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3.

アルフレッドはその場を動けなかった。

回廊の影から見えるのは、婚約者と談笑する妹の姿だった。


エドワードが何かを言い、リディアが笑う。

最近見ていなかった笑顔だった。


階段から落ちて以来。

いや、正確には目を覚まして以来だ。


リディアは変わった。


あれからなぜか避けられている。

嫌われているわけではない、それは分かる。

けれど確実に距離を置かれている。


食事の時間はずらされ、二人きりになることを避けられ、目も合わせてもらえなくなった。


リディアに何かしたのだろうかと考えた。

考えたがなにも分からなかった。だから余計に苦しかった。


けれど今、エドワードの隣で笑う妹を見て少しだけ安堵した。


ああ…良かった。

元気そうだ。


そう思った。

本当にそう思ったはずだった。


なのに、胸の奥がざわついた。

エドワードがリディアへ身を寄せる。

自然な距離だった。

と言うか婚約者なのだから当然だ。

何もおかしくない。


それなのに、妙に気に障った。

眉間に皺が寄る。

自分でも意味が分からない。


何故だ…?

エドワードは申し分のない男だ。


誠実で、優秀で、リディアを大切にしてくれる。

自分だって認めていたではないか。


なのに、何故?

何故こんなにも…気に入らないのだろう。


その瞬間だった。

頭の奥で何かが弾けた。

ぐらりと視界が揺れ、脳内がかき混ぜられるようだった。


流れ込んでくる知らない景色、知らない街。

見覚えのない部屋にいる知らないはずのものたち


けれど気づいた。

それは自分だった。


夜の駅、遠くから彼女を見る。

会社帰りの姿を追う。

彼女の家まで歩き、待ち伏せる。

手紙を書く。

ゴミ袋を漁る。


彼女は泣いて拒絶する。

それでも追い続ける。

自分は彼女を愛しているのだと思っていた。

心配しているだけだと思っていた。

守りたいだけだと思っていた。


だから、彼女の恋人が気に入らなかった。


だから、彼女の周囲の男が気に入らなかった。


だから、彼女が自分以外に笑いかけることが


——どうしようもなく許せなかった。


「あ…」


思わず声が漏れた。

冷たい汗が背中を伝う。

サッと血の気が引いていく。

回廊の柱へ手をつく。


息が苦しい。


吐き気がする。


見てしまった。


思い出してしまった。


そして理解してしまった。


先程まで胸にあった感情の正体を…。

エドワードへ向けた不快感、あの嫉妬、あの醜い感情を自分は知っている。

嫌というほど知っている。


何故なら、それは前世の自分が抱いていたものと全く同じだったからだ。


アルフレッドはゆっくりと顔を上げた。

視線の先ではリディアが笑っている。


エドワードの隣で、安心したように穏やかに、幸せそうに。


その顔を見た瞬間全てが繋がった。

階段から落ちた日、目を覚ました後の怯えた目。

僅かに引いた身体、逸らされた視線。

震えていた指先…。

避けられるようになった理由が全部、全部分かってしまった。


「…ああ」


掠れた声が漏れる。

そういうことだったのか。

リディアは思い出していたのだ。

自分より先に。


…だから怖がっていた。

…だから避けていた。

…当然だ。


当然だった。

アルフレッドは力なく笑った。

そして、その笑みはすぐに消えた。


何故なら彼は今、妹を傷つけた男を心の底から憎んでいたからだ。その男が自分自身であろうとも。

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