第28話 帝国が、動き出した
「スキルは、国家資源」。人の価値を数字で測る国が、レンに目をつけました。
――でも、レンは嘘をつかない。ただ、鑑定に映る“本当のこと”だけを見せます。
その男が露店の前に立ったのは、よく晴れた昼下がりのことだった。
冒険者ではない。街の住人でもない。仕立てのいい旅装。腰には上等な剣。そして、感情の読めない冷たい目。
……ああ。この感じ、知っている。
いつだったか、行列の後ろで私を観察していた男。あのときの嫌な予感が、そのまま形になって戻ってきた。
「お前が、噂の聖女か」
男は値踏みするように、私を見下ろした。
「スープ、ひとついただこう。……お前の“力”とやらを、この目で確かめさせてもらう」
私はいつもの無害な笑顔を作った。心臓は少し嫌な音を立てていたけれど。
「はい、スープです。銅貨一枚。……ただの料理ですけど」
私は内心で、ひやりとした。
この男は明らかに“探り”に来ている。ここで動揺すれば、「やましいことがある」と教えるようなものだ。……落ち着け、私。いつも通り。ただの料理好きの女の子。それを崩してはいけない。
男は器を受け取り、ひと口すすった。
その瞬間、彼の体を【秘密の隠し味】の光がうっすらと包む。……しまった。この男相手に、うっかりいつもの味付けで出してしまった。
でも――考えてみれば、バフが乗ろうが乗るまいが、この男はどうせ疑っている。ならば、いつも通りの味を出したほうがむしろ自然だ。急に味を変えるほうが怪しい。私はそう開き直った。
男の目が、すっと細くなった。
「……なるほど。噂は本当だったか。この、みなぎる力。ただの料理ではあり得ん」
◇
「言え。お前の本当のスキルは、何だ」
男の声が、低く鋭くなった。
周囲の常連たちがざわつく。ガーゴさんが「おい、聖女様になんて口を……!」と気色ばむ。
でも、私は慌てなかった。
だって、私は嘘をついていないのだ。
「私のスキルは、ランク1の調理です。ギルドにそう登録されています。……疑うなら、受付で記録をご覧になってください」
「ふん。鑑定の記録がどうであれ、この力は説明がつかん」
「さあ。みなさん、私の料理を食べると元気が出る、と言ってくださいます。それはたぶん、“美味しいものを食べると頑張れる”という当たり前の話だと思いますよ」
私はあくまでのんびりと答えた。
嘘はつかない。ただ、本当のことの外側だけを見せる。鑑定は「ランク1・調理」。それは揺るがない事実。この事実がある限り、私はどんなに疑われても崩れない。
男はしばらく私を睨んでいた。私が少しも動じないのを見て、探るように。
やがて彼は、ふ、と笑った。
「……面白い。ただの子どもではなさそうだ」
そのとき、ティルが私を庇おうと、男と私の間に割り込もうとした。男の視線が、ちらりとティルの鱗に向く。
「ほう。竜鱗族の子どもか。……それも珍しい。二匹まとめて献上すれば、さぞお喜びになるだろうな」
献上。二匹。まるで私たちを、品物みたいに言う。
……ぴきり、と。私の中で、何かが冷たく鋭くなった。
私のことはいい。疑われようが、狙われようが。……でも、ティルを。このあたたかい子を。“品物”扱いすることだけは、許せなかった。
私はいつものんびりした笑顔を、ほんの少しだけ崩して、男をまっすぐ見た。
「……その子に手を出すのだけは、やめておいたほうがいいですよ」
「ほう? なぜだ」
「さあ。……なんとなく、そんな気がするだけです」
声は穏やかなまま。でも、その奥に込めた静かな圧を、男は確かに感じ取ったようだった。目の前の“ただの子ども”が、何か得体の知れないものを秘めているかもしれない、と。
……ティルは、私の逆鱗だ。この子を傷つけようとする者には、私はめんどくさがりでも平和主義でもなくなる。
男はしばらく私をじっと見つめて、それから、ふ、と笑った。何かを値踏みするような笑みだった。
彼は銅貨を一枚置いて、背を向けた。
「覚えておけ。この街の“聖女”のことは、しかるべき方の耳に入れておく。……近いうちに、また会うことになる」
その“しかるべき方”という言葉に、背筋がぞっと冷えた。
◇
男が人混みに消えたあと、ティルがこわばった顔で、私の手を握った。
「レン……あのひと、こわい。……ぼくたちのこと、“けんじょう”っていってた」
「うん。……大丈夫。あなたのことは、私が絶対に守るから」
私は努めて明るく言った。でも、内心は穏やかじゃなかった。あの感情の読めない目。品物を見定めるような視線。あれは間違いなく、“良くないもの”の気配だった。
男が去ったあと、ネルさんが血相を変えて飛んできた。
「レンちゃん! 今の男……気をつけて。あれ、たぶん、スキリア帝国の密偵よ」
「帝国……」
「そう。“スキルは国家資源”を掲げてる、あの管理国家。珍しいスキル持ちを見つけては囲い込む……いえ、はっきり言えば、“連れ去る”ことで有名なの」
ネルさんは声をひそめて続けた。
「あの国では、生まれた子はみんなスキルを鑑定されて、ランクで選別されるの。強いスキルの子は英才教育。弱いスキルの子は下働き。……人間の価値を、スキルのランクで決めるのよ。冷たい国」
「……ひどい」
「でしょ。しかも、他国の優秀なスキル持ちを“回収”するための部隊まで持ってる。今の男は、その下見役。あなたを“回収する価値がある”と判断したら――次は、もっと本格的なのが来る」
人間の価値を、ランクで決める。
それは、私がいちばん嫌いな考え方だった。ティルの里が鱗の厚さで序列を決めて、あの子を「出来損ない」と切り捨てたように。数字で人を測る。それでこぼれ落ちた者を、平気で踏みつける。
……絶対に、ティルをそんな国には渡さない。
鱗の厚さで。スキルのランクで。人の値打ちを決める。そんな冷たい物差しは、この世界でいちばん、私が嫌いなものだった。
だって、その物差しで測れば、私の四つのスキルだって二つは「ランク1」。ティルの鱗は「使えない」。ヒノは「災厄」。……でも、そんなもの、使い方次第でとびきりの宝物になる。人の値打ちも同じだ。数字なんかで決まるもんか。
帝国のその傲慢な考え方が、私は心の底から腹立たしかった。……でも同時に、だからこそ、彼らには絶対に、私やティルを渡してはいけない、と強く思った。
連れ去る。
その言葉に、私はぞっとした。私のいちばん恐れていたことだ。有能だとバレて、国に目をつけられて、逃げられなくなって、使い潰される。前世で死ぬほど味わった、あの構図のいちばん悪い形。
「……私、そういうの、いちばん嫌なんです」
「でしょうね。……でも、もう噂は広がりすぎてる。あなたは有名になりすぎた」
ネルさんは深刻な顔で言った。
「正直に言う。この街にいる限り、あなたはいつか帝国に目をつけられる。……逃げるなら、目立たない場所に身を隠すなら、早いほうがいい」
私は黙って聞いていた。
ティルが不安そうに、私の服の裾を握る。
このあたたかい街。ジオじいさんも、ガーゴさんも、ネルさんもいる、この場所。ようやく手に入れた、賑やかで幸せな食卓。
それを脅かす影。
「……ネルさん。ひとつ確認、いいですか」
「なに」
「もし私がこの街からいなくなったら。……この街のみんなに、迷惑はかかりませんか。帝国が私を追って、この街を荒らしたり」
ネルさんは少し驚いた顔をした。それから優しく笑った。
「……あなた、そういうとこよね。自分が狙われてるのに、真っ先に街の心配をするんだから」
「だって。私のせいでみんなが危ない目に遭うのは、嫌ですから」
「大丈夫。あなたがいなくなれば、帝国もこの街には用がなくなる。追うのは、あなた自身。だから――あなたがうまく姿を消せば、それで丸く収まるのよ。皮肉な話だけど」
私が消えれば、みんなは守られる。
それは少し寂しい結論だったけれど、……頭の片隅にしっかりと刻まれた。
◇
その夜、箱庭に帰った私は、ふと、あの下見のことを思い出していた。
ダンジョンの深層。“いつかの隠れ家”の候補地。……あれはただの、夢のような思いつきのはずだった。
でも。
もし本当に、帝国が私を狙って来るのなら。あの“誰もたどり着けない地の底”は、ただの夢じゃなくなる。……この街とみんなを守るための、本物の逃げ場所になる。
私には繭がある。どんな攻撃も効かない。【箱庭】があれば、どこでも暮らせる。深層の宝の山もある。時渡り羊もいる。
……世界でいちばん危険な場所は、私にとって、世界でいちばん安全な隠れ家。
あの突拍子もないアイデアが、じわじわと現実味を帯びてきた。
もちろん、今すぐ引っ越すわけじゃない。この街も、みんなも大好きだ。まだ、ぎりぎりまでここにいたい。
でも――“いざ”というときの備えはしておこう。あの隠れ家を、少しずつ住めるように整えておこう。
備えあれば憂いなし。冷害の冬を乗り切ったときと同じだ。ちゃんと備えておけば、何が来てもあわてず、大切なものを守れる。
「……ティル、ヒノ。私たち、少しずつ“もしものときのお家”の準備を始めようか」
寝ぼけ眼のティルと、あくびをするヒノに、私はそっとそう呟いた。
あたたかい日々を守るための備え。それは、静かに始まろうとしていた。
お読みいただきありがとうございます。
どれだけ疑われても、揺るがない。「嘘をつかない人間は強い」――レンの処世術の真骨頂でした。“いつかの隠れ家”が、ただの夢ではなくなってきます。
次話――目立つことの“お値段”に、レンが向き合います。
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