〈高級素材の使い道が猫の首輪って、ひよりさんらしいなw〉


「でも、軽くて丈夫だし、留め具も職人さんが細かいところまで工夫してくれたので、安心して着けられるんです」


 私はルゥの首輪に、そっと指を添えた。


 〈ちゃんと安全面まで考えてるの、いいね〉


 〈かわいいだけじゃなくて、実用性もあるんだ〉


「はい。私ではわからないところまで考えてくださって、本当にありがたかったです」


 首輪は、二匹が毎日身につけるものだ。どんなに素材がよくても、使いにくかったり、危なかったりしたら意味がない。そこまで考えて作ってくれた職人さんには、感謝してもしきれない。


 〈その工房、どこにあるんですか?〉


 〈うちの子にも作ってほしい!〉


 〈オーダーメイドできるなら頼んでみたいな〉


 〈職人さんの名前、教えてほしい!〉


 今度は、工房について尋ねるコメントが目立ち始めた。


「工房のことは、職人さんに確認してからですね。皆さんが喜んでくれたことは、ちゃんと伝えておきます!」


 私はカメラに向かって、はっきりと言った。詳しいことを私の判断だけで公開するわけにはいかない。職人さんにも都合があるだろうし、依頼を受けられる数にも限りがあるはずだ。


 それでも、二匹の首輪を見た人たちが、作ってくれた職人さんにも興味を持ってくれたのは嬉しかった。


「それでは、もう少しだけ二匹の首輪を見てもらいましょうか。ルゥ、こっちを向いてくれる?」


 カメラを二匹に向けて、ルゥに手招きをする。


「みゃっ!」


 ルゥが顔を上げると、水色の首輪の銀白色の縁取りが、光を受けてきらりと輝いた。


 〈あああ、かわいい!〉


 〈モデルが上手すぎるw〉


 〈ルゥちゃん、完全にわかってるでしょw〉


「チィもお願いね」


 私が優しく声をかけると、チィは一度首を傾けたものの、すぐにこちらへ顔を向けてくれた。琥珀色の首輪が、黄色い毛並みと黒い斑点によく馴染んでいる。


 〈こっちもかわいい!〉


 〈二匹で並んでいるのが最高〉


 〈色違いだけど、銀白色の糸で統一されてるのがいいね〉


 〈これは職人さんに感謝だわ〉


 コメント欄の盛り上がりを見て、私は思わず笑顔になった。


「二匹とも、みんなにかわいいって言ってもらえてよかったね」


 ルゥは私の手に頭をこすりつけ、チィも安心したように、私の膝へ身を寄せてきた。


 配信を続けながらも、私は二匹の様子をこまめに確認していた。チィが首元を気にし始めたら、すぐに外すつもりだった。


「今日はこのくらいにしておきましょう。首輪は少しずつ慣れてもらうことにしますね」


 〈了解! 二匹とも無理しないでね〉


 〈かわいい首輪を見せてくれてありがとう!〉


 〈職人さんにもよろしく伝えてね!〉


「はい。皆さんの感想も、ちゃんと伝えておきます!」


 私は最後に二匹の姿をもう一度カメラに収めてから、配信を終了した。


 * * *


 配信が終わると、まずチィの首輪を外した。短い時間とはいえ、初めて身につけるものだから、無理はさせたくない。


「お疲れさま、チィ。もう外していいよ」


 首元を撫でながら声をかけると、チィは「みゃっ」と小さく鳴いて、ほっとしたように目を細めた。


 続いてルゥの首輪も外す。ルゥは少し不思議そうに首を振ったあと、いつものように私の膝へ乗ってきた。


「二匹とも、よく頑張りました」


 私は二匹を撫でながら、さっきまで流れていたコメントを思い出した。


 首輪の色を褒めてくれた人。二匹のことを心配してくれた人。そして、作ってくれた職人さんにまで興味を持ってくれた人。素材の価値だけでなく、首輪そのものを気に入ってくれたのが嬉しかった。


「明日、職人さんに連絡してみようかな。みんなが喜んでくれたこと、ちゃんと伝えないとね」


 ルゥが喉を鳴らし、チィも私の手に額をこつんと押しつけてきた。


 机の上には、外したばかりの首輪が二つ並んでいる。


 もう少し慣れたら、今度は二匹そろって首輪を着けて、ダンジョンへ出かけよう。水色と琥珀色。銀白色の糸でつながった、二匹だけのおそろいだ。


 そのとき、スマートフォンが小さく震えた。


 探索者協会からの通知だった。


 ――ルゥさんとチィさんについて、一度ご相談したいことがあります。お時間のあるときに、ご連絡ください。


「……ご相談?」


 私は首を傾げて、膝の上の二匹を見下ろした。


 ルゥとチィは、何も知らない顔で、そろって私を見上げていた。

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