表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
痛いのも苦労するのも嫌なので、お家で美味しいご飯を作って静かに暮らしたい(※ただしダンジョン最深部)  作者: 翠碧ノ人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/41

第21話 いちばん静かなのは、いちばん深いところ

賑やかさも好き。でも、時々、ほっとできる静けさも欲しい。

そんなわがままなレンが思いついた、“世界一静かな隠れ家”の場所とは――?

 豊穣祭の賑わいが落ち着いた、ある夜。


 私は箱庭で一人、お茶を飲みながら考え事をしていた。


 祭りは楽しかった。みんなが“素の私”を受け入れてくれた。それは本当に嬉しかった。


 でも――正直に言えば、ちょっと疲れもした。


 大勢に囲まれて、ずっと注目されて、「聖女様、聖女様」と呼ばれ続けて。……私は根がめんどくさがりで、人見知りだ。賑やかさは好きだけど、ときどき無性に、誰にも邪魔されない静かな場所で、のんびりしたくなる。


 あたたかい賑やかさと、ほっとできる静けさ。その両方が欲しい。……我ながらわがままだな、と思う。


「……いつか。ほんとうに静かな隠れ家が、あったらいいなあ」


 ぽつり、と呟いた。


 誰にも見つからない。誰にも拝まれない。ティルとヒノと、時々遊びに来るネルさんたちと、ゆっくりあたたかいごはんを食べられる。そんな秘密のお家が。


 ……でも、そんな都合のいい場所、あるだろうか。人の多い街はうるさいし、人里離れた場所は暮らしにくい。


 思えば、前世の私は“静けさ”を履き違えていた。


 誰とも関わらない。誰も私を必要としない。そういう“冷たい静けさ”の中で、私は一人、擦り切れて死んだ。あれは静けさじゃなかった。ただの孤独だった。


 今、私が欲しいのは、それとは違う。


 あたたかい繋がりがちゃんとあって、いつでも会える人がいて、その上で時々ほっと息を抜ける。そういう“あたたかい静けさ”だ。


 賑やかさと静けさは、反対のものじゃない。両方あっていい。むしろ両方あってこそ、心はちゃんと休まる。


 ……そのための“秘密の場所”が、あったら。


 考えていて、ふと、あの行商人の話を思い出した。


 時渡り羊。深い、深いダンジョンの奥にだけ現れる、まぼろしの羊。


 ……ダンジョンの奥。


    ◇


 その思いつきは、だんだん形になっていった。


 ダンジョンの深い場所。そこは危険すぎて、誰も近づかない。冒険者だって浅い階層で引き返す。深層まで行ける者は、ほとんどいない。


 つまり――そこは、世界でいちばん“人が来ない”場所だ。


 そして私には、【硝子の繭】がある。どんな魔物の攻撃も効かない。危険な場所も、私にとっては危険じゃない。【箱庭】があれば、どんな場所でもあたたかい家を建てられる。


 ……ということは。


「ダンジョンの奥って。……私にとっては、世界でいちばん静かで安全な場所なんじゃない?」


 思わず声に出してしまった。


 考えてみれば、私の四つのスキルは、まるで“地の底で暮らすため”にあるみたいだった。


 【硝子の繭】は、どんな魔物の攻撃も防ぐ。深層の恐ろしい魔物だって、私には指一本触れられない。


 【箱庭のおままごと】は、どこにでも快適な家を作れる。危険な地の底でも、扉の中はあたたかい我が家。


 【秘密の隠し味】と【特等席のお嬢様】があれば、ティルやヒノをしっかり守れる。


 ……なんてことだ。私は“最弱”を装ってきたけれど、この四つの力は、まるで「危険な地の底で静かに暮らしなさい」と言われているみたいに、ぴったりだった。


 神様が私にこの力をくれたのだとしたら、もしかして「あなたは地の底でのんびり暮らしなさい」って意味だったのかもしれない。……なんて。さすがに考えすぎか。


 世界でいちばん危険な場所が、私にとっては、世界でいちばん静かで安全な隠れ家になる。


 しかも、その奥には時渡り羊もいるかもしれない。私の“空っぽの記憶”の答えも。


 考えれば考えるほど、それはとんでもなく魅力的なアイデアに思えてきた。


 もちろん、今すぐ引っ越すわけじゃない。この街も、みんなも大好きだ。離れる気はない。


 でも――“いつか”のための“秘密の隠れ家”の候補として、一度下見に行ってみるのは、悪くない気がした。


    ◇


 翌日、ギルドに顔を出したついでに、私はネルさんにその話をしてみた。


 ……したのは、失敗だったかもしれない。


「ダンジョンの深層に下見!? あなた、正気!?」


 ネルさんは受付の書類を取り落として叫んだ。


「あそこは、ベテランの冒険者でも生きて帰れない死地よ!? 深層なんて、国家最高戦力クラスじゃないと――」


「大丈夫ですよ。私、傷つかないので」


「そう! そうなのよね! あなたは傷つかない! ……はぁ。もう、その一言でなんでも済ませるんだから」


 ネルさんは、がっくりと肩を落とした。それから、じとっと私を見た。


「……で。なんでまた、そんな物騒なところに行きたがるの」


「んー。……静かな隠れ家が欲しくて。あと、美味しい食材と、会いたい羊がいて」


「羊!? ……もう、何を言ってるかわからないわ」


 ネルさんは頭を抱えた。それからため息をついて。


「……わかった。止めても行くんでしょ。あなたはそういう子だもの。……でも、約束して。ティルちゃんを危ない目に遭わせないこと。それと、無茶をしないこと。……何かあったら、ちゃんと帰ってくること。ここに、あなたの帰る場所があるんだから」


 その言葉に、私は胸があたたかくなった。


「……はい。約束します。ちゃんと帰ってきます。まかない作りに」


「ん。……絶対よ」


 ネルさんはそっぽを向いて、それからこっそり、鎮痛ゼリーの追加分と、あたたかい携行食を、私の荷物にそっと押し込んでくれた。


 ……ほんと、優しい人だ。口ではあんなに心配しながら、ちゃんと送り出してくれる。


「あ、そうだ。ネルさん。もし私たちがしばらく街に戻らなくても、心配しないでくださいね。下見に夢中になってるだけなので」


「……それが、いちばん心配なのよ。あなた、料理と探検に夢中になると、時間、忘れるでしょ。……はい、これ。三日経っても戻らなかったら鳴らして。……居場所がわかる魔道具よ。ギルドの備品を、こっそり持ってきたわ」


「……いいんですか、そんな大事なもの」


「あなたのため、じゃないからね。私が心配で眠れなくなるのが嫌なだけ。……ほら、早くしまいなさい」


 照れ隠しのその口調が、なんだか可笑しくて、そしてあたたかくて。私はその魔道具を、大事に受け取った。


    ◇


 翌朝、私はティルとヒノにその話をした。


「ダンジョンの奥に? いくの?」


 ティルが目を丸くする。


「うん。下見だけね。……危険な場所だけど、私には繭があるから大丈夫。それに、時渡り羊も探せるかもしれない。……あなたは無理しなくていいよ。危ないと思ったら、すぐ引き返すから」


「ぼくも、いく」


 ティルは即答した。……あんまり迷いのない返事だったので、私のほうが少し驚いた。


「え。いいの? ……あなた、里が深いダンジョンにあるかもしれないんだよ。怖い思い出もあるでしょ」


 ティルは少し考えて、それからまっすぐ私を見た。


「こわいけど。……でも、レンといっしょなら、だいじょうぶ。それに、ぼく、レンの、やくに、たちたい。ぼくの、はな。ダンジョンで、きっと、やくに、たつ」


 確かに、ティルの鋭い鼻は、深層の危険や食材を嗅ぎ分けるのに、この上なく役に立つ。……でも、それ以上に、この子の「レンの役に立ちたい」という、その気持ちが、何より嬉しかった。


「レンが、いくなら、ぼくも、いく。……ぼく、もう、レンを、まもれるもん。りゅうりんぞくの、せんしだから」


 その頼もしい返事に、私は微笑んだ。守られるだけだった子が、「守る」と言う。本当に逞しくなった。


 ヒノは――少し考えて、ぐるる、と鳴いて、首を横に振った。


「あ、ヒノはお留守番? ……そっか。あなた、大きいもんね。狭い通路は苦手か」


 ヒノは、こくり、と頷いた。その代わり、と言うように、箱庭のほうを鼻先で指す。


「わかった。じゃあ、ヒノはお家の留守番をお願いね。……街と繋がる大事なお家だから。あなたが守ってくれると心強い」


 ヒノは、任せろ、と言うように胸を張った。頼もしい留守番役だ。


 ……こうやって、誰かに留守番を頼めること。「いってきます」と「ただいま」を言い合える相手がいること。それ自体が、前世の私にはなかった宝物だった。


 前世の私の部屋には、誰もいなかった。「いってきます」を言う相手も、「おかえり」と迎えてくれる人も。……ただ暗い部屋に帰って、冷えた弁当を食べて、また眠って、仕事に行く。その繰り返し。


 でも今は、ティルがいて、ヒノがいる。私が出かければ心配してくれて、帰れば喜んでくれる。……それだけのことが、どれだけあたたかいか。


 だから私は、このあたたかい暮らしを守るために、危険な地の底へだって行く。矛盾しているようだけど、あたたかい場所を守るために、いちばん危険な場所を選ぶ。……それが、私の選んだ生き方だった。


    ◇


 その夜、私は下見の準備をした。


 食料と、水。(まあ、箱庭があるから、いくらでもあるけど。)明かり。ティルの狩り着。念のための鎮痛ゼリー。


 準備をしながら、私はなんだか少し、わくわくしている自分に気づいた。


 ……危険なダンジョンの下見。普通なら怖くて震える場面のはずだ。前世の私なら、絶対に近寄らなかった。


 でも今は、「どんな珍しい食材があるんだろう」「時渡り羊に会えるかな」「静かな隠れ家にできるかな」と、楽しみで仕方がない。


 いつのまにか私は、ピンチや危険を“面白い暮らしのきっかけ”に変えてしまう性分になっていた。


 たぶんそれは、この世界に来て、ティルやヒノや街のみんなと出会って、「大丈夫、なんとかなる」と思えるようになったからだ。


 一人ぼっちだった頃には、なかった強さだった。


 準備を終えて、私はティルの寝顔を見た。明日の探検が楽しみで仕方ないのか、少し興奮した顔で眠っている。ヒノもその隣で、あたたかく丸くなっている。


 ……この子たちを、危ない目に遭わせるわけにはいかない。


 繭で、私は守れる。でも、油断はしない。無理はしない。ネルさんとの約束だ。危ないと思ったら、すぐ引き返す。命より大事な探検なんてない。あたたかい暮らしを守るための探検なのだから、本末転倒にはしない。


 私はそっと、ふたり(一人と一匹)に毛布をかけ直した。


 いつか、ここよりもっと静かで、もっと安全で、誰にも邪魔されない“秘密のお家”を、この子たちにあげられたら。


 ……そのための、第一歩。


 明日が楽しみで、私もなかなか寝つけなかった。まるで遠足の前の日の子どもみたいに。中身はいい大人なのに。……まあ、たまにはいいだろう。


「よし。……じゃあ、ティル。明日、行ってみようか。私たちの“いつかの隠れ家”、さがしに」


「うん!」


 あたたかい箱庭で、二人の声が弾む。


 こうして、私たちの深層への第一歩は、すぐそこまで来ていた。


 ――それが思いのほか、大きな出会いに繋がることを、このときはまだ知らずに。


お読みいただきありがとうございます。

「世界一危険な場所は、私にとって世界一安全」。タイトルの核心に、少しずつ近づいていきます。まだ引っ越すわけではなく、“いつかの夢”としての下見です。

次話――いよいよ、ダンジョン深層へ。危険な地の底は、料理人の目には“宝の山”でした。


★ブックマークと「☆評価」で応援いただけると、更新のはげみになります。毎日20時更新です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ