第18話 このお料理、どう組みますか?(ティル、弟子入り)
「ぼくも、レンみたいに、みんなを幸せにするごはんを作りたい」
ティルが、料理の弟子入り。いちばん大事な“隠し味”を、学びます。
ある朝。ティルが、いつになく、緊張した顔で、私の前に、立った。
「レン。……あのね。ぼく、おねがいが、あるんだ」
「ん? どうしたの、あらたまって」
ティルは、ぎゅっと、拳を、握って。それから、意を、決したように、言った。
「ぼくに。……りょうり、おしえて、ください。ぼくも、レンみたいに。みんなを、しあわせにする、ごはん、つくれるように、なりたい」
まっすぐな、その、目を見て。私は、思わず、微笑んだ。
里で、"使えない子"と、言われ続けた、この子が。「誰かを、幸せにしたい」と、言う。自分のためじゃ、なくて。誰かのために、何かを、したい、と。
……なんて、立派に、育ったんだろう。
「いいよ。じゃあ、今日から、あなたは、私の、いちばん弟子」
「いちばん、でし……!」
ティルの顔が、ぱあっと、輝いた。しっぽが、ぶんぶん、揺れる。ヒノも、面白そうに、ぐるる、と、鳴いた。
「よろしく、おねがいします、ししょう!」
「師匠は、くすぐったいなあ。……まあ、いいか。じゃあ、さっそく、始めようか」
◇
料理の、稽古が、始まった。
まずは、基本の、基本から。包丁の、握り方。野菜の、洗い方。火の、扱い方。
ティルの、手つきは。相変わらず、危なっかしかった。包丁で、指を、切りかけるし。(すぐ、鎮痛ゼリーの、出番だ。)鍋を、火に、かけすぎて、焦がすし。塩と、砂糖を、間違えるし。
いちばんの、傑作は。塩の、つもりで。ひとつまみ、入れたのが。実は、業火唐辛子の、粉末だった、ときだ。
味見を、した、ティルは。しばらく、無言で、固まって。それから。
「……っ、から――――い!!」
口から、火を、噴きそうな、勢いで、飛び跳ねた。(竜鱗族なので、比喩でなく、本当に、噴きそうだった。)私も、ヒノも、大慌てで、水を、用意する、羽目に、なった。
「あはは……ごめんごめん。でも、これも、勉強。……ね、料理って、"味見"が、いちばん大事なの。作りながら、ちゃんと、味を、確かめる。そうすれば、大きな、失敗は、しないから」
「……うう。からかった……」
涙目の、ティルが、可笑しくて。私は、つい、笑ってしまった。でも、ティルも、すぐに、つられて、笑った。失敗を、笑い合える。それが、この家の、いいところだ。
でも、私は、一度も、怒らなかった。
「そこ、もうちょっと、ゆっくり」「うん、上手」「大丈夫、焦げたら、やり直せばいい」
……そう、いえば。初めて、この子と、朝ごはんを、作った日も。こんな感じ、だったな。あのとき、ティルは、水を、こぼして、「ぶたないで」と、震えていた。
それが、今は。「しっぱいしても、だいじょうぶ」と、笑って、やり直せる。
人は、変わる。あたたかい場所さえ、あれば。ちゃんと、変われる。
その、成長を、見ているだけで。私は、胸が、いっぱいに、なった。
「レン、みて! にんじん、きれいに、きれた!」
「お、上手上手。……ね、料理って、楽しいでしょ」
「うん! たのしい!」
ティルの、はしゃぐ声が。あたたかい、箱庭に、響く。
ヒノも、稽古に、参加した。……というか、火加減の、担当だ。
「ヒノ、もうちょっと、弱火で」
私が、言うと。ヒノは、ふう、と、優しく、炎を、細める。ティルが、鍋を、かき混ぜる。二匹(一人と一匹)の、息の合った、連携。まるで、小さな、厨房の、チームみたいだ。
……思えば、私も。前世で、料理を、覚えたときは。誰にも、教えて、もらえなかった。本を、見ながら。失敗を、繰り返しながら。一人で、こつこつ、覚えた。
誰かに、「上手だね」と、言ってもらえる。それだけのことが。どれだけ、嬉しいか。私は、知らなかった。
だから、私は。ティルに、いっぱい、言う。「上手」「いいね」「その調子」と。この子が、料理を、"怖いもの"じゃ、なくて、"楽しいもの"だと、思えるように。誰かに、認めてもらえる、喜びを、知れるように。
それは、たぶん。前世の、私自身に。言ってあげたかった、言葉でも、あった。
◇
何日か、稽古を、続けて。ある日、私は、ティルに、言った。
「ティル。そろそろ、あなた一人で。誰かに、ごはん、作ってみようか」
「ぼく、ひとりで……!?」
「うん。作る相手は――あなたが、決めていいよ。誰に、食べさせたい?」
ティルは、うーん、と、一生懸命、考えて。それから、ぱっと、顔を、上げた。
「……ジオじいちゃん! このまえ、せきを、してた。げんきに、なってほしい」
ジオじいさん。街の、あの、優しい老人。最近、少し、風邪気味だと、言っていた。
その答えに。私は、また、胸が、あたたかく、なった。
この子は、ちゃんと、覚えている。私が、教えた、いちばん大事なこと。「食べてくれる人のことを、思って、作る」ということを。
「いいね。じゃあ、ジオじいさんが、元気になる、ごはんを、作ろう。……どんな料理が、いいと思う?」
「えっとね。……せきしてるから。あったかくて。のどに、やさしいの。……あまいのも、いれたら、げんきに、なるかな?」
甘味は、回復。あたたかいものは、体を、癒す。……ちゃんと、法則も、わかっている。でも、それ以上に。「喉に優しく」「元気になるように」という、その、思いやりが。何より、大事なのだ。
「完璧。……じゃあ、作ろうか。ジオじいさんのための、特別な、一杯を」
◇
ティルは、一生懸命、作った。
あたたかい、おかゆに。喉に優しい、すりおろした、根菜。蜜熊のはちみつを、少し。ヒノの、優しい炎で、ことこと、煮込んで。
手つきは、まだまだ、拙い。味付けも、少し、不安定だ。私は、隣で、見守りながら。危ないところだけ、そっと、手を、添えた。でも、味は――ティルが、自分で、決めた。
できあがった、おかゆを、持って。私たちは、ジオじいさんの、家を、訪ねた。
「おや、レンちゃん。それに、ティルぼうやも。どうしたね」
「ジオじいちゃん! これ、ぼくが、つくった! げんきに、なって!」
ティルが、少し、照れながら、おかゆを、差し出す。
ジオじいさんは、目を、丸くして。それから、くしゃくしゃの、笑顔に、なった。
「ほう……ぼうやが、わしのために。……こりゃあ、ありがたい」
ひと口、すすって――じいさんの、目が、うるんだ。
「……ああ。あったかい。……喉に、しみるようだ。……ぼうや。上手に、できたなあ」
ティルの、顔が。ぱあっと、輝いた。生まれて初めて、"誰かのために"作った料理を。「美味しい」と、「ありがとう」と、言ってもらえた。その、喜びに。ティルは、くしゃっと、顔を、ゆがめて、泣きそうに、なった。
ジオじいさんは、おかゆを、大事そうに、最後まで、食べて。それから、ティルの、頭を、しわしわの手で、そっと、撫でた。
「ぼうや。……わしはな。長く、生きてきて、わかったことが、ある。誰かのために、あたたかいものを、作れる人間ってのはな。それだけで、もう、立派な、一人前だ。……ぼうやは、もう、立派な、料理人だよ」
「……ぼく、いちにんまえ……?」
「ああ。胸を、張りなさい」
ティルは、こくこくと、頷いて。それから、こらえきれずに、ぽろぽろと、泣いた。里で、「出来損ない」「使えない子」と、言われ続けた、この子が。今、「立派な、一人前だ」と、言ってもらえた。
その言葉が、どれだけ、この子の、心を、あたためたか。私には、痛いくらい、わかった。
◇
帰り道。ティルは、まだ、興奮が、冷めやらない、様子だった。
「レン。……ぼく、うれしい。ジオじいちゃん、よろこんでくれた」
「うん。よかったね。……あのおかゆ、すごく、美味しかったよ。ジオじいさん、きっと、元気になる」
ティルの、作ったおかゆは。正直、味付けは、まだ、素人のものだった。私が、作ったほうが、たぶん、"美味しい"。
でも――あのおかゆには。私の料理にも、負けない、"何か"が、あった。
それは、たぶん。「ジオじいさんに、元気になってほしい」という、ティルの、まっすぐな、思いだ。
その、思いこそが。いちばんの、隠し味。
私の【秘密の隠し味】が、なくても。誰かを、思って作った料理は。ちゃんと、その人を、あたためる。ティルは、今日、それを、証明した。
「ねえ、ティル。あなた、いい料理人に、なるよ。……ううん。もう、なってる」
「ほんと……!?」
「うん。ほんと。……だって、あなたは、いちばん大事なことを、もう、知ってるもの。誰かを、思って、作るってこと」
ティルは、へへ、と、照れて。それから、私の手を、ぎゅっと、握った。
「レンが、おしえてくれたから。……ぼくの、ししょうは、せかいいち」
その言葉が、くすぐったくて。私は、笑った。
あたたかい料理を、作れる子が。また一人、育っていく。もらった、あたたかさを。今度は、誰かに、渡せる子が。
……料理人冥利に、尽きる、というやつだ。私の、静かで、賑やかな暮らしは。今日も、少しずつ、あたたかさを、広げていた。
お読みいただきありがとうございます。
「いちばんの隠し味は、食べる人を思う気持ち」。“出来損ない”と言われた子が、“立派な一人前”と言ってもらえた回でした。ティルの成長を、これからも見守ってください。
次話――レンの体、成長が規格外!? 服を買いに出たら、また拝まれてしまいます(コメディ回)。
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