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2.

次に目を覚ました時、頭痛はかなり治まっていた。

当然現実は何一つ変わらず、私の記憶だけが足されていた。


私はリディア・アシュフォード、伯爵令嬢。

婚約者はエドワード・グランヴィル、侯爵家の長男。

そして兄はアルフレッド・アシュフォード…次期伯爵


優しくて、誠実で、私を大切にしてくれる兄。

——そして前世で私につきまとっていた男。


認めたくなかった。

変な夢であってほしかった。

けれど記憶は消えない。


前世のことなのに目を閉じれば思い出す。

帰宅途中に感じた視線や無言電話。

ポストの中の手紙には食べたものや買ったもの、靴下の柄など私しか知らない事ばかり書いてあった。


——兄の顔を見るたびに蘇る嫌悪感。


違う。

違う人だ。

そんなことは分かっている。


アルフレッドお兄様はあの男ではない。

この世界で私を傷つけたことなど一度もない。


むしろ逆だ。

守られてきた。

愛されてきた。

それも全部分かっている。


分かっているのに。


どうしようもなく、怖かった。


———


「入るぞ」


兄の声がした瞬間、肩が跳ねた。

ノックの音にさえ過剰に反応してしまう。


扉が開き、兄が入ってくる。

その手には花瓶があった。


「庭の薔薇が綺麗だったから…」


そう言って窓辺に飾る。

いつも通りだった。

本当にいつも通り。

だから余計に苦しい。


「具合はどうだ?」


「もう大丈夫です」


「そうか」


兄は安堵したように笑った。

その笑顔を見た瞬間、私は反射的に視線を逸らしてしまった。


しまった、と思った時には遅かった。


部屋の空気が少しだけ変わった。


「…リディア」


静かな声だった。


「何かあったかい?」


「何も」


「そうか」


兄はそれ以上追及しなかった。

昔からそうだった。

私が嫌がることを無理に聞き出そうとはしない。

だから余計に罪悪感が募る。

何も悪くない人を傷つけているような気がした。


———


罪悪感が湧く…とは言え兄を避けることはやめられなかった。


食事の時間をずらす。

二人きりにならないようにする。

目を合わせない。

触れられないように距離を取る。


兄は何も言わなかった。

ただ、困惑しているようだった。


———


「リディア嬢」


ある日、庭園で婚約者のエドワードが声をかけてきた。


「顔色が優れませんね」


「そんなことは…」


「いいえ、あります」


即答だった。

思わず笑ってしまった。

そう、エドワードは昔からこういう人だ。

誤魔化しが全く通じない。


「何か悩み事ですか?」


「……」


兄が前世のストーカーだったかもしれないなど言えるわけがない。

自分でも信じきれていないのだから。


エドワードは無理に聞こうとはしなかった。


「話したくなったらいつでも聞きます」


ただそう言った。

そして自然な仕草で私の肩に上着を掛ける。


「風が少し冷たいですから」


私は少しだけ肩の力を抜いた。


「ありがとうございます」


「あなたが風邪をひくと大変だ」


そう言って微笑む。

その笑顔に救われる気がした。


久しぶりに

…本当に久しぶりに、心から笑えた気がした。


だから気付かなかった。

少し離れた回廊の向こうに兄が立っていたことに。

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