第20話 それでも、隅っこがいちばん
冬を越せたお祝いの、収穫祭。街のみんなから、料理を頼まれたレン。
一杯ずつ配ってきたあたたかさが、街いっぱいの“いただきます”になって返ってきます。
春が、深まった、ある日。街で、"収穫祭"が、開かれることに、なった。
厳しい冬を、なんとか、越せた。その、お祝いと。次の実りを、願う、お祭りだ。冷害の冬を、支え合いで、乗り切った街の人たちは。例年より、ずっと、あたたかい気持ちで、この祭りを、迎えていた。
そして――今年の祭りには。ひとつ、特別な、"目玉"が、あった。
「聖女様に、料理を、お願いしたい」
街の、みんなから。そう、頼まれたのだ。
冬を、支えてくれた、私への。感謝の、しるしとして。祭りの、中心で、腕を、ふるってほしい、と。
……正直、目立つのは、苦手だ。でも。
「わかりました。……喜んで」
この街の、人たちのためなら。私は、いくらでも、鍋を、振るう。それくらいの、恩は、返したかった。
箱庭に帰って、その話を、すると。ティルも、ヒノも、大はしゃぎだった。
「おまつり! ぼく、はじめて!」
ティルは、目を、輝かせた。里に、いた頃は。祭りの、輪の中に、入れて、もらえなかった、という。隅っこで、みんなが、楽しそうにするのを、ただ、見ているだけ、だったと。
……今度は、違う。
「今度の祭りは、あなたが、主役の一人だよ。私の、いちばん弟子、なんだから。……いっぱい、料理、手伝ってね」
「うん! がんばる!」
ヒノも、「手伝う」と、言うように、ぐるる、と、鳴いた。
その夜、私たちは、祭りで、出す料理の、相談で、盛り上がった。あれを、作ろう。これも、いいね。ティルが、覚えた料理も、出そうか。……献立を、考えるだけで。わくわくが、止まらなかった。
目立つのは、苦手。人が、多いのも、疲れる。……でも。大切な人たちの、笑顔のために、料理を、作るのは。私にとって、何より、楽しい、ことだった。
◇
祭りの日。広場は、かつてない、賑わいに、包まれた。
私は、移動式かまどを、いくつも、並べて。朝から、腕によりを、かけて、料理を、作り続けた。ヒノが、火の番を。ティルが、配膳を。(そう、ヒノも、初めて、街に、お披露目だ。最初、みんな、火竜を見て、腰を、抜かしかけたけれど。ヒノが、大人しく、火の番をする姿を見て、すぐに、「聖女様の、聖竜だ」なんて、また、勝手な、伝説が、生まれていた。)
琥珀色の出汁の、スープ。蕩ける、お肉の、煮込み。ふっくら蒸した、野菜。甘い、焼き菓子。……この街で、覚えた、料理の、全部を。振る舞った。
「うまいっ!」「さすが聖女様!」「今年も、生きてて、よかったなあ!」
広場に、集まった、街の人たちが。口々に、歓声を、あげる。子どもも、大人も、老人も。冬を、越せた、喜びを。あたたかい料理を、頬張りながら、噛みしめている。
ティルも、大忙しだった。
いつのまにか、街の子どもたちと、すっかり、仲良く、なっていて。「ティルにいちゃん!」と、慕われながら、料理を、配って、回っている。あの、身寄りのない、男の子――今は、パン屋に、引き取られて、元気に、なった、あの子も。ティルと、並んで、配膳を、手伝っていた。
里で、独りぼっちだった、ティルが。こんなに、たくさんの、友達に、囲まれて、笑っている。それだけで、私は、胸が、いっぱいに、なった。
ヒノも、大人気だった。最初は、怖がられていたのに。子どもたちが、その、あたたかい背中に、乗せてもらって、きゃっきゃと、はしゃいでいる。ヒノは、まんざらでもない、様子で。誇らしげに、胸を、張っていた。
その光景を、見ながら。私は、しみじみと、思った。
……ああ。これが、私の、作りたかった、景色だ。
みんなが、あたたかいものを、食べて、笑っている。誰も、一人じゃ、ない。誰も、味のしない飯を、寂しく、かき込んでいない。
◇
祭りも、たけなわに、なった頃。
ジオじいさんが、よろよろと、立ち上がって。震える声で、みんなに、呼びかけた。
「みなの、衆。……この冬を、越せたのは。聖女様の、蓄えと。そして、みんなで、分け合った、"あたたかい心"の、おかげだ」
じいさんの、言葉に。広場が、静まり返る。
「だからな。……感謝を、込めて。みんなで、いただこう、じゃ、ないか。聖女様の、心のこもった、この、ごちそうを」
みんなが、頷いた。そして、めいめい、料理の器を、手に取って。両手を、合わせた。
広場中の、人たちが。声を、そろえて――言った。
「「「聖女様、ありがとう。……いただきます!」」」
その、あたたかい、大合唱に。
私は。とうとう、こらえきれなく、なった。
ぽろぽろと。涙が、あふれた。
「いただきます」。私が、この街に、広めた、言葉。誰かが、作ってくれたものへの、感謝の言葉。命を、いただくことへの、祈りの言葉。
その言葉を、今。街中の、みんなが。私への、感謝を、込めて、返してくれている。
ネルさんが、そっと、隣に、来て。私の、肩を、ぽんと、叩いた。
「よかったわね、レンちゃん。……これ、ぜんぶ、あなたが、蒔いた種よ。あなたが、一杯ずつ、配ってきた、あたたかさが。こうして、街いっぱいの、花になったの」
「……ネルさん」
「泣きなさい、泣きなさい。今日くらいは、いいのよ」
ネルさんも、目元を、赤くして、笑っていた。いつもの、しっかり者の、受付嬢の顔じゃ、なくて。心から、嬉しそうな、顔で。
ガーゴさんが、大声で、「聖女様に、乾杯!」と、叫んで。広場中が、それに、続く。
わあっ、という、歓声と、拍手が。あたたかい波みたいに、私を、包んだ。
◇
……ふと、私は、あることに、気づいた。
みんなが、私を、呼ぶ、その言葉。「聖女様」。
最初は、あんなに、鬱陶しかった。何度、否定しても、通じなくて。うんざり、していた。
でも――今日の、この「ありがとう」は。「聖女様」という、役に対する、ものじゃ、なかった。
私が、こっそり、ジオじいさんに、スープを、あげたこと。痩せた子に、そっと、器を、差し出したこと。冬に、蓄えを、みんなに、分けたこと。ティルや、ヒノと、笑っていること。
……そういう、"素の私"の、ぜんぶを、見て。それでも、「ありがとう」と、言ってくれている。
「聖女様」という、立派な、役を、演じているから、じゃ、ない。ただの、めんどくさがりで。ただの、食いしん坊で。ただ、腹を空かせた人を、放っておけない、だけの。……そんな、"素の私"を。この街は、まるごと、受け入れて、くれていた。
それが、たまらなく、嬉しくて。私は、涙を、拭いながら、笑った。
「……ありがとう、ございます。みなさん。私こそ。……この街に、来られて。本当に、幸せです」
◇
祭りの、あと。
箱庭に、帰った私は。ティルと、ヒノと、三人で(二人と、一匹で)。残り物の、ごちそうを、囲んだ。
くたくたに、疲れたけれど。心は、ぽかぽかと、あたたかかった。
「レン、きょう、ないてた」
ティルが、心配そうに、言う。
「うん。……でも、悲しくて、泣いたんじゃ、ないよ。嬉しくて、泣いたの。……みんなが、"素の私"を、受け入れてくれたのが、嬉しくて」
「すの、レン?」
「うん。目立ちたくない、めんどくさがりで。食いしん坊の。……ちょっと、変な、私」
ティルは、こてん、と、首を、かしげて。それから、にっこり、笑った。
「ぼくは、その、レンが、だいすき」
その、まっすぐな、一言に。私は、また、泣きそうに、なった。
……ああ、もう。この子は。どうして、こう、いちいち。
目立ちたくない、という願いは。もう、遠くに、いってしまった。でも。
"素の私"を、受け入れてくれる、場所が、ある。"素の私"を、好きだと、言ってくれる子が、いる。
それなら――少しくらい、目立ったって。少しくらい、賑やかだって。かまわない。
私は、やっぱり、この、賑やかで、あたたかい、隅っこが。世界で、いちばん、好きだった。
「いただきます」
二人と、一匹の、声が。あたたかい箱庭に、響く。
ことこと、と、優しい音を立てる、移動かまど。窓の外は、私が、選んだ、あたたかい、夕暮れ。
……静かに、暮らしたい。その願いの、意味が。少しずつ、変わっていく。
誰とも、関わらない、静けさ、じゃ、ない。大切な人たちに、囲まれた、あたたかい、賑やかさの、中の。ほっと、できる、静けさ。
それが、私の、いちばん、いたい場所だった。
――もっとも。この、あたたかい日々を。じわじわと、脅かす影が。すぐ、そこまで、来ていることを。このときの私は、まだ、知らずに、いたのだけれど。
お読みいただきありがとうございます。そして、拠点強化ブロック(11〜20話)に、お付き合いくださってありがとうございました。
「聖女様」ではなく、“素のレン”を、街がまるごと受け入れてくれた回でした。目立つのは苦手。でも、大切な人に囲まれた賑やかさの中の静けさこそ、レンのいちばんいたい場所です。
次話からは、いよいよ物語が動き出します。“いちばん静かな場所”を求めて――そして、あたたかい日々を脅かす影が、すぐそこまで。
★拠点強化ブロック、完走ありがとうございました。ブックマークと「☆評価」が、次を書くいちばんの力になります。毎日20時更新です。




