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痛いのも苦労するのも嫌なので、お家で美味しいご飯を作って静かに暮らしたい(※ただしダンジョン最深部)  作者: 翠碧ノ人


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第22話 最深部は、素材の宝庫でした

誰も近づかない、危険なダンジョンの奥。

でも、レンの目には――誰も気づかなかった、美味しいものの宝の山。

 ダンジョンの入り口に立った。


 街の外れにある、古い、大きな縦穴。ここが、この地方でいちばん深いと言われるダンジョンの入り口だ。冒険者たちが浅い階層で素材を採ったり、魔物を狩ったりする、日常の狩り場。でも、そのずっと、ずっと奥。誰もたどり着けない深層には――未知の生態系が広がっている。


「ほんとに、いくの?」


 隣で、ティルが少し緊張した顔で私を見上げた。


「うん。でも、無理はしない。今日は下見。危ないと思ったら、すぐ引き返す。……それに」


 私はティルの手を握った。


「何があっても、私が繭で守るから。あなたには絶対、傷ひとつつけさせない。約束」


 ティルは私の手を握り返して、こくり、と頷いた。その目に、もうさっきの緊張はなかった。私を信じてくれている。それがなんだかくすぐったくて、そして少し誇らしかった。


「じゃあ、行こうか。……私たちの“いつかの隠れ家”、さがしに」


 ヒノはお留守番だ。「大きくて、狭い通路は苦手だから」と、箱庭の留守番を任せてある。別れ際、心配そうに鳴いていたけれど、「お土産に深層の珍しいお肉、持って帰るから」と言うと、機嫌を直してくれた。……本当に食いしん坊だ。誰かさんに似て。


 私たちはゆっくりと、暗い縦穴の中へ下りていった。


    ◇


 入り口のすぐ近くでは、顔見知りの冒険者たちが素材採取をしていた。


「聖女様!? こんなところに、なんで!」


「ちょっと下見に。奥のほうまで行ってみようかと」


「奥って……やめといたほうがいいですよ! 深いとこは、ほんと洒落になりませんから!」


 みんな、本気で心配してくれた。いい人たちだ。私は「気をつけます」と笑って手を振って、先へ進んだ。──彼らには悪いけれど、私にとっての「危ない」と、みんなにとっての「危ない」は、少し意味が違う。


 浅い階層は、拍子抜けするほど簡単だった。


 現れる魔物は、私が繭を張って進路に立ちはだかれば、それだけで右往左往する。攻撃はまったく効かない。その隙に、ティルが狙いすまして一撃を加える。私たちのいつもの戦い方。私は盾。ティルは剣。


 道中、下山……いや、この場合は上ってくる冒険者と、何度かすれ違った。彼らは私たちを見て、ぎょっとした。


「おい、嬢ちゃん! こんな奥まで! 危ないぞ、引き返せ!」


「ご忠告、ありがとうございます。……でも、大丈夫です。ちょっと下見に」


「下見って……お前、正気か!?」


 冒険者たちは、信じられない、という顔で私たちを見送った。まあ、そうだろう。子ども二人で、危険なダンジョンの奥へ。普通なら正気の沙汰じゃない。


 でも、私の“危ない”の基準は、みんなと少しずれている。だって、私にはどんな攻撃も効かないのだから。世界でいちばん危険な相手だって、私にとっては“ちょっと気難しいご近所さん”くらいのものだった。


「レン、いてくれると、ぼく、こわくない」


 ティルが、魔物を一匹退けて笑った。


「うん。あなたがいてくれるから、私も心強いよ」


 守られる子だったティルは、いつのまにか、私の頼れる相棒になっていた。ダンジョンの暗闇の中でも、二人なら少しも怖くない。むしろ遠足みたいで、楽しいくらいだ。


 でも、それだけじゃなかった。


 私は道中、目についた珍しい素材を、片っ端から【箱庭】に仕舞い込んでいった。


 浅い階層でも、街ではお目にかかれない、食材の宝庫だった。淡く光る、食用の苔。ぷりぷりした大きな地底きのこ。冷たい地下水で育った、透明な魚。


「ティル、見て。このきのこ。すごくいい出汁が取れそう」


「レン、たのしそう」


「うん。楽しい。……ダンジョンって、危ない場所だと思ってたけど。料理人の目で見ると、宝の山だね」


 冒険者たちは、この階層を「素材を採る」か「魔物を狩る」場所としてしか見ていない。でも、私の目には違って見えた。


 あの淡く光る苔は、乾かせばいい香りの薬味になる。この地底きのこは、干せば旨味が何倍にも濃くなる。冷たい地下水の魚は、臭みがなくて上品な出汁が取れる。どれも、街では絶対に手に入らない珍しい食材だ。


 中でも私が目を輝かせたのは、岩の割れ目に生えていた、真っ白なきのこだった。


「ティル、これ、嗅いでみて」


 ティルが鼻を近づけて――ぱっと目を輝かせた。


「……いいにおい! すっごく、いいにおい、する!」


「でしょ。これ、たぶん、すごい高級食材だよ。……街で売ったら、金貨が何枚もつくかも。まあ、売らないけど。私たちで美味しく食べる」


 ほかにも。光る果実。透きとおった、水晶みたいな塩の結晶。ほんのり甘い樹液。……深層は、まさに宝の山だった。誰も“食材”として見なかっただけ。誰も“料理”しようとしなかっただけ。


 私は夢中で採取して回った。ティルも私に負けじと鼻を利かせて、美味しそうなものを探してくれる。二人で宝探しみたいにはしゃぎながら、危険なダンジョンの中を進んでいった。


「役に立たない場所なんて、ない、か」


 私は思わず呟いた。ティルの鱗と同じだ。危ない、怖い、近寄るな――そう言われている場所ほど、じつは誰も気づいていない宝物が眠っている。使い道が見つかっていないだけ。


 誰も食べようとしなかっただけ。誰も料理しようとしなかっただけ。ここには、まだ誰も知らない美味しいものが眠っている。


 その事実に、私はわくわくが止まらなかった。


 ……そうだ。ここを我が家にすれば、私は毎日、この宝の山で料理ができるんだ。


 なんて素敵な暮らしだろう。


    ◇


 中層まで下りたところで、私たちは一度、休憩をとった。


 【箱庭】から簡単なかまどを出して、さっき採った地底きのこでスープを作る。深いダンジョンの暗闇の中に、あたたかい湯気といい匂いが、ふわりと広がった。


 初めて料理する深層の食材は、想像以上の味だった。


 地底きのこの出汁は、驚くほど深くて濃厚で。あの白いきのこを少し散らすと、香りがぐっと華やぐ。光る苔を砕いて散らせば、彩りも綺麗だ。街のどんな高級食材にも負けない――いや、それ以上の味。


「……ん! おいしい!」


 ひと口すすったティルが、目をまんまるにした。


「でしょ。深層の食材、すごいんだよ。……こんな美味しいもの、誰も食べようとしなかったなんて。もったいない話だよね」


 私は探索の合間に、次々と深層の食材を料理して試した。


 地底きのこは、炙ると香ばしさが増した。光る果実は少し酸っぱくて、デザートに良さそうだ。水晶みたいな塩の結晶は、舐めるとまろやかで、複雑な旨味があった。……料理人としてはたまらない。まるで宝箱をひとつずつ開けているみたいだった。


 帳面に、私は次々とメモを書きつけた。「この食材は、こう使えそう」「これは発酵に向きそう」と。危険なダンジョンの探索なのに、まるで市場で珍しい食材を物色しているときのような、わくわくが止まらなかった。


「レン、ほんとに、たのしそう」


 ティルが、あきれたように笑う。


「うん。楽しい。……危険なはずの場所で、こんなにはしゃいでる人、私くらいかもね」


 でも、それでいい、と思う。怖い場所を“楽しい場所”に変えてしまう。それが私の生き方だ。どんな場所でも、あたたかいごはんさえあれば、そこは“帰れる場所”になる。


 あたたかいスープが、冷えた体に染みわたる。危険な、暗いダンジョンの中。でも、この一杯を飲んでいる間だけは、まるであたたかい我が家にいるみたいだった。


「……ふしぎ。こんな、こわいところなのに。レンのスープ、飲むと、あんしんする」


 ティルが、湯気の立つ器を両手で包みながら言った。


「どこにいても、あったかいごはんさえあれば、そこはもう、こわい場所じゃないんだよ」


 私はそう言って笑った。


 これが【箱庭のおままごと】の本当の力だと思う。どんな場所でも――世界でいちばん危険なダンジョンの奥でさえ、あたたかい食卓を作れる。そこを「帰れる場所」に変えられる。


 危険な場所を、安全な我が家に。


 それはたぶん、私にしかできない暮らし方だった。


「ねえ、ティル」


 スープを飲みながら、私はなんとなく話した。


「私、この場所、けっこう気に入っちゃった。暗くて、静かで、誰も来なくて。……最高でしょ」


「ふつう、こわいところ、なのにね」


 ティルが、くすっと笑った。


「うん。でも、私たちにはぴったり。痛いのも面倒なのも嫌いで、ただ静かに美味しいごはんを作って暮らしたい。……そういう二人には、世界一危険で、世界一静かなこの場所が、いちばんのお家かもね」


 言いながら、私は想像した。この深いダンジョンの奥に、【箱庭】であたたかい家を建てて、かまどから湯気を立てて、ティルとヒノと「いただきます」を言う。周りは危険な魔物だらけ。でも、家の中は世界でいちばんあたたかくて、安全。


 ……うん。悪くない。むしろ最高だ。


 しかも、ここには“あの羊”もいるかもしれない。時渡り羊。私の空っぽの記憶の答えを知っている、まぼろしの羊。ここに住めば、毎日探しにいける。


「ねえ、ティル。……もし、ここにお家を建てたら、街に帰れなくなるわけじゃないんだよ。【箱庭】で扉を繋げば、街と地の底を行き来できる。……街のみんなにも、いつでも会える」


「ほんと? じゃあ、さみしくない!」


「うん。……ここは“逃げ場所”でも“隠れ家”でもあるけど。いちばんは、私たちの“あたらしい、あたたかいお家”になる場所。……そう思うと、わくわくするね」


 ティルは、こくこく、と頷いて、目を輝かせた。危険な地の底が、もう二人には、怖い場所じゃなくて、これから始まるあたたかい暮らしの舞台に、見え始めていた。


 そう思うと、このじめじめした暗いダンジョンが、もう怖い場所じゃなくて、これから私たちのあたたかい暮らしが始まる“新しい我が家の下見”に見えてきた。


 スープを飲んで、少し休んで、私たちはまた下へと歩き出した。深層は、まだずっと先。今日は、行けるところまで。


 でも、その途中で。


 私はふと、奇妙なものに気づいて、足を止めた。


お読みいただきありがとうございます。

「役に立たない場所なんて、ない」。危険な深層も、向き合えば恵みの大地。暗闇の中でも、あたたかい一杯があれば、そこは“帰れる場所”になります。

次話――ついに、あの“懐かしい味の羊”と、遭遇します。


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