第四章 なくなった商店街
古い地図は図書館の郷土資料の棚にあった。
司書は白い手袋をはめて平たい箱から一枚ずつ取り出してくれた。
変に思われるのが嫌で、奈津は自由研究で調べていると言った。嘘はここでも滑らかに出た。
三枚目の地図で番地の場所に建物があった。
細い道の両側に四角い箱が密集している。一つ一つに屋号を示す小さな字が入っていて、米屋、自転車屋、焼き物、洗濯、紙店と並んでいる。道は神社の参道から真っすぐ南へ伸び、途中で一度曲がっていた。今の広い道路は、この曲がりをまっすぐに切って通してしまっている。
目録によると、この一帯は戦後にできた商店街で、二十年前に道路の拡幅で取り壊されていた。
奈津は自分が生まれる前の話だと気づいて、少し意外だった。風鈴を掛けていた人は、少なくとも自分の二倍は生きている。
番地の位置にあたる屋号をノートに写し取った。洗濯と書いてある。字ははっきり読めた。
郷土誌の棚には、商店街の写真を集めた薄い冊子もあった。白黒の写真の中で、人はみな少しブレている。店先に並ぶ白い布、バケツ、子どもの後頭部。写真の端に店の軒先に風鈴が下がっているのが写っているものが二枚あった。神社のものと同じ鉄の形だった。
神社に戻ると夕方の境内には水まきのあとのにおいがしていた。
奈津は手水舎の前で足を止めた。風鈴は鳴っている。奥の一つは今日も黙っている。
社務所の前で禰宜がホースを巻いていた。
「商店街、昔ここの南にあったんですね」
「あったな。もうない」
「その頃の方で、今も近くに住んでる人、いますか」
「なんで」
「……自由研究です」
禰宜はホースを巻き終えて壁の釘に掛けた。
「氏子の中に、二、三人はいるだろう」
「洗濯をしてた家、分かりますか」
奈津はノートを開いて写し取った屋号を見せた。
そのとき、禰宜は初めて奈津をちゃんと見た。
これまでは、風鈴を見ているか、帳面を見ているか、境内のどこかを見ていた。奈津の顔を、目の高さを合わせて見たのは初めてだった。
「この字、どこで見た」
「図書館です。古い地図にありました」
「地図に。そうか」
禰宜は少し黙って、それから道のほうを指した。
「参道を出て、二つ目の角を東へ。青い屋根の家の隣に喫茶店がある。今は週末しかやってない。そこの人が、あの辺に住んでいた」
「行ってもいいですか」
「行くなとは言わない。その人も、自分の見たことしか知らないと思うが」
禰宜はそこで一度だけ手水舎の奥に目をやった。見て、すぐに目を戻した。その瞬間の途中だけ、奈津はこの人が何かを知っているとはっきり思った。
「神主さんも、あの風鈴のこと知ってるんですか」
「数えないものを知ってるとは言わないんだよ」
そう言って禰宜は社務所の中に入ってしまった。
奈津は境内を出て教わった道を歩いた。二つ目の角を東へ曲がると、青い屋根の家があって、その隣に白い壁の小さな店があった。
シャッターは下りていた。
入口のタイルは駐車場のフェンスの内側に残っていたのと同じ赤だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
口にできない願いは、なかったことと同じなのか。そんな問いから生まれた物語です。
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