第14話 おなかを空かせた人を、放っておけない
賑やかな街の、光のすぐ裏で。ひっそりとお腹を空かせる人たちがいる。
レンの、移動かまどを担いだ“炊き出し”が始まります。
移動式かまどが、完成してから。私は、時々、街の、いろんな場所で、料理を、するように、なった。
露店の、隅っこだけじゃ、ない。かまどを、担いで。街の、あちこちを、歩いて。あたたかいものを、必要としている人の、そばで。ぱっと、火を、ともす。
そうすると。見えてくるものが、あった。
この、賑やかな街にも。ひっそりと、腹を空かせて、生きている人が。思っていたより、ずっと、たくさん、いる、ということが。
◇
ある日。私は、街の、裏通りで。うずくまっている、小さな子どもを、見つけた。
痩せこけて。ぼろぼろの、服を、着て。じっと、地面を、見つめている。物乞い、というより。ただ、力が、出なくて、動けない、という、様子だった。
……あの頃の、ティルみたいだ。
私は、放って、おけなかった。かまどを、据えて。あたたかい、スープを、作って。そっと、その子の、前に、差し出した。
「はい。……あったかいうちに、どうぞ」
子どもは、びくっと、して。私を、警戒するように、見上げた。それから、スープと、私を、交互に、見て。おそるおそる、器を、受け取った。
最初は、ほんの、ひと口。味を、確かめるように。それから、堰を、切ったように。夢中で、スープを、飲み始めた。よほど、お腹が、空いていたのだろう。
私は、静かに、その隣に、座って。おかわりを、よそいながら、待った。急かさずに。ゆっくり、食べていいよ、と。
器が、空になる頃には。その子の、こけた頬に、少しだけ、血の色が、戻っていた。
「……おじちゃんと、おばちゃんが。ながれびょうで、しんじゃって。……ぼく、ひとりに、なって」
ぽつり、ぽつりと。その子は、話し始めた。身寄りを、亡くして。行く当てもなく。この、裏通りで、うずくまっていたのだ、と。
ひと口、すすって――ぽろぽろと、泣き出した。
「……あったかい……」
その、涙を、見ながら。私は、思った。
この子も。ジオじいさんも。ティルも。ヒノも。……そして、前世の、私も。
みんな、同じだ。ただ、あたたかいものを。あたたかいうちに、食べさせてくれる、誰かが。いなかっただけ。
それだけで。人は、こんなにも、簡単に。心が、冷えて、しまう。
◇
その、子どもを、きっかけに。私は、街の、"見えない飢え"に、目を、向けるように、なった。
仕事に、あぶれた、日雇いの、男。旦那を、亡くして、幼子を、抱えた、女。歳を取って、働けなくなった、老人。……賑やかな、街の、光の、すぐ裏で。たくさんの人が、ひっそりと、お腹を、空かせて、いた。
私は、そういう人たちのところへ。かまどを、担いで、通うように、なった。
旦那を、亡くしたという、若い母親は。幼子に、食べさせるので、精一杯で。自分は、何日も、まともに、食べていない、様子だった。私は、母親と、子ども、二人分の、栄養のある、煮込みを、そっと、置いた。母親は、最初、固辞したけれど。子どもが、美味しそうに、食べる姿を、見て。やがて、自分も、涙ながらに、口にした。
「……こんなに、あたたかいもの。……いつぶり、だろう」
歳を取って、働けなくなった、老人は。「わしなんぞに、もったいない」と、何度も、遠慮した。私は、「作りすぎちゃったんです。手伝ってください」と、笑って、押しつけた。じいさんは、しわしわの顔を、くしゃくしゃにして、スープを、すすった。
あたたかい、スープを。あたたかい、パンを。そっと、差し出す。お代は、取れる人からは、もらう。取れない人には、「味見の、残りです」と、言って、渡す。
施し、なんて、大層なものじゃ、ない。ただ、目の前で、腹を空かせた人を。見て見ぬふりが、できないだけ。私が、いちばん、してほしかったことを。しているだけ。
「聖女様は、ほんとうに、聖女様だ……」
誰かが、そう、呟いた。
私は、いつものように、否定しようとして――やめた。もう、どう言っても、無駄だと、知っているから。それに、今日は、少しだけ。その、呼び名の意味が、わかった気も、した。
聖女、なんて、柄じゃ、ない。でも――「腹を空かせた人を、放っておけない」という、その、たった一つの、お節介が。もし、誰かを、救えるなら。
その、呼び名も。悪くない、のかもしれない。
◇
ティルも、ヒノも。私の、"炊き出し"を、手伝ってくれた。
ティルは、器を、配って、回る。「あったかいよ」と、たどたどしく、声を、かけながら。ヒノは、かまどの、火を、守る。時々、寒そうにしている人の、そばで、あたたかい風を、送ってあげたり、して。
里で、"使えない子"と、追われた、ティルが。山で、独りぼっちだった、ヒノが。今、こうして、誰かを、あたためる、側に、いる。
その姿を、見ているだけで。私は、胸が、いっぱいに、なった。
そして――嬉しいことに。あたたかさは、私たちだけの、ものでは、なくなっていった。
最初に、私が、スープを、あげた、あの、身寄りのない、男の子。あの子が、少し、元気になると。今度は、私の、炊き出しを、手伝いたい、と、言い出した。
「ぼくも。ぼくみたいに、おなかすいてる子に。ごはん、あげたい」
その言葉に。私は、胸が、熱くなった。
もらった、あたたかさを。今度は、誰かに、渡したい。その気持ちの、連鎖が。少しずつ、広がっていく。
それを、見ていた、街の人たちも。動き始めた。
パン屋の、主人が。「売れ残りだが」と、言って、パンを、届けてくれるように、なった。八百屋の、おかみが。「傷ものだけどね」と、野菜を、分けてくれる。ガーゴさんたち、冒険者は。「魔物の、いい肉が、手に入った」と、狩りの、獲物を、持ってきてくれる。
みんな、照れ隠しみたいに、「余り物だ」「傷ものだ」と、言うけれど。……ちゃんと、いいものを、持ってきてくれるのは。私には、お見通しだった。
一人の、小さな、一杯のスープが。街の人たちの、優しさを、引き出して。いつのまにか、街ぐるみの、あたたかい、支え合いに、なっていた。
私は、その、きっかけに、なれただけ。あとは、この街の人たちが。もともと、持っていた、優しさが。ひとりでに、あふれ出した、だけだ。
あたたかさは。伝わっていく。もらった人が、今度は、誰かに、あげる、側に、なる。ティルが、そうだったように。ヒノが、そうだったように。
私が、始めた、小さな、一杯の、スープが。少しずつ、少しずつ。この街を、あたためて、いく。
◇
その夜。箱庭に帰って。ティルが、しみじみと、言った。
「レン。……ぼく、おもうんだ。レンは、ほんとに、まほうつかい、だって」
「まほう? また、それ?」
「うん。だって。おなかすいてる人に、ごはん、あげると。その人、わらうでしょ。こわいかおの人も、やさしいかおに、なる。……それって、まほう、みたい」
私は、笑った。
「魔法じゃ、ないよ。……ただの、あったかいごはん。でもね。ティル。あなたの言うとおり、かもしれない」
あたたかいごはんには。人の、冷えた心を、溶かす、力が、ある。剣でも、魔法でも、ない。ただの、湯気の立つ、一杯が。誰かの、一日を。時には、一生を、あたためる。
それは、たぶん。この世界で、いちばん、地味で。いちばん、優しい、魔法だ。
後日。ネルさんが、しみじみと、言っていた。
「……ねえ、レンちゃん。最近、この街、雰囲気が、変わったの。気づいてる?」
「そう、ですか?」
「うん。前より、みんな、優しくなった。困ってる人が、いたら、放っておかない。あたたかい、食べ物を、分け合う。……そういう、空気が、街に、根付いてきた。ぜんぶ、あなたが、始めたことよ」
私は、少し、照れて。それから、首を、横に振った。
「私は、きっかけだけです。……あたたかさって、たぶん、伝染するんですよ。ひとつ、火が、ともれば。それが、次の火を、ともす。私は、最初の、一杯を、配っただけ」
ネルさんは、優しく、笑って。それから、少し、真面目な顔に、なった。
「……でもね。あんまり、目立つのも、考えものよ。"街を、変えた聖女"なんて、噂が、広がったら。……また、良くない連中が、寄ってくるかもしれない」
その言葉に。私の胸が、少しだけ、ざわついた。
そうだ。あたたかさが、広がるのは、嬉しい。でも、それは同時に。私の名が、広がる、ということでも、ある。……いつか、それが。私の、静かな暮らしを、脅かす日が、来るのかもしれない。
でも――今は。目の前の、あたたかい食卓を。大切にしよう。心配事は、そのとき、考えればいい。
私は、その魔法を。これからも、使い続けよう。どこにいても。誰に対しても。
腹を、空かせた人が、いる限り。私は、あたたかい、一杯を、煮込む。
……まあ、本音を言えば。半分は、ただ、自分が、美味しいものを、食べたいだけ、なんだけど。それでも、いい。その"ついで"で、誰かが、あたたまるなら。こんなに、いいことは、ない。
あたたかい、湯気の向こうで。ティルと、ヒノが、笑っている。
私の、小さな、あたたかい世界は。今日も、少しずつ、広がっていた。
お読みいただきありがとうございます。
あたたかさは、伝染する。もらった人が、今度は誰かにあげる側になる。レンが灯した小さな火が、街ぐるみの支え合いに広がっていきます。
次話――冷たい冬が、街を襲います。レンのこつこつ貯めた“備え”が、思わぬ形で街を救います。
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