第17話 辛いは強い、甘いは優しい(お料理と力の話)
なぜ、レンのごはんを食べると人は強くなるのか。
その秘密には、ちょっとした“法則”があるようで――。(※考察が捗る回です)
最近、私は、あることに、気づき始めていた。
私の【秘密の隠し味】――食べた人を、強くするスキル。その効果が、どうやら、「何を、どう料理するか」で、変わるらしい、ということに。
最初は、ただ、漠然と「美味しいものを食べると、力が湧く」くらいに、思っていた。でも、常連たちの様子を、注意深く、観察しているうちに、はっきりとした、傾向が、見えてきたのだ。
たとえば。
業火唐辛子を、たっぷり利かせた、辛い炒め物を食べた冒険者は、その日、やたらと、攻撃的に、力強く、戦った。まるで、内側から、火が、燃えているみたいに。
一方で。
蜜熊のはちみつを、とろとろに煮込んだ、甘い菓子を食べた冒険者は、傷の治りが、早くなり、気持ちが、ふしぎと、落ち着いた。ささくれ立っていた者が、穏やかな顔に、なった。
極めつけは、この前の、鋼牙イノシシの、発酵させた出汁の、煮込みを食べた、パーティだ。
彼らは、いつもより、ずっと、粘り強く、戦った。長い探索でも、へばらず、途中で受けた、毒の攻撃にも、平然と、耐えきったという。「あの煮込みを食べた日は、なぜか、しぶとくなる」と、口を、そろえて、言った。
「……これ、もしかして」
私は、箱庭で、帳面を広げて、これまでの観察を、書き出してみた。
思えば、料理には、昔から、そういう、言い伝えがある。前世でも、「精のつくもの」「体を温めるもの」「気を静めるもの」と、食べ物には、それぞれの、働きが、あるとされていた。生姜は、体を温める。うなぎは、精がつく。温かい牛乳は、寝つきを、よくする。
私の【秘密の隠し味】は、たぶん、その、食べ物が本来持っている「働き」を、とんでもない倍率で、増幅している。ただ、それだけの、話なのかもしれない。
だとしたら――理屈が、通る。ちゃんと、法則に、なるはずだ。
◇
辛いもの、炙ったもの――食べると、力が、みなぎる。攻撃的になる。
甘いもの、じっくり煮込んだもの――傷が癒え、心が、落ち着く。
発酵させたもの、熟成させたもの――粘り強くなり、なかなか、へばらない。毒や、しびれにも、強くなる。
冷たいもの、さっぱりしたもの――身のこなしが、軽くなる。頭が、冴える。
そして、出汁のきいた、スープ――全体的に、底上げされ、仲間との、呼吸が、合うようになる。
「……法則が、ある」
私は、思わず、呟いた。
料理の「味」や「調理法」が、そのまま、力の「種類」に、対応している。辛味は攻撃、甘味は回復、発酵は持久、冷製は敏捷、出汁は全体の調和。
つまり――何を、どう料理するかで、私は、食べる人に、どんな力を、授けるか、"選べる"ということだ。
これは、すごい発見だった。
戦う前に、その日の敵に、合わせて、料理を、選ぶ。硬い敵には、攻撃を上げる、辛い一皿。長期戦には、粘りを上げる、発酵の一皿。傷ついた仲間には、癒しの、甘い一皿。
まるで、料理で、戦略を、組み立てるみたいに。
「……なんだか、面白く、なってきた」
私の、料理は。ただ、美味しいだけじゃ、なかった。使い方次第で、いくらでも、深くなる。まるで、底の見えない、大きな、大きな、パズルみたいに。
もっとも――この"法則"を、他人に、知られるのは、まずい。
「料理で、狙った力を、授けられる」なんて、バレたら。それこそ、軍隊が、喉から手が出るほど、欲しがる、力だ。「兵士に、都合のいい強化を、与える料理人」なんて、格好の、"国家資源"に、なってしまう。
だから、この帳面は、私だけの、秘密だ。
私は、書き終えた帳面を、そっと、【箱庭】の、いちばん奥に、しまった。誰にも、見られないように。この、面白くて、深い、料理の探求は。あくまで、私の、静かな、趣味の中だけで。
◇
さっそく、私は、ティルで、実験させてもらうことにした。(もちろん、本人の、同意のうえで、だ。)
まず、辛い炒め物を、食べさせて、軽い運動を、してもらう。すると、ティルの動きは、明らかに、力強く、なった。薄い鱗の腕で、大きな薪を、軽々と、割ってみせる。
「うわ、すごい! ぼく、ちからもち!」
次に、甘い菓子を、食べさせる。すると、さっきの興奮が、すうっと、引いて、ティルは、のんびりした、穏やかな顔になった。狩りのときに擦りむいた、小さな傷も、心なしか、早く、塞がっていく。
「なんか……ぽかぽか、する。ねむく、なってきた……」
「あはは。甘いものは、リラックス効果も、あるみたいだね」
私は、帳面に、結果を、書き足した。仮説どおりだ。ちゃんと、法則に、なっている。
それから、私は、いちばん、気になっていたことを、試してみた。
「じゃあ、ティル。これは、どう?」
差し出したのは、辛くて、なおかつ、発酵させた、特製の一皿。攻撃の「辛味」と、持久の「発酵」を、掛け合わせた、実験作だ。
ティルは、ひと口食べて――目を、丸くした。
「なんか……ちからも、でるし、ながく、うごける、きがする……!」
やっぱりだ。効果は、組み合わせられる。
私は、思わず、にやりと、した。これは、大きい。素材を、掛け合わせれば、複数の力を、同時に、授けられる。料理の、組み立て方は、無限に、広がっていく。
「……でも、注意も、いるね」
書きながら、私は、ふと、気づいた。強い力には、たぶん、反動も、ある。あんまり、無茶な組み合わせを、食べさせたら、体に、負担が、かかるかもしれない。ちょうどいい塩梅。それを、見極めるのも、料理人の、腕だ。
やりすぎない。ちょうどいい。……料理も、力も、暮らしも、結局は、それが、いちばん、いい。欲張って、限界まで、詰め込むから、人は、壊れる。前世の、私みたいに。ほどよく、あたたかい。それくらいが、ちょうどいいのだ。
その様子を見ていた、常連のガーゴさんが、興味津々で、割り込んできた。
「なあ聖女様! じゃあ、オレが、いちばん強くなる飯は、どれだ!? 次の討伐、でかい岩みてえな魔物なんだ!」
「岩みたいな魔物、ですか。それなら――」
私は、少し、考えて、答えた。
「硬い相手には、"当てる力"より、"砕く力"。業火唐辛子を利かせた、炙り肉を、どうぞ。あと、長期戦になりそうなら、発酵させた漬物も、少し。粘り強く、なりますよ」
「おおっ、さすが聖女様! なんでも、お見通しだ!」
ガーゴさんは、大喜びで、それを、平らげていった。……なんだか、酒場の、賄い担当みたいに、なってきた。まあ、頼られるのは、悪い気は、しないけれど。
こうして、私は、なんとなく、"その日の敵に合わせて、料理を見立てる"ということを、するように、なっていった。
攻めの日は、辛い一皿。守りの日は、発酵の一皿。傷を負っているなら、甘い一皿。長丁場なら、出汁のきいたスープ。
まるで、台所に、いながらにして、みんなの、戦いを、采配しているみたいだ。……いや。采配、なんて、大層なものじゃ、ない。ただ、その人に、いちばん、合うものを、出しているだけ。母親が、家族の体調を見て、献立を、変えるみたいに。
でも、その"ただの気遣い"が、この世界では、とんでもない、力に、なる。
「レンは、まほうつかい、みたい」
ティルが、目を、きらきらさせて、言った。
「ごはんで、みんなを、つよくしたり、やさしくしたり、できるんだもん」
「魔法使い、かあ。……まあ、料理って、もともと、そういう、魔法みたいなもの、なのかもね」
私は、笑った。
剣も、魔法も、使えない。前線にも、立たない。でも、私は、台所から、みんなの、戦い方を、変えられる。暮らし方を、整えられる。
それは、なんだか、とても、私らしい、力の使い方だと、思った。
さっそく、この"法則"は、役に立った。
翌日、露店に、傷だらけの、若い冒険者パーティが、やってきた。深い階層で、無理をして、ぼろぼろに、なって、帰ってきたらしい。リーダーの少年は、それでも、「もう一度、挑む」と、意気込んでいた。
私は、彼らを、見て、少し、考えた。
この子たちに、今、必要なのは、力じゃない。
「はい。今日は、これ」
私が、出したのは、蜜熊のはちみつを使った、甘くて、あたたかい、煮込みだった。攻撃を上げる、辛い料理じゃない。心と、体を、癒す、甘い、一皿。
「え……もっと、強くなる、料理じゃ、ないんですか」
「強くなる前に、まず、ちゃんと、休んで。傷を、治して。焦って、無理して、また、ぼろぼろになったら、意味が、ないでしょう?」
リーダーの少年は、きょとん、と、して。それから、甘い煮込みを、ひと口、食べて――ふっと、肩の力が、抜けた。張り詰めていた顔が、ようやく、子どもらしく、ゆるむ。
「……あったかい。……なんか、ちょっと、泣きそう」
「うん。今日は、ゆっくり、休みなさい。挑むのは、元気になってから。……そのほうが、絶対、うまくいくから」
料理で、人を、強くする。それは、たぶん、ただ、攻撃力を、上げることじゃ、ない。その人に、今、いちばん、必要なものを、見極めて、差し出すこと。
時には、"強くしない"ことが、その人を、いちばん、強くする。
……なんだか、私は、料理を通して、大事なことを、教わっている気が、した。
◇
その夜、私は、ふと、考えた。
この、レシピと力の「法則」。突き詰めれば、いったい、どこまで、いけるんだろう。
辛味で攻撃、甘味で回復、発酵で持久。……なら、それを、組み合わせたら? 辛くて、発酵した、一皿を、作ったら――攻撃力と、持久力が、同時に、上がる、最強の一杯に、なるんじゃ、ないか。
あるいは、まだ、私の知らない、食材や、調理法が、あって。それを、見つければ、もっと、とんでもない力を、引き出せるのかも、しれない。
考えると、わくわくが、止まらなかった。
……いけない、いけない。私は、静かに、暮らしたいんだった。強い力なんて、目立つだけで、ろくなことがない。
でも。
「美味しくて、しかも、いろんな力になる料理」を、探求すること自体は――純粋に、楽しい。これは、戦うためじゃない。ただ、料理人としての、好奇心だ。
だったら、いいだろう。少しくらい。
私は、帳面に、新しいレシピの、アイデアを、書きつけた。まだ見ぬ、食材の、まだ見ぬ、使い方を、想像しながら。
――そういえば、時渡り羊の出汁は、どんな力に、なるんだろう。
"懐かしい味"が、力になったら。それは、いったい、どんな、力なんだろうか。
その答えを、いつか、確かめる日を、楽しみに。私は、静かに、帳面を、閉じた。
足元では、ヒノが、ぐるる、と、心地よさそうに、寝息を、立てている。その、あたたかい背中に、ティルが、もたれて、うとうとと、していた。
……この、あたたかい、法則。私だけの、秘密の、料理の魔法。
でも、私は、知っている。この帳面に、書いた法則は。あくまで、"技術"に、すぎない、ということを。
いちばん、大事な"隠し味"は。きっと、この帳面には、書けない、別のものだ。
それが、なんなのか。私は、ちゃんと、わかっている気が、した。
……まあ、それは。また、別のお話。今夜は、この、あたたかい寝息を、聞きながら。ゆっくり、眠るとしよう。
お読みいただきありがとうございます。
「辛味=攻撃、甘味=回復、発酵=持久……」レンのごはんに隠れた“ビルド”の法則。あなたなら、どんな食材で、どんな一皿を組みますか? ぜひ感想で教えてください。
次話――ティルが、料理の弟子入り。生まれて初めて“誰かのため”に作る一皿の、あたたかいお話です。
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