第19話 背が伸びたので、服を買いに出たら拝まれた
朝起きたら、寝間着がつんつるてん。レンの体、成長がちょっと規格外なようで。
新しい服と、街での、あたたかい一日のお話です。
朝、目を覚まして、いつものように、服を、着ようとして。
私は、固まった。
着られない。
正確に言うと、寝間着の丈が、明らかに、短くなっている。袖は、手首の、ずっと手前まで。裾も、いつもより、上にある。
「……え?」
寝ぼけているのかと、思った。でも、何度、見ても、そうだった。昨日まで、ぴったりだったはずの寝間着が、今朝は、つんつるてんに、なっている。
水たまり――ではなく、箱庭の、磨いた金属の鏡を、覗き込む。
そこに映っていたのは、昨日より、明らかに、背の伸びた、私だった。
「……のびてる」
子どもの成長は、早い。よく、そう言う。でも、これは、そういう次元じゃ、ない。一晩で、目に見えて、育つなんて。まるで、早送りだ。
思えば、この体になってから、ずっと、そうだった。数日ごとに、少しずつ、背が伸びて、手足が、長くなっていく。普通の子どもの、何倍もの、速さで。
「……この体、成長が、規格外なのかな」
中身は、二十代後半の、大人だ。だから、体が、大人に近づいていくこと自体は、むしろ、落ち着く。あの、頼りない、幼い体は、正直、やりにくかった。包丁も、重い鍋も、扱いにくい。早く、大人の体に、戻れるなら、それは、それで、ありがたい。
問題は。
「……服が、ぜんぶ、入らない」
成長に、手持ちの服が、まったく、追いついていない、ということだった。
「レン、どうしたの?」
物音で、目を覚ましたティルが、寝ぼけ眼で、私を見て――それから、目を、ぱちくり、させた。
「……レン、おおきくなってる」
「うん。なんか、また、伸びちゃったみたい」
ティルは、のそのそと、起き上がって、私の隣に、並んで、立った。背比べのつもりらしい。この前まで、私と、そんなに変わらなかったはずなのに。今は、私のほうが、頭ひとつ、大きい。
「レンだけ、ずるい。ぼくも、はやく、おおきくなりたい」
「あはは。あなたも、ちゃんと、育ってるよ。ほら、この前より、狩り着、きつくなってるでしょ? いっぱい食べて、いっぱい動いてる、証拠」
「ほんと?」
「ほんと。……というか、私の成長が、ちょっと、異常なだけ。普通は、こんなに、急には、伸びないの」
なぜ、自分だけ、こんなに、成長が、早いのか。理由は、わからない。転生の、おまけみたいなものかも、しれない。あるいは、私の、四つの、規格外なスキルの、どれかの、副作用か。
まあ、深く、考えても、仕方ない。この世界は、そういう、不思議なことで、満ちている。私は、そういうものだと、受け入れることにした。……ただ、この調子だと、服代が、かさみそうだ。それだけが、悩みの種だった。
◇
というわけで、私は、久しぶりに、街へ、服を、買いに出ることにした。
ティルも、一緒だ。というか、ティルの服も、そろそろ、小さくなってきている。あの子も、あの子で、少しずつ、育っている。あたたかいごはんを、毎日、食べているからだ。……それが、なんだか、私は、とても、嬉しかった。
(ちなみに、ヒノは、お留守番だ。さすがに、火竜を、連れて、街の服屋には、行けない。「いい子で、待っててね」と、言うと、ヒノは、しょんぼり、しながらも、こくり、と、頷いた。お土産に、お肉を、買って帰る約束を、したら、機嫌を、直してくれた。)
でも、街に出る、というのは、今の私にとっては、少し、勇気の、いることだった。
なにせ、「聖女様」だ。露店を、しばらく、お休みしていても、私の顔は、すっかり、街中に、知れ渡っている。案の定、通りを歩くだけで――。
「あっ、聖女様だ!」
「聖女様! 今日は、露店は……!」
「わ、握手を、一つ……!」
あっという間に、人だかりが、できてしまった。
「おいおい、お前ら、聖女様が、困ってんだろうが! 道を、あけろ、道を!」
そこへ、のっそりと、割って入ってきたのは、常連の、ガーゴさんだった。その、巨体と、強面で、人だかりを、ぐいぐいと、押しのけてくれる。
「聖女様、大丈夫か? どこ行くんだ、送ってやる」
「ガーゴさん……助かります。服を、買いに」
「おう、まかせろ! そら、道をあけろ、あけろ!」
用心棒みたいに、前を歩くガーゴさんの、おかげで。私とティルは、なんとか、人波を、かき分けて、進むことが、できた。強面も、たまには、役に立つ。……いや、失礼。いつも、いい人だ。
「ここだろ、服屋は。……じゃあ、オレは、外で、見張ってる。ゆっくり、選んでこいや」
「本当に、ありがとうございます」
ガーゴさんに、頭を下げて、私とティルは、服屋へ、逃げ込んだ。ふう。人気者、というのは、本当に、疲れる。前世の私が知ったら、贅沢な悩みだと、笑うだろうか。いや、たぶん、「面倒くさそう」と、心底、同情してくれる気がする。
服屋の、気のいい女将さんは、私を見るなり、目を、丸くした。
「あらまあ、聖女様! ……って、あんた、この前より、ずいぶん、背が伸びたねえ? まだまだ、育ち盛りだ」
「ええ、まあ……びっくりするくらい、伸びちゃって」
「いいことじゃないの。若いんだから。さあさ、たくさん、見ておいき」
◇
服を選ぶ、というのは、思いのほか、楽しかった。
前世では、服なんて、動きやすければ、なんでもよかった。おしゃれをする、余裕も、気力も、なかった。仕事用の、地味な服を、着回すだけの、毎日だった。
でも、今は、違う。
ティルが、あれこれと、私に、服を、あてがっては、「これ、レンに、にあう」「こっちも、いい」と、真剣に、選んでくれる。その、一生懸命な顔が、可愛くて、私は、つい、笑ってしまった。
「ティルは、どれが、いいと思う?」
「んーとね。……この、あおいの。レンの、めのいろと、おなじ」
ティルが、選んだのは、深い、青色の、ワンピースだった。動きやすくて、それでいて、少しだけ、女の子らしい。
「……うん。これ、いいね。これにしよう」
試しに、その青いワンピースを、着てみる。姿見の前に、立って――私は、少し、意外な気持ちに、なった。
鏡の中の、私は。もう、あの、頼りない、幼女では、なかった。少し、背が伸びて、手足も、すらりとして。どこか、大人びた、雰囲気の、女の子が、そこに、立っていた。
女将さんが、感嘆の声を、あげた。
「あらまあ……聖女様、あんた、将来、とんでもない、別嬪さんに、なるよ。今でも、こんなに、可愛いのに。この調子で、育ったら、街中の男が、放っておかないねえ」
「……はあ。どうも」
私は、曖昧に、笑った。正直、そういうのは、まだ、ぴんと、こない。中身が、くたびれた大人だからか、自分の見た目が、どう、というのは、あまり、気にならない。それより、この服が、料理のときに、動きやすいか。汚れが、目立たないか。そっちのほうが、よほど、大事だ。
でも――少しだけ。
鏡の中の、大人びた自分を、見ていると。不思議な、気持ちに、なった。この体は、これから、どんどん、育っていく。いつか、本当に、大人の、女性に、なる。そのとき、私は、どんな暮らしを、しているんだろう。ティルは、どんなふうに、育っているんだろう。
……まあ、それは、そのときの、お楽しみだ。今は、目の前の、この、青い服が、気に入った。それで、十分。
自分の、目の色と同じ、なんて。そんなこと、言われたのは、生まれて初めてだった。前世を、含めても。誰かが、私のことを、そんなふうに、よく見てくれている。それだけで、なんだか、胸の奥が、あたたかく、なる。
ティルの服も、選んだ。あたたかそうな、丈夫な、狩り着。それから、ちょっと、おめかし用の、上着も、一枚。
「ぼくの、ふくも……? いいの?」
「当たり前でしょ。うちの、大事な家族なんだから。ちゃんと、あったかくして、いてもらわなきゃ」
ティルは、新しい服を、宝物みたいに、抱きしめて、しっぽを、ぱたぱた、させた。里にいた頃は、ぼろ布、一枚だった、この子が。今は、自分の服を、選んで、もらえる。その一つひとつが、この子にとっては、まだ、奇跡なのだ。
◇
服屋を出たあと、私たちは、外で待っていたガーゴさんと合流して、しばらく、街を、歩いた。
せっかくだ。あたたかい、この街を。のんびり、楽しんでおきたかった。
露店の並ぶ、賑やかな通り。串焼きの、香ばしい匂い。焼きたてのパンを、売る店。飴細工を、こしらえる、屋台。ティルは、あれもこれもと、目を、輝かせた。
「ティル、何か、食べたいもの、ある?」
「……いいの?」
「いいよ。今日は、特別。好きなもの、食べていい日」
ティルが、おずおずと、指さしたのは、蜜をたっぷり絡めた、木の実の、串だった。素朴だけど、美味しそうな、甘いお菓子。
買ってあげると、ティルは、ひと口食べて、ほっぺたを、押さえて、ふにゃりと、笑った。
「……あまい。おいしい」
その顔を、見ているだけで、私も、幸せな、気持ちに、なる。
「なあ聖女様」と、串焼きを頬張りながら、ガーゴさんが、言った。「あんた、ほんとに、いい姉ちゃんだな。そのチビ、幸せもんだ」
「……姉、ではない、ですけどね。まあ、家族、ではあります」
「はは、そうか。家族か。……いいもんだな、家族ってのは」
ガーゴさんは、しみじみと、そう言って、遠くを、見た。この、豪快な人にも、いろいろと、あるのだろう。誰にでも、語らない、事情の一つや二つは、ある。あたたかいものを、一緒に食べる相手が、いない、寂しさも。
「ガーゴさんも、今度、うちに、ごはん、食べに来てくださいね。ヒノも、紹介したいですし」
「おう! 絶対、行く! ……って、ヒノって、誰だ? 新入りか?」
「まあ、そんなところです。会えば、わかりますよ。……ちょっと、大きいですけど」
賑やかな、夕暮れの、街。あたたかい、匂い。笑い声。
この、なんてことない、一日が。私は、たまらなく、好きだった。
◇
服を買って、店を出ると。
あたりは、もう、夕暮れに、なっていた。街の灯りが、ぽつぽつと、ともり始めて、あたたかい、オレンジ色に、通りを、染めている。
「レン、みて。あたらしいふく、きて、あるくの、うれしい」
新しいワンピースを着た私と、新しい狩り着を着たティルは、なんだか、少しだけ、"ちゃんとした二人"に、なった気が、した。
新しい服も。ティルの、嬉しそうな顔も。この、あたたかい夕暮れも。
全部、宝物みたいだ、と、思った。
「ティル」
「ん?」
「新しい服でさ。……これから、たくさん、街を、歩こう。美味しいもの、食べて。楽しい思い出、いっぱい、作ろう。ヒノにも、街の話、いっぱい、聞かせてあげよう」
「うん! する!」
ティルの、無邪気な返事に、私は、微笑んだ。
この体は、これから、まだまだ、育っていく。いつか、大人に、なる。その頃には、私は、どんな暮らしを、しているんだろう。ティルは。ヒノは。……ネルさんたちとは、まだ、こうして、笑い合えているんだろうか。
先のことは、わからない。世界は、不思議なことで、満ちているし。私の、静かな暮らしを、脅かす、影も。どこかに、あるのかもしれない。
でも――今は。この、あたたかい夕暮れを。ちゃんと、味わおう。あたたかいごはんを、ひと口ずつ、味わって、食べるみたいに。
新しい服の、少し、ごわごわした、生地の感触が。なんだか、くすぐったくて。私は、ティルと、手を、つないで、あたたかい街を、歩いて、帰った。ヒノへの、お土産のお肉を、抱えて。
お読みいただきありがとうございます。
「見た目ロリ・中身成人」なレンの、少しずつ大人びていく姿。誰かに“よく見てもらえる”ことの、あたたかさが描けた回でした。
次話――第一章、拠点強化ブロックの締めくくり。街の収穫祭で、みんなの「いただきます」。レンが“素の自分”を受け入れてもらえる、あたたかい山場です。
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