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痛いのも苦労するのも嫌なので、お家で美味しいご飯を作って静かに暮らしたい(※ただしダンジョン最深部)  作者: 翠碧ノ人


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第30話 みんなの分の、大きなお鍋

ストックが溜まったので何話か定期更新以外にも投稿していきます


帝国の影に、怯えて縮こまっていても仕方ない。

こういうときこそ――みんなを呼んで、大きなお鍋を囲もう。

 帝国の影。監視の気配。……そんな不安の日々の中で。


 私はあえて、とびきり賑やかなことをしようと決めた。


「よし。……みんなを呼んで、大きなお鍋を囲もう」


 怯えて縮こまっていても仕方ない。こういうときこそ、あたたかい食卓を囲んで、心をあたためるのだ。それが私の、いちばんの“元気の出し方”だった。


 箱庭に帰ってその話をすると、ティルもヒノも大はしゃぎだった。


「おなべ! みんなで! やった!」


 ティルはしっぽをぶんぶん振って、ヒノは「火の番は任せろ」と言うように胸を張る。


 私は腕まくりをして、とっておきの食材を【箱庭】から取り出した。深層で採れた極上のお肉。発酵蔵で寝かせたとっておきの調味料。街で買った新鮮な野菜。……冷害の冬を越えて、今、私の蔵は宝物でいっぱいだった。


「よし。……今夜はとびきり豪勢にいくよ」


 監視の気配なんて。帝国の影なんて。今夜だけは忘れる。ただ大切な人たちと、あたたかいお鍋を囲む。それがいちばんの“お守り”なのだから。


    ◇


 その夜、箱庭に、いつもの顔ぶれが集まった。


 ジオじいさん。ネルさん。ガーゴさん。それに、ティルの街の友達や、パン屋の子。……気づけば、箱庭の大きな食卓は、ぎゅうぎゅうに賑わっていた。


 真ん中には、どーんと大きなお鍋。


 深層で採れた極上の食材をたっぷり。発酵蔵で寝かせたとっておきの調味料。ヒノの優しい炎で、ことこと、ことこと煮込む。


 湯気がもうもうと立ちのぼる。あたたかくて、いい匂いが、箱庭いっぱいに満ちていく。


「うおお、なんだこのうまそうな匂いは!」


 ガーゴさんが鼻をひくつかせる。


「見て、この具のたっぷり具合……! レンちゃん、張り切りすぎでしょ」


 ネルさんも目を丸くした。


「ふぉっふぉ。……こんな豪勢な鍋、生まれて初めてじゃ」


 ジオじいさんも嬉しそうだ。以前、幽霊みたいに青白かったこの人の顔に、今はちゃんと血の色が通っている。あたたかいものを毎日食べて、すっかり元気になった。……それを見るだけで、私は胸がいっぱいになる。


 子どもたちもいた。ティルの街の友達。パン屋に引き取られたあの子も。みんな大鍋を囲んで、目を輝かせている。


「せいじょさま、これ、たべていいの!?」


「いいよ。いっぱい食べて。おかわりもあるからね」


 子どもたちの無邪気なはしゃぎ声が、箱庭をあたたかく満たしていく。……ああ。いい光景だ。このあたたかさを守るためなら、私はなんだってできる。


    ◇


 料理があらかた並んだところで、私はみんなを見回して、ちょっとした挨拶をした。柄にもないけれど、今日はそういう気分だった。


「えっと……みなさん。今日は来てくれてありがとうございます。……特に意味のある日でもないんですけど。ただ、なんとなく、みんなであたたかいものが食べたくなって」


「意味なんていらねえよ! うまい飯があって、仲間がいりゃ、それで宴の理由は十分だ!」


 ガーゴさんが豪快に笑って言った。……確かに、その通りだ。


「……はい。じゃあ、難しいことは抜きで。たくさん食べて、笑っていってください。……それが私の、いちばんの願いなので」


 みんながあたたかい拍手をくれた。ジオじいさんは、もう、うっすら涙ぐんでいる。……気が早い。まだ食べてもいないのに。


「じゃあ、みなさん。……いただきましょうか」


 私が言うと、みんなが両手を合わせた。


「「「いただきます!」」」


 あたたかい大合唱。……そのいくつもの声が重なった瞬間、私はふと、胸が熱くなった。


 「いただきます」。命をいただくことへの感謝の言葉。そして――このあたたかい場所にいられることへの感謝の言葉。前世では一人でぼそりと呟くだけだった、その言葉が。今は、こんなにたくさんの声と重なる。


 ……それだけで、もう十分、幸せだった。


 それから――怒涛のお鍋祭りが始まった。


 ガーゴさんは豪快にかき込む。ネルさんは「はぁ……染みる……」と目を細める。ジオじいさんは一口ずつ大事そうに味わう。ティルと子どもたちははしゃぎながらおかわりを繰り返す。ヒノまで大きな器に顔を突っ込んで大満足だ。


 賑やかで、あたたかくて。……しあわせな夜だった。


 鍋の具材は、次から次へと姿を変えた。


 まず、深層の極上のお肉と野菜でしっかり出汁をとった、あたたかい鍋。それをあらかた食べ終えたら、残った旨味たっぷりのスープに、今度は深層きのこと発酵調味料を足して二段目。さらにその締めには、街で買ったパンをちぎって入れて、とろとろのスープごと味わう。


 一つの鍋で、三度、四度と味が変わっていく。みんな、「まだ食べられる」「これも美味い」と大喜びだ。


「聖女様の鍋は無限だな!」


 ガーゴさんが笑う。


「うふふ。まだまだありますよ。……遠慮なくどうぞ」


 私は次々と具材を足していった。ヒノが火加減を絶妙に保ってくれるから、鍋はいつまでもちょうどいい熱さで、ことこと煮え続ける。


 ティルは街の子たちに、「これはね、りゅうりんぞくの、うろこで、むしたやさい」「これは、レンが、はっこうさせた、まほうの、ちょうみりょう」と、得意げに料理の説明をしていた。……立派な料理人見習いだ。


 私はその真ん中で、みんなの器が空くたびに、おかわりをよそった。


 ふと、気づく。


 最初は、たった一人ぶんの椅子しかなかった。ギルドの隅っこで、一人スープを煮ていた、あの頃。


 それが今は、こんなにたくさんの椅子が、あたたかい人たちで埋まっている。


 ……帝国の影が、なんだ。監視の気配が、なんだ。


 私には、守るべきこんなにあたたかい食卓がある。それを脅かすものからは、ぜんぶ守り抜いてみせる。繭で。バフで。采配で。あたたかいごはんで。……私にできるぜんぶで。


 ……思えば、この一つひとつの椅子が埋まるまで、いろんなことがあった。


 ティルを拾ったあの夜。ヒノと出会ったあの山。ネルさんが共犯者になってくれたあの日。ジオじいさんに初めてスープをあげたあの午後。……そのぜんぶが積み重なって、今、この賑やかな食卓がある。


 一つとして、当たり前の椅子はない。ぜんぶ、私があたたかいものを配り続けた、その先で、少しずつ、少しずつ埋まっていった椅子だ。


 だから私は、この食卓を守る。何が来ても。このあたたかい椅子たちを、空っぽにはさせない。


    ◇


 宴の終わり際。


 ネルさんがそっと、私に耳打ちした。


「……レンちゃん。あなた、帝国のことで落ち込んでるのかと思ってた。でも、こんな賑やかなことしちゃうんだから。……あなたは、強いわ」


「……強くはないですよ。ただ」


 私は笑った。


「怖いときこそ、あたたかいものを食べて、みんなで笑う。……それが私の、いちばんのお守りなんです」


 ネルさんは少し驚いた顔をして、それから優しく微笑んだ。


「……そうね。うん。……いいお守りだわ、それ」


 それからネルさんは、少し真面目な顔になって続けた。


「……レンちゃん。もし、いつか本当に帝国があなたを狙って来ても。……あなたは一人じゃないからね。私も。ガーゴも。ジオじいさんも。街のみんなも。……あなたがこの街にくれたあたたかさを、ちゃんと覚えてる。だから、いざとなったら、今度は私たちがあなたを守る番よ」


 その言葉が、じんと胸に染みた。


 一人で抱え込まなくていい。守るのは私だけじゃない。……そのことが、どれだけ心強いか。


「……ありがとうございます、ネルさん」


 私は涙をこらえて頷いた。あたたかい食卓は、ただお腹を満たすだけじゃない。こうして“いざというときに背中を預けられる仲間”を、少しずつ育ててくれる。それがいちばんの力だった。


    ◇


 みんなを見送って、箱庭に私とティルとヒノだけが残った。


 散らかった食器。空になった大鍋。でも部屋には、まだあたたかい空気と、みんなの笑い声の余韻が、たっぷりと残っていた。


「……たのしかったね、レン」


 ティルが満腹のお腹をさすりながら言った。ヒノも子どもたちに遊んでもらって疲れたのか、あたたかく丸くなってうとうとしている。


「うん。楽しかったね。……こういう夜があるから、私、頑張れるんだ」


「がんばる? なにを?」


「んー。……このあたたかい暮らしを守ること。……ちょっと大変なこともあるかもしれないけど。でも大丈夫。今日みたいなあたたかい夜が、私に力をくれるから」


 ティルはよくわからない、という顔をしながらも、こくり、と頷いた。


「ぼくも、てつだう。レンの、“がんばる”。……ぼく、もう、レンを、まもれるもん」


「うん。……頼りにしてるよ、ティル」


 私はティルの頭を、そっと撫でた。


 あたたかい食卓は、私の力の源だ。


 これから、どんな影が迫ってきても。このあたたかさがあるかぎり、私は大丈夫。


 散らかった食器を片付けながら、私は今夜のみんなの顔を思い返した。


 ガーゴさんの豪快な笑顔。ネルさんのほっとした表情。ジオじいさんのしみじみとした声。子どもたちのはしゃぎ声。ティルの得意げな顔。ヒノの満足そうな寝顔。


 ……ぜんぶ、宝物だ。


 前世の私は、こんな夜を一度も知らなかった。誰かとあたたかいものを囲んで笑い合う。そんな当たり前の幸せを。……知らないまま、死んだ。


 でも今は、このあたたかい夜がある。それを知ってしまった。もう手放せない。手放したくない。


 だから――守る。このあたたかい食卓を。何が来ても。


 帝国だろうが、国だろうが。……このあたたかさを奪おうとするものは、ぜんぶ私が、あたたかいごはんと伝説の繭で跳ね返してみせる。


 私はそう、あらためて心に誓って、あたたかい箱庭で、ゆっくりと夜の余韻を味わった。


 ――でも。そのあたたかい日々を脅かす影は、もうすぐそこまで、静かに、静かに近づいていたのだった。


▼後書き

お読みいただきありがとうございます。そして、深層探索ブロック(21〜30話)に、お付き合いくださってありがとうございました。

「怖いときこそ、あたたかいものを食べて、みんなで笑う。それが私のいちばんのお守り」。一脚だった椅子が、こんなに埋まった――第一章前半の集大成の回でした。

次話からは、いよいよ帝国編へ。あたたかい日々を守るための、レンの“戦わない戦い”が始まります。


★深層探索ブロック、完走ありがとうございました。ブックマークと「☆評価」が、次を書くいちばんの力になります。毎日20時更新です。

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