第31話 また、大きくなりました
朝起きたら、また服が入らない。今度は、明らかに“お姉さん”な見た目に。
規格外の成長速度で、レンがぐんぐん大人びていきます。(※中身は相変わらず社畜おばさん)
その朝もまた、私は寝間着が入らなくて固まっていた。
……もう何度目だろう。この体になってから、数ヶ月ごとにぐんと背が伸びて、服が追いつかない。前に街でまとめ買いした服も、もうほとんどつんつるてんだ。
でも今朝の変化は、今までとは少し違った。
磨いた金属の鏡を覗き込む。
そこに映っていたのは、もうあの頼りない幼女でも、手足のひょろりとした子どもでもなかった。
……ずいぶんと大人びた少女が、そこに立っていた。
背はすらりと伸びて、手足もしなやかになって、顔立ちも幼さが抜けて整ってきている。あと何年か――いや、この規格外の成長速度なら、あと一年か二年もすれば、完全に大人の女性になるだろう。
「……はやいなあ、ほんとに」
私は思わずため息をついた。
中身は二十代後半の大人だ。だから体が大人に近づくこと自体は、むしろ落ち着く。あの小さな体は包丁も重い鍋も扱いにくくて、正直、不便だった。早く大人の体に戻れるなら、それはそれでありがたい。
問題は、周りの反応と、それから――自分の服代がまたかさむことだった。
……それにしても、と私は鏡の中の自分をまじまじと眺めた。
なぜ私だけ、こんなに成長が早いんだろう。普通の子どもの何倍もの速さだ。ティルは竜鱗族で長生きだからか、ゆっくり育っている。ヒノもそう。なのに私だけが、まるで早送りみたいに。
理由はわからない。転生のおまけなのか。それとも、私の四つの規格外なスキルの、どれかの副作用なのか。
……まあ、深く考えても仕方ない。この世界は、そういう不思議なことで満ちている。私はそう受け入れることにした。
ただ、ひとつだけ思うのは――この体が“大人”になったとき、私の中身と外見が、ようやく釣り合うということだ。
今は見た目が子ども、中身は大人。そのちぐはぐさに、周りは時々戸惑う。私自身も、扱いに困ることがある。
でもいつか、体も大人になれば、もう“見た目が子どもなのに、やたら達観している変な子”ではなくなる。……それは少しだけ、楽になるかもしれない。
まあ、それももう少し先の話。今は目の前の、服が入らない問題をなんとかしないと。
◇
「レン……! また、おおきくなってる!」
起きてきたティルが、私を見て目をまんまるにした。
そしていそいそと私の隣に並んで、背比べをする。……これはもう、恒例行事だ。
「……くっ。ぜんぜん、おいつけない」
ティルが悔しそうに唸る。この前まで私とそんなに変わらなかったのに、今は私のほうが頭ふたつ分も大きい。
「あはは。あなたもちゃんと育ってるよ。焦らないの。……ほら、狩り着、また、きつくなってるでしょ? いっぱい食べて、いっぱい動いてる証拠」
「……ぼくも、はやく、レンみたいに、おおきくなりたい」
「なるなる。竜鱗族は長生きだって言うし、ゆっくり育てばいいの。……美味しいごはん、いっぱい食べてね」
ヒノは私の変化に首をかしげていた。ぐるる、と鳴いて、「匂いは同じなのに、見た目が違う」とでも言いたげに。
「大丈夫だよ、ヒノ。中身は同じ私だから」
私が頭を撫でてやると、ヒノは安心したように喉を鳴らした。
……見た目がどれだけ変わっても、私は私だ。ティルの姉であり、母であり。ヒノの飼い主であり。……このあたたかい家族の一員。それは何も変わらない。
◇
服がないので、私はまた街へ買いに出ることになった。
供はティル。(ヒノは相変わらずお留守番。「深層のお肉、買ってくるから」で機嫌をとった。)
服屋の女将さんは、私を見るなり「まあっ!」と大きな声をあげた。
「聖女様! あんた、また、ずいぶん綺麗になったねえ! この前来たときも驚いたけど……もう、すっかりお姉さんじゃないの!」
「……どうも。育ち盛りで」
「育ち盛り、なんてもんじゃないよ。……ねえ聖女様、あんた、ほんとにまだそんなに若いのかい? なんだか中身が妙に落ち着いてて……たまに、あたしよりずっと大人みたいに見えるときがあるよ」
……鋭い。女将さんはこういうところ、勘がいい。
私は曖昧に笑ってごまかした。「よく言われます」と。まさか、「中身はくたびれた社畜のおばさんです」なんて、言えるはずもない。
新しい服を選ぶ。今度は少し大人っぽい、落ち着いた色のワンピース。ティルがまた真剣に選んでくれる。
「レン、これ、にあう。……きれい」
「ありがと。……ティルは、ほんと私のこと、褒めるの上手だね」
ティルのまっすぐな「きれい」は、お世辞じゃない。心からそう思って言ってくれている。それがなんだかくすぐったくて、私は少し照れた。
買い物の帰り道、ギルドに寄ると、ネルさんが私を見てぽかんと口を開けた。
「……えっ。レンちゃん……よね? うそ。また大きくなったというか……なんか急に、“お姉さん”になってない!?」
「はい。……また伸びちゃって。もう自分でも追いつけないです」
ネルさんはしげしげと私を眺めて、それから少し複雑そうな顔をした。
「……なんだか、ちょっと寂しいわね。ちっちゃくて可愛かったのに。あっという間に私とそんなに変わらない背丈になっちゃって。……あなた、このままいくと、私を追い越しそうね」
「あはは。……でも、中身は変わりませんよ。相変わらずめんどくさがりで、食いしん坊で、ネルさんにまかないたかる悪い子です」
「それは否定しないのね……」
ネルさんは呆れたように笑った。それから、ふと優しい顔になって言った。
「……でもね。見た目がどう変わっても、あなたがあのあったかいスープを作る子だってことは、変わらないわ。……それが、いちばん大事」
その言葉が、じんわりと胸に染みた。
……そうだ。見た目なんて、ただの器だ。大事なのは中身。あたたかいものを作りたい、というこの気持ち。それさえ変わらなければ、私はずっと私だ。
◇
困ったこともあった。
大人びた見た目になったせいで、街を歩いていると、若い男たちの視線を感じるようになったのだ。
露店でスープを買いに来る若い冒険者の中には、明らかに料理じゃなくて、私の顔を見に来る者もいた。もじもじしながら、「せ、聖女様……その、今度、お食事でも」なんて誘ってくる者まで。
「……あの。私、料理は作りますけど。一緒に食べるのは、家族とだけなので」
私はやんわりと断った。
……正直、こういうのはどう対応していいかわからない。中身は大人とはいえ、前世でも恋愛とは縁遠かった。仕事ばっかりで、人を好きになる余裕なんてなかったのだ。
だから、こういう“甘い視線”には、とんと免疫がない。
中には、しつこいのもいた。何度断っても毎日露店に通ってきて、あれこれと話しかけてくる若い男。
さすがに困っていると、見かねたガーゴさんが、のっそりと間に割って入った。
「おい、そこの若いの。聖女様は料理を売ってんだ。ナンパされに来てるわけじゃねえぞ。……ん? なんだ、その顔は。文句、あんのか?」
巨体と強面で、ぐいと凄む。若い男は、ひっ、と青ざめて逃げていった。
「はは、聖女様。困ったら、いつでも言えよ。オレが追っ払ってやるからよ」
「……ガーゴさん。用心棒、板についてきましたね。ありがとうございます」
私が笑うと、ガーゴさんは照れくさそうに鼻の下をこすった。この豪快な人は、本当に私たちのことを家族みたいに思って、守ってくれる。ありがたいことだ。
「レン。……あのひとたち、なんで、レンのこと、じっとみてるの?」
ティルが不思議そうに聞く。……この子はまだ、そういうのがわからない。無邪気で、いい。
「んー。……私が綺麗だから、じゃない? なんて、冗談だけど」
「レン、きれいだもん。みんな、みるの、あたりまえ」
ティルが大真面目に言うので、私は噴き出してしまった。
「……はいはい。ありがと。じゃあ、綺麗な私は、さっさと買い物を済ませて。ヒノにお土産買って帰りましょうか」
肉屋でヒノの好きな上等なお肉を買う。ついでに、ティルの好きな甘い木の実の串も。そして、ネルさんへのまかない用に、良い野菜も少し。
……こうして、みんなの好きなものを買って帰るのが、最近の私のささやかな楽しみだった。前世では、自分のぶんのコンビニ弁当を買うだけで精一杯だったのに。今は“誰かのために”買い物ができる。それだけで、心があたたかい。
大人びた体で両手に荷物を抱えて、ティルと並んであたたかい街を歩く。……なんてことない幸せだった。
◇
その夜。箱庭であたたかい夕食を囲みながら、私はなんとなく考えていた。
この体は、これからまだ育っていく。いつか完全に、大人の女性になる。
そのとき私の暮らしは、どうなっているんだろう。ティルはどんなふうに育っているんだろう。ヒノは。ネルさんたちとは、まだ笑い合えているんだろうか。……そして、帝国の影は、どうなっているんだろう。
わからないことはたくさんある。少し、不安もある。
でも――ひとつだけ、確かなことがある。
私の見た目がどれだけ変わっても、大人になっても、このあたたかい食卓を囲む気持ちだけは、ずっと変わらない。
「痛いのは嫌」で、「働きたくない」で、「静かに美味しいごはんを作って暮らしたい」。……その根っこの願いは、幼い体のときも、大人の体になっても、きっと同じだ。
「レン、なにか、かんがえてる?」
ティルが私の顔を覗き込む。
「ううん。……ただ、幸せだなあ、って思ってた。大きくなっても、あなたたちとこうしてあったかいごはんを食べられるのが」
「ぼくも! しあわせ!」
ヒノも、そうだそうだ、と鳴く。
その夜、ティルとヒノが寝静まったあと、私はまた鏡の前に立ってみた。
大人びた鏡の中の私。……前世の私と、少しずつ顔立ちが似てきている気もする。あの、疲れ果てて死んだ社畜の私。でも――鏡の中のこの子の目は、あの頃の私とは違った。
あの頃の私の目は、いつも死んでいた。疲れて、乾いて、何の希望もなかった。
でも、今のこの目は、ちゃんと生きている。あたたかい光が宿っている。……ティルとヒノと、みんなと出会って、あたたかい食卓を手に入れて。私の目は、ようやく“生きている人間の目”に戻ったのだ。
見た目が大人になるのは、ちょっと不便で、ちょっと照れくさい。
でも――こうしてあたたかい暮らしの中で育っていけるなら、悪くない。むしろ、こんなに幸せな成長は、前世では考えられなかった。
見た目は大人になっていく。でも心は、このあたたかい食卓と一緒に、ゆっくり、ゆっくり“いい味”に。……そう、発酵していけばいい。
私はそう思いながら、あたたかいスープをひと口すすった。今夜もちゃんと美味しかった。それだけで、十分幸せな一日だった。
お読みいただきありがとうございます。
「見た目が変わっても、中身も、あたたかい食卓も、変わらない」。“見た目ロリ・中身成人”設定が、少しずつ次の段階へ。鏡の中の目が、前世とは違って“生きている”――そこが今回の芯でした。
次話――ティルの鋭い鼻が、街に潜む“知らない匂い”を嗅ぎ当てます。
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