第六章 毎年同じ日
帳面は社務所の奥の棚にあった。
奈津は掛け軸の裏を拭くという口実で奥に入れてもらった。平たい紙の束が年ごとに紐で結ばれて積まれている。一番下は日に焼けて、紙というより布に近い手触りになっていた。
上から順に三十七番の欄を見ていく。
今年、空白。
去年、空白。
三年前、空白。
この十年分をめくっても同じだった。他の欄は年ごとに名前が入れ替わっているのに、三十七番だけは何もない。景色を切り抜いたような白さだった。
さらに下の束を解いた。
二十年より前の帳面は体裁が違っていた。掛け主の名と番号のほかに、参拝の日付を記す欄がある。神社の事務なのか、詰所の当番の記録なのか、奈津には判別がつかなかった。
その中に祖母の名前があった。
一行ではない。年をまたいで何度もあった。三十七番の欄ではなく、参拝の日付の欄だった。
奈津は日付を拾ってノートに並べて書いた。並んだ日付はすべて同じだった。八月の初め、同じ日。年の数字だけが上がっていく。
祖母は毎年その日にここへ来ていた。
奈津の覚えている祖母は神社に熱心な人ではなかった。初詣も、行くかと聞かれて、寒いからやめとくと笑う人だった。
それなのに、夏のこの日だけは午前中に一人で出かけていた。奈津はその後ろ姿を覚えている。白い日傘の下を少し背を丸くして歩いていた。
もう一つの日付に奈津は心当たりがあった。
図書館の郷土誌に商店街の取り壊しの日が記されていた。ノートの前のページをめくる。
同じ日だった。
けれど祖母の名前は、取り壊しよりずっと前の帳面から、もうその日付で並んでいた。
帳面を閉じようとしたとき、背後で戸の音がした。
禰宜が立っていた。叱られると思ったが、目は帳面のほうを向いていただけだった。
「見つけたのか」
「……すみません」
「いい。こちらへ来なさい」
禰宜は奈津を土間の椅子に座らせて自分は立ったまま話した。
「数えない風鈴というのはな、願いを入れなかった風鈴のことだ」
奈津はすぐには声が出なかった。
「中に何も入っていないものは、叶うこともないし、叶わないこともない。だから帳には記さない。一つとして数えない。だが、掛かっているものを降ろす理由もない」
「だから、毎年あそこに掛かってるんですか」
「秋には外す。短冊は結んだまま箱にしまう。次の夏、同じ鉤に掛ける。掛ける日も、毎年決まっていた」
「鳴らないのは、叶ったからではなくて」
「入れてないからだ」
逆だった。願いが叶って黙ったのでなく、はじめから何も入っていない。
自分の風鈴も同じはずだった。けれど自分の風鈴は、掛けたときの揺れでは鳴った。あの風鈴は、揺らしても鳴らない。違いは何なのかを聞きたかったけれど、聞けば自分の風鈴の話になる。
「掛けたのは、誰ですか」
禰宜はすぐには答えなかった。壁の掛け軸の、字のないところを見ていた。
「掛け主の名をここに記さないと決めたのは私ではない。先代の頃からだ。だから私も、この口で名を言うのはやめている」
「でも、知ってるんですね」
「知っている」
奈津はノートを閉じて自分の膝の上に置いた。
「もし、私が名前を言ったら、違ってたときは違うって言ってくれますか」
禰宜は少し黙って、うなずいた。
奈津は自分の家の苗字と、祖母の名を言った。口にしたとき、自分の声が思ったよりしっかりしていて、そのことに驚いた。
禰宜は違うとは言わなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
口にできない願いは、なかったことと同じなのか。そんな問いから生まれた物語です。
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