表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
痛いのも苦労するのも嫌なので、お家で美味しいご飯を作って静かに暮らしたい(※ただしダンジョン最深部)  作者: 翠碧ノ人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/40

第8話 受付嬢は、見なかったことにした

数字の合わない“聖女様”。有能な受付嬢ネルは、とっくに気づいています。

──気づいたうえで、彼女が選んだのは。

その日、ギルドの受付嬢・ネルさんは、明らかに、様子がおかしかった。


 朝から、私の露店を、遠くから、じーっと見ている。手元の帳簿と、私の鍋を、何度も見比べては、眉間の皺を深くしている。


 この人が、こういう顔をするのは、初めてじゃない。というより、私を見るとき、いつも、少しだけ、こういう顔を、していた。有能な人特有の、「計算が、合わない」という顔。数字の合わなさを、放っておけない、職業病みたいなものだ。


 でも、今日は、いつもより、その顔が、深刻だった。とうとう、腹をくくったな、と、私には、わかった。


 こういうときの、有能な人は、面倒だ。前世でも、鋭い先輩ほど、私の「大丈夫です」の嘘を、見抜いてきた。誤魔化しきれない相手、というのが、世の中には、いる。


 ……ああ。これは、いよいよ、だな。


 私には、なんとなく、わかった。有能な人が、答えの出ない計算式を前にして、腹をくくる、その直前の顔だ。前世で、何度も見た。


 案の定。昼の混雑が引けた頃、ネルさんは、意を決したように、私のところへ、やってきた。


「レンちゃん。……少し、二人で、話せる?」


「はい。どうぞ」


 私たちは、ギルドの裏手の、人気のない一角に移動した。ネルさんは、帳簿を抱えたまま、しばらく、言葉を選ぶように、黙っていた。それから、意を決して、口を開いた。


「単刀直入に、聞くわ。……あなた、何者?」


    ◇


「あなたのスープを飲んだ冒険者は、格上の魔物を倒す。誰も食べられなかった鋼牙イノシシを、あなたは蕩けさせる。あなたの露店に並んだ人は、みんな、翌日、調子がいいって言う」


 ネルさんは、指を折りながら、数え上げていく。


「私、受付嬢を、長くやってるの。だから、わかる。これは、偶然じゃない。あなたの、何かのスキルの、効果でしょう」


 鋭い。さすが、有能な人だ。


「それなのに」と、ネルさんは、帳簿を開いて、あるページを、私に見せた。私が、ギルドに登録したときの、記録だ。


「あなたのスキル鑑定の記録は、『ランク1・調理』。たったそれだけ。……ランク1が、こんなこと、できるはずが、ないのよ」


 私は、その帳簿を、じっと見た。そこには、確かに、「ランク1・調理」とだけ、記されている。


 嘘じゃない。これは、本当のことだ。私が鑑定を受けたとき、私は、料理のスキルしか、起動していなかった。だから、鑑定水晶には、それしか、映らなかった。


 この街に来て、最初にギルドで登録したとき。私は、慎重に、慎重に、料理のスキルだけを、表に出した。他の三つ――痛みを防ぐ膜も、亜空間の家も、視界を操る力も、ぜんぶ、器の奥に、そっと、沈めて。


 鑑定官は、水晶を覗いて、退屈そうに言った。「ランク1、調理。……はい、次」と。それで、終わり。誰も、私を、気に留めなかった。私は、その瞬間、心の中で、盛大に、ガッツポーズをした。作戦、成功、と。


 目立たない。期待されない。使い潰されない。それが、私の、今世の、最重要目標だったから。


 この世界の鑑定は、「今、起動しているスキル」しか、映さない。使っていないスキルは、器の奥に沈んで、見えない。だから私は、人前では、料理しかしない。そうすれば、私は、永遠に「ランク1の料理好き」でいられる。


 嘘は、ひとつも、ついていない。ただ、見せる手札を、選んでいるだけ。


 でも――それを、ネルさんに、説明する気は、なかった。


 私は、いちばん、のんびりした声で、言った。


「ネルさん。世の中には、知らないほうが、幸せなことも、あると思うんです」


    ◇


 ネルさんは、私の顔を、じっと見た。


 私も、見つめ返した。にっこりと。いちばん、無害に見えるように。


 沈黙が、しばらく、続いた。


 ネルさんの目が、私の、四つのスキルの、いちばん奥まで、見透かそうとするみたいに、細められる。有能な人特有の、答えに辿り着く直前の、鋭い目。


 私は、その視線を、平然と、受け止めた。焦らない。動じない。顔色ひとつ、変えない。


 だって、私は、嘘を、ついていないのだ。鑑定の記録は「ランク1・調理」。それは、本当のこと。私は、ただ、その本当のことの、外側を、見せていないだけ。嘘をついていない人間は、強い。追及されても、揺らがない。前世で、嘘のプロジェクト報告に、胃を痛め続けた私は、それを、痛いほど、知っていた。


 やがて――ネルさんが、先に、目を逸らした。そして、盛大な、盛大な、ため息をついた。天を仰いで、両手で顔を覆って、それはもう、魂の抜けたような、ため息を。


「…………はぁぁぁぁ」


「ネルさん?」


「わかった。わかったわよ。……うん。私は、なにも、見てない。なにも、聞いてない。あなたは、ただの、料理が得意な、ランク1の女の子。それで、いい。それで、いきましょう」


「……いいんですか?」


「よくない。よくないけど!」


 ネルさんは、ばっと、顔を上げた。その目には、諦めと、覚悟と、それから、なぜか、少しの、親しみが、滲んでいた。


「私、長年の勘で、わかるの。あなたに、深入りしたら、絶対、とんでもなく面倒なことに、巻き込まれる。国とか、そういう、大きくて、厄介なやつに。……違う?」


「……否定は、しません」


「でしょうね!」


 ネルさんは、がっくりと、肩を落とした。それから、ふ、と、力を抜いて、笑った。


「でも、まあ。あなたの作るものが、美味しいのは、本当だし。あなたが、あの痩せたお爺さんに、タダでスープをあげてたのも、見てたし。……悪い子じゃ、ないのよね。むしろ、お人好しすぎる」


「お人好し、ではないですよ。ただの、めんどくさがりです」


「はいはい。そういうことに、しておきましょう」


 それから、ネルさんは、少しだけ、声のトーンを、落とした。


「……あのね、レンちゃん。私が、なんで、深入りしないか、教えてあげる」


 彼女は、遠くを見るような目で、話し始めた。


「私、昔、才能があるって、言われてたの。鑑定の腕が、立つって。だから、ギルドに引き抜かれて、期待されて、どんどん、仕事を、任された。……最初は、嬉しかった。頼られるのが。役に立てるのが」


 その口ぶりに、私は、どきりとした。前世の、私だ。


「でも、気づいたら、私にしかできない仕事が、山ほど積まれてて。断れなくて。倒れるまで、働いて。……ある日、ぷつん、て、糸が切れたみたいに、なった。それで、こう、思ったの。『ああ、私、便利な道具に、なってたんだ』って」


 ネルさんは、自嘲するように、笑った。


「だから、今は、受付嬢。目立たず、深入りせず、定時で帰る。それが、いちばん。……あなたを見てると、なんだか、昔の自分と、逆のことを、上手にやってる気がして。悔しいような、羨ましいような、ね」


 私は、しばらく、黙って、聞いていた。


 それから、そっと、言った。


「……ネルさん。それ、私が、いちばん、わかる話です」


「え?」


「私も、便利な道具に、なって、壊れたクチなので。だから、今世は、絶対、働かないって、決めてるんです」


 ネルさんは、目を、丸くした。それから――ぷっと、噴き出した。


「なにそれ。子どものくせに、達観しすぎでしょ」


「よく、言われます」


 二人で、顔を見合わせて、笑った。なんだか、長年の、戦友みたいな、笑いだった。


    ◇


 その日から、ネルさんは、私の「共犯者」になった。


 私のスキルのことは、決して、口にしない。誰かが私を怪しんでも、「ただのランク1よ、公式記録がそう言ってるでしょ」と、素知らぬ顔で、受付の権威をもって、封じてくれる。


 それだけじゃない。ネルさんは、私の「静かに暮らしたい」を守るために、いろいろと、裏で、手を回してくれるようにも、なった。


 私に「専属になれ」と迫る商人を、「あの子は、ギルドの専属協力者ですので」と、体よく、追い返してくれたり。私のことを、しつこく嗅ぎ回る者がいれば、「ただのランク1の子に、何の用です?」と、受付の権威で、牽制してくれたり。


「言っとくけど、あなたのためじゃ、ないからね」と、ネルさんは、つんとして言う。「あなたに、変な奴が群がって、この街が、騒がしくなるのが、嫌なだけ。私は、平穏に、定時で、帰りたいの」


「はい。ありがとうございます」


「お礼は、いいから。……その代わり、たまに、美味しいまかない、ちょうだい」


「もちろん。いくらでも」


 こういう、口では素っ気ないのに、行動は優しい人を、私は、前世でも、何人か、知っている。たいてい、そういう人が、いちばん、信頼できる。


 その代わり――というわけでもないけれど。ネルさんは、時々、私の露店に来て、こっそり、ため息をつきながら、スープを飲んでいくようになった。


「……はあ。今日も、面倒な冒険者ばっかり。書類は溜まるし、上はうるさいし」


「お疲れさまです。はい、スープ。今日は、少し、濃いめにしときました」


「……なんで、私が疲れてるの、わかるのよ」


「顔に、書いてありますよ。『働きたくない』って」


「……それ、あなたが言う?」


 ネルさんは、呆れたように笑って、それから、あたたかいスープを、ずずっ、とすすった。


 働きたくない者、同士。目立ちたくない者、同士。


 私たちは、なんだか、とても、気が合った。


 その、共犯関係が、さっそく、役に立つ日が、来た。


 数日後。ギルドに、身なりのいい、役人風の男が、やってきて、受付で、こう、尋ねたのだ。


「この街に、"食事で人を強くする"聖女がいる、と聞いた。そのスキルの、正式な登録記録を、見せてもらいたい。……国の、調査だ」


 国。その言葉に、私は、露店の陰で、そっと、身を、固くした。前世の勘が、警鐘を、鳴らす。いちばん、関わりたくない、大きくて、厄介なやつ。


 でも、ネルさんは、眉ひとつ動かさず、帳簿を、めくって、澄まし顔で、答えた。


「ああ、あの子ですか。記録なら、ここに。……『ランク1・調理』。ええ、正真正銘の、ランク1です。料理が、ちょっと、上手なだけの、そこらの子ですよ。冒険者が強くなったのは、まあ、景気づけの、気の持ちよう、ってやつでしょう」


 役人は、帳簿を、じろじろと、確かめた。でも、そこに書かれているのは、まぎれもない、公式の、鑑定記録。「ランク1・調理」。それ以上でも、以下でもない。


「……ふん。噂は、しょせん、噂か」


 役人は、つまらなそうに、帰っていった。


 その背中を見送って、私は、ほうっと、息を吐いた。ネルさんが、こっそり、私に、目配せする。「借り、一つね」とでも、言いたげに。


 ……助かった。本当に。


 嘘の記録じゃない。本物の記録が、そのまま、私を、守ってくれた。そして、その記録を、盾にしてくれる、共犯者が、いてくれた。


 こうして、私の「静かな暮らし」には、また一人、賑やかで、面倒見のいい、共犯者が、加わったのだった。


 ……本当に、静かな暮らしは、どこへ行ったんだろう。まあ、いいか。今日のスープも、美味しくできたし。


 もっとも――"国"が、私に、目をつけ始めた、という事実は。じわじわと、これから、私の平穏を、脅かしていくのだけれど。それは、もう少し、先の話だ。

お読みいただきありがとうございます。

「見なかったことにする」――それが、有能な大人の、いちばん賢い選択だったりします。ネルさん、書いていて楽しいキャラです。

次話――「痛いのは絶対に嫌」なレンが、本気で“痛くない暮らし”のための発明に乗り出します。


★ブックマーク・☆評価で応援いただけると、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ