第13話 どこでも、あったかいごはん
火竜の炎で、どこでもぽかぽか。丘の上でピクニック、お家も増改築。
レンの“暮らし”が、どんどん豊かになっていく、ほのぼの回です。
ヒノが、家族に、なってから。私は、さっそく、念願の、"移動式かまど"の、製作に、とりかかった。
といっても。難しいことは、何も、ない。核になる、"火"は、もう、ある。ヒノの、炎だ。それを、繭で、ちょうどいい火力に、整える。あとは、その火を、囲む、丈夫な、かまどの、器を、作れば、いい。
ここで、活躍したのが。ティルの、鱗と。あとは、深層で採れた、燃えにくい、丈夫な岩だった。
ティルの鱗は、熱を、優しく、均一に、伝える。それを、かまどの、内側に、敷き詰めれば。ヒノの炎の、熱が、まんべんなく、鍋に、伝わる。むらなく、美味しく、火が、通る。
丈夫な岩で、持ち運べるくらいの、大きさに、組んで。中に、ヒノが、ちょこん、と、収まれる、空間を、作る。
もっとも。完成までには、それなりに、苦労も、あった。
最初の、試作品は。ヒノが、うっかり、力んで、炎を、大きく、しすぎて。かまどの、器が、真っ赤に、溶けて、しまった。
「あちゃー……ヒノ、力、入れすぎ」
「きゅう……」
ヒノが、しゅん、と、耳(のような、突起)を、垂れる。悪気は、ないのだ。まだ、炎の、加減が、うまく、できない。
「大丈夫、大丈夫。失敗したら、やり直せばいいの。……ね、ティル」
「うん! しっぱいは、やりなおせば、いい!」
ティルが、得意げに、言った。私が、いつも、言っている言葉を。ちゃんと、覚えて、いてくれる。それが、なんだか、嬉しかった。
二つ目、三つ目、と。試作を、重ねて。ヒノも、少しずつ、炎の、加減を、覚えていって。
完成した、それは。世界に、ひとつだけの。"火竜印の、移動式かまど"だった。
「……できた!」
私は、満足げに、それを、眺めた。
ヒノが、中に、入って。ふう、と、優しく、炎を、吐く。繭で、整えられた、その炎は。あたたかくて、優しい、理想の、とろ火。鍋を、かければ。ことこと、と、いい音を、立てて、煮え始める。
どこでも。ぱっと。あたたかいごはんが、作れる。
長年の――いや、この体になってから、ずっとの。私の、夢が。ついに、叶った、瞬間だった。
◇
さっそく、試運転だ。
私とティルと、ヒノは。街の外れの、見晴らしのいい、丘へ、出かけた。移動式かまどを、担いで。(重いところは、ヒノが、運んでくれた。力持ちだ。)
丘の上で、かまどを、据えて。ヒノが、炎を、ともす。
私は、その、あたたかい火で。持ってきた食材を、次々と、料理していった。
香り茸の、スープ。串に刺した、お肉の、炙り焼き。ふっくら、蒸した、野菜。焼きたての、パン。
丘の上に、あたたかい、湯気と、香ばしい匂いが、ふわりと、広がる。青い空と、緑の草原を、背に。あたたかい料理が、並ぶ。
「わあ……ピクニック、みたい!」
ティルが、目を、輝かせた。
「うん。ピクニックだよ。……こういうの、一度、やってみたかったんだ」
外で。あたたかいものを。のんびり、みんなで、食べる。
前世では、絶対に、できなかったこと。休みなんて、なかったし。あっても、疲れ果てて、寝ているだけ。外で、のんびり、ごはんを、食べる、余裕なんて。一度も、なかった。
でも、今は。
「いただきます」
あたたかい、スープを、すする。丘を、渡る風が、心地いい。ティルが、はしゃぎながら、串焼きを、頬張る。ヒノが、お肉を、ぺろりと、平らげて、満足そうに、寝そべる。
……ああ。しあわせだ。
こういう、なんでもない、あたたかい時間が。私の、いちばん、欲しかったもの、だった。
丘で、ごはんを、作っていると。通りかかった、人たちが、匂いに、つられて、寄ってきた。
畑仕事、帰りの、農夫。薬草を、摘みに来た、おばあさん。遊びに来た、子どもたち。みんな、あたたかい湯気に、誘われて、足を、止める。
「よかったら、どうぞ。……たくさん、作りすぎちゃって」
私が、器を、差し出すと。みんな、遠慮しながらも、嬉しそうに、受け取って。ひと口、すすって、ほっと、顔を、ゆるめる。
「……あったかいねえ」
おばあさんが、しみじみと、言った。その、一言に。私は、また、胸が、あたたかく、なる。
あたたかい料理は。どこで、作っても。人を、笑顔に、する。街の、隅っこじゃ、なくても。丘の上でも。……いつか、行く、地の底でも、きっと。
移動式かまどは。私に、その、確信を、くれた。
◇
ピクニックの、あと。私は、箱庭の、増改築にも、とりかかった。
家族が、増えたのだ。ティルに、ヒノに。そして、これから、遊びに来るかもしれない、みんなの、ぶんも。もっと、広くて、あたたかい、家に、しなければ。
ヒノの、炎を、使えば。金属を、溶かして、加工することも、できた。丈夫な、調理器具。あたたかい、暖炉。お湯を、沸かす、設備。どんどん、家が、快適に、なっていく。
ティルの、鱗は。相変わらず、大活躍だった。床に敷けば、あたたかい。落とし蓋にすれば、料理が、美味しくなる。壁に、埋め込めば、部屋の温度を、保ってくれる。
毒霧スライムの、発酵調味料。氷霧クラゲの、鎮痛ゼリー。深層の、珍しい食材。街で買った、日用品。棚には、宝物みたいな、素材が、どんどん、増えていく。
「レンのおうち、まほうの、おうち、みたい」
ティルが、しみじみと、言った。
「まほう、じゃないよ。……ぜんぶ、"誰も気づかなかった使い道"を、拾ってきただけ。役に立たないものなんて、ないの。危ないもの、地味なもの、いらないと、言われたもの。そういうものほど。ちゃんと、向き合えば。とびきりの、宝物に、なる」
火竜の炎。竜鱗族の鱗。毒の発酵。痛みの霧。
……そして、たぶん。前世で、"使えない歯車"だった、私、自身も。
みんな、居場所さえ、あれば。輝ける。ちゃんと、役に、立てる。
そのことを。私は、この、あたたかい家で。日々、噛みしめていた。
ある日、ネルさんが、こっそり、箱庭を、訪ねてきた。(この人は、私の秘密の"共犯者"なので。箱庭に、招いても、いい、数少ない人だ。)
広くなった家と、寛ぐ、火竜を、見て。ネルさんは、絶句した。
「……ちょっと。あなた、火竜まで、飼い始めたの!? 伝説の、災厄級の、魔物よ!?」
「はい。ヒノっていいます。いい子ですよ。ほら」
ヒノが、ネルさんに、ぐるる、と、鳴いて、挨拶する。ネルさんは、腰を、抜かしかけた。
「い、いい子って……あなたの、常識、どうなってるの……」
「まあまあ。ネルさん、疲れてるでしょう。ヒノの炎で、淹れた、あったかいお茶、どうぞ。……肩こりに効く、薬草も、入れときました」
「……いただくけど。いただくけども! 突っ込みどころが、多すぎて、私、どうしたら……」
ぶつぶつ、言いながらも。ネルさんは、あたたかいお茶を、飲んで。ほう、と、息を、ついた。張り詰めていた、肩から、力が、抜けていく。
「……はぁ。美味しい。……もう、いいわ。あなたのやることに、いちいち、驚いてたら、身が、持たない。……火竜でも、なんでも、飼えばいいわ」
「ありがとうございます」
「褒めてない!」
いつもの、やりとりに。私は、くすくす、笑った。
こうして、私の、箱庭には。新しい家族と、新しい設備と。時々、遊びに来る、あたたかい友人が。少しずつ、増えていった。
◇
夜。
増改築の、済んだ、広い箱庭で。私たちは、あたたかい、夕食を、囲んだ。
移動かまどで、作った、山盛りの、ごちそう。大きな、食卓。ティルと、ヒノと、私。
「いただきます」
二人と、一匹の、声が。あたたかい家に、響く。
まだ、椅子は、たくさん、空いている。でも、いつか、きっと、埋まっていく。そんな、あたたかい、予感が、した。
どこでも、あたたかいごはんが、作れる、移動式かまど。
それは、ただの、道具じゃ、ない。
"どこでも、帰れる場所を、作れる"という。私の、いちばん、大事な、力の、形だった。
この火さえ、あれば。私は、どこへでも、行ける。世界で、いちばん危険な、ダンジョンの、奥だって。あたたかい、我が家に、変えられる。
食後、ティルが、うとうとと、ヒノの、あたたかい背中に、もたれて、眠り始めた。ヒノも、ティルを、そっと、翼で、包むように、丸くなる。二匹(一人と一匹)の、寝顔は。とても、穏やかで、幸せそうだった。
私は、その光景を、しばらく、眺めていた。
……最初は、一人だった。誰とも、関わらず、隅っこで、スープを、煮ていた。
それが、今は。ティルが、いて。ヒノが、いて。ネルさんや、ジオじいさんや、ガーゴさんが、いて。この、あたたかい食卓を、囲んでくれる人が、こんなに、増えた。
目立ちたくない、という願いは。もう、ずいぶん、遠くに、いってしまった。でも、不思議と。後悔は、なかった。
この、あたたかさを、知ってしまったら。もう、あの、冷たい、一人きりの静けさには。戻れそうに、なかった。
……まあ、それは。もう少し、先の、お話。
今は、この、あたたかい食卓を。ゆっくりと、味わおう。ことこと、と、音を立てる、移動かまどの、優しい火に。照らされながら。
お読みいただきありがとうございます。
「どこでも帰れる場所を作れる」――移動かまどは、レンにとって、ただの道具ではありません。この力が、いつか地の底での暮らしを支えます。
次話――街の“見えない飢え”に、レンが目を向けます。
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